第5話 卒業

海月と暮らすようになって1ヶ月、俺は彼女と別れた。付き合うのが面倒くさくなったのと、酔った父親が家まで訪ねて来るから。


酒の入っていない父親は海月にとってもちゃんと父親で娘を本当に心配しているのがわかる。何故俺の家で暮らすんだと納得いかない様子だった。

多分だけど記憶にないんだろうな…自分が酔った時の言動を。


そして時々接待で酒が入って泥酔すると訪れる。それがかなり厄介だった。


できれば問題沙汰にはしたくない。

玄関先で騒がれたくない海月はドアを開けてしまう。それはもう多分身についてしまった習慣だろうな。

怖いくせに逆らえない。

たまたま俺が帰宅したから未遂で済んだけど…このままではずっと流されっぱなしだろうと思った。

だから俺が追い返す必要がある。その為には家を留守にはできない。

バイトが終わると速攻で帰宅する。海月には訪問の対応はしなくて良いと言った。

そのおかげでだろうか、父親がウチを訪ねて来ることは次第になくなった。


完全に来なくなったのは約2年後。

海月が17歳…高校3年生の時、父親は他の女性と再婚した。お見合いだった。


海月にとってそれは良かった事なんだろうか。

美波さんと籍を入れていなかった父親は海月には他人でしかなくなった。


もう、妹と言っているけど繋がりは何もない。

俺はあかの他人である少女を…女子高生と同棲している事になる。


「私…ココにいるわけにはいかないよ…」


父親の再婚から数ヶ月、親族の集まりにも参加する事が出来ない海月。


「私は…身内じゃないもの…」

「は?何言ってんだよ」

「血の繋がりも…戸籍も…他人だよ」

「妹だよ」


海月は力なく笑う。そして首を横に振った。


「ありがとう…でも…もう良いの…」

「良いって何がだよ」

「私…寮がある会社に就職が決まったから…」


海月は高校を卒業したら就職する事を決めていた。高校までは父親が学費を出す事を約束していた。だけど卒業後は何の約束も交わされていなかったのだ。


「それにほら…高校卒業したらココを出る約束だし」


就職活動をしていたのは知っている。確かに約束もした。


「今までゴメンね?」

「妹を守るのは兄貴の役目だ」

「…妹じゃ…ないから…もう…役目も果たさなくて良いよ…」


(何だよ…それ。何だよこの感情)


「弓弦兄…大好き…」

「海月?」

「残り数ヶ月だけ…ココにいさせて下さい」

「当たり前だろ」



(俺は…離れたくないんだよ)

わかってた…だから自分の感情を押し殺して誤魔化した。

日に日に大人になる妹を、キレイになっていく妹を…妹として見れなくなっている自分。

妹だからと言い聞かせていた。ずっと良い兄貴でありたかった。


海月にとって俺はトラウマを呼び起こす存在だと認識しているから余計に男を見せるわけにはいかなかった。

ただ近くにいてくれているだけで十分だった。

その少女が…俺から離れていく。残り数ヶ月で。


俺は…残り数ヶ月を良い兄貴として演じなければならない。


そして演じきってみせた…最終日まで。



****


高校の卒業式が終わり1週間後には寮へ引っ越しが決まっていた。

1週間…俺はなるべく海月と過ごした。多分もう…会う事はないと思ったから。

完全に他人になる、繋がりが断ち切られる。


「明日は7時には家を出るから」

「そうか」


夜ご飯を食べ終えて片付けをする。最後の団欒。部屋の片隅に大きなバックが置いてある。


「今日は早く寝なきゃ」

「寂しくなるな」


海月は笑った…変わらない笑顔…ずっと見てきた…。


「泣いちゃう?」

「バカか」


海月が俺に近付いてきた。そしてスルリと腰に腕を回し抱きついて来た。


「弓弦兄…大好き…」


兄貴として…だってわかってる。

だけど…俺は…この温もりを失う…そう思うと寂しくてたまらない。

愛しい女を手放さなければならない拷問。俺は海月と結ばれる事は出来ないんだ。


(いつから俺はこんなにも…)

「愛してる」


消えそうなほど小さな声で囁いた。

海月には届いていないかもしれない…それで構わない。望む事は出来ないのだから。


ただそっと腰に回る手に触れる事しかできなかった。

それが俺の精一杯だった。



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