第3話 妹と女

半ば強引に自分の住むマンションに連れて来たのだが2DKの部屋では窮屈かもしれないと今更ながら思った。

年頃の男女、それが兄と妹でも気にしなくてはならない。海月にとっては俺も信用ならない相手だろうから。


「とりあえず寝室を自分の部屋にして良いからココにいろ」

「…」

「高校を卒業したら自立して家探せよ?」


ずっと同居するつもりはない…学生の間だけだ。海月には身寄りがないんだから仕方がない。本当の父親の行方なんて知らないし、そもそも記憶にないのに探すなんて無理がある。


「俺はほとんど家にはいないから気にしなくて良いからな」


実際に寝に帰っているだけの家なのだ。


とりあえず落ち着かせる為に飲み物を入れて渡す。


「体…大丈夫か?」

「う…ん…平気…もう…慣れたから…」

(慣れたって…)

「あのさ…」


聞いていいのか少し躊躇う。すると海月の方から口にした。俯いたまま、ボソボソと語り出す。


「中学1年生だった…凄く…怖かった…。お父さんが…男の人で…強くて抵抗できなくて…。

なんか…お酒が入るとダメみたい。私の事が…がお母さんに見えるらしくて…。

誰にも言えないし…どうしたら良いのかわからなかった…」


15歳の今だってまだ子供っぽいのに…(多少は女性らしくはなってきてはいるけど…)間違えるのか?そもそも。


「お父さんとお母さん…再婚したら子供を作る気満々だったみたいで…お父さん…避妊もしなかった…いつも。

だから…妊娠しちゃったんだよ…ね…中学2年生で…私…妊娠したの」


俯いて声を震わせる海月。もう話さなくても良い…そうは言えなかった。

事実を知っておく必要がある。それが現状保護者の責任でもあると思うから。


「智志兄の…知り合いの人が産婦人科の先生だったらしくて…そこで処置された…堕胎…。

そして…ピルを処方されるようになった…。

真実は知らないから『本当なら彼氏に避妊するように言うべきだけど』なんて…言われて…。私…お父さんに流されてた…そして…智志兄にも…」


ポロポロと涙を溢す海月。


「大好きだったのに…怖くて…逆らえない…。捨てられたらと思うと…私…1人で生きていく自信なかったし…我慢するべきなんだって思ったんだよね…」

「バカだろ…我慢するなよ…そんな事…」

「そうだね…私…バカだよね」


苦しいハズなのに必死に笑顔を作る。俺は溜息が出る。強がる妹が哀れで…。


「海月…」

「ごめんなさい…すぐ…泣き止むから…」

「良いよ、好きなだけ泣きな」


今の俺には何もしてあげられる事がない。ただ見守ることしか出来ない。


まさか自分の親、兄弟がそんな事をしているなんて思いもしなかった。

父親は海月を可愛がっていた。本当の娘のように。それが最愛の人を亡くした途端、変わってしまうなんて…。

確かに海月は母親にソックリだけど、どう考えたって代わりにはなれない。


(いくらなんでも無理があるだろ)


俺は落ち着いてきた海月を見た。


「弓弦兄…ごめんね…ありがとう」


幼かった出会いの頃、あの頃の面影は今だってある。


「あの家には…近付くなよ」

「でも…」

「でも?」

「養ってもらっている身だし…迷惑かける…事になる…」


(養ってって…)

確かに自分も学費を出してもらっているのだから何も言えないが…だからって。


「自分の体を大事にしろよ!トラウマになって嫁にいけなかったらどうするんだよ!海月は縛られる必要ないんだから」


俺達みたいに後継者という縛りはない。

まぁ…俺も智志兄に何事もなければ関係のない世界だけど。


「私は…家族じゃ…ないもん…ね…赤の他人なんだもんね…」

「海月!」


俺は思わず大きな声を出してしまう。


「無理だよ…私…ずっと家族に依存してたんだもん。1人で生きていけって切り捨てられたら…どうやって進めば良いのかわからない」


確かに15歳の少女にいきなり環境が変わるのは残酷かもしれない。だけどそれ以上に…。


「弓弦兄だって知ってるじゃない…私が今まで流されて生きてきたの…知ってるじゃない。

1人はイヤなの…寂しいのは…イヤ…」

「1人じゃないだろ?俺がココにいる。俺は…海月の家族だよ?戸籍上や血の繋がりはないけど…心は家族だ」


(俺は家族だ。誰になんと言われても)

家族でなくてはいけないんだ海月の為にも。

例え海月が【女】に見えたとしても。

父や兄のように触れてはいけない。家族としての感情以外で触れてはいけない。



この日俺は誓った。


海月に恋人が出来て俺の元から自分から離れていく日まで【妹】を守り続けると。




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