第2話 男と女

先に言ってしまえば…海月は性的虐待を受けていたという内容だ。

当時、俺がそれを知ったのが20歳の時だった。


***


15歳になって高校生になった海月は時々俺の家に遊びに来る。

いつもと変わらない素振りだったけど、微妙に笑顔が引きつっている事にその日は何となく感じた。

気になってしまった俺は次の日にアポなしで実家を訪ねたんだ。海月から悩みがあるのなら兄として相談に乗ろうと思ったから。


マンションの鍵は持っていたし、普通に帰った。ただ俺がいきなり帰って来るとは思っていなかったんだろう。

バイトの後に出向いたから22時は過ぎていたと思う。そのまま泊まるつもりでいたし、次の日は休みだからと気にしなかった。


玄関を開けた瞬間に聞こえた声…それはベッドが軋む音と女の喘ぎ声だった。

この時間、家にいるだろうは海月。

俺は戸惑った。確かに今時、早ければ経験しているだろう年頃。だけど海月が家に男を連れ込むのだろうかと。


玄関には男と女の靴。もしかすると智志兄が女を連れ込んでるのかもしれない。

だがそうだとしたら海月がいる時間なのに教育上問題がある。

正直、頭の中がグルグルしていた。


「お願い…もう許して…お父さん…」


微かに聞こえてきた声に俺は一瞬で血の気が引いた。


(お父さん?)


その場で固まってしまった。到底受け入れられない言葉を耳にしたから。

だが、声はそんな俺にはお構いなしで続く。


「お願い…もう…許して…」

「美波…愛してる…」


(美波?)

無意識に俺は足音を消して部屋に近付いた。そしてソッとドアに隙間を作り覗いた。

信じられない光景…父親が海月を羽交い絞めにし腰を揺らしていた。

そして顔を歪め涙を溢す妹…あまりの衝撃で俺はその場から逃げ出した。


わかっている…本当ならそこで海月を助けてあげるべきだったんだ。だけど俺は動揺して逃げたしてしまったんだ。


しばらくショックから抜け出せなかったが、時間が経てば冷静にもなり確認するべきだと思った。


父親は海月の事を【美波】と呼んでいた。それはつまり最愛の妻の代用品として海月を扱っている可能性があるということ。


(親父を止めなければ…)


***


現場を目撃してしまった次の日、俺は再び実家に出向いた。そして更なる事実を知る。


同じような場面、玄関を開けると前日と同じ事が起きていた。

俺は意を決して現場へと踏み込む。


押さえつけられて身動きのとれずにいる海月に無理強いをしていた相手を見て俺は動揺が隠せなかった。


「智志兄…?」


父親ではなく、まさかの兄だった。

逃げ出したあの日は確かに父親だったのに…今日は兄が海月を犯していた。


既に事を終えた後だったらしく、体を離す智志兄。涙を零しながら身動きとれずにいる海月。


「珍しい、何か用事か?」


何事もなかったかのように兄は俺に話しかけてきた。俺はハッとする。



「海月に…何してた…」

「ご覧の通り、見たまんまだろ」

「ありえないだろ…妹相手に…しかも…」


俺は言葉に詰まらせた。


「妊娠させる気かよ!」


体を震えさせる海月。何も言わずただビクリと反応するだけ。

俺は部屋の中に入ると落ちていた海月の衣類を本人に渡した。


「しないし」

「は?」

「コイツにはピル飲ませてるんだよ」


俺は海月を見た。こちらを見ようとはしない海月の素振りからそれが肯定なんだろう。


「そもそもコイツは妹じゃないし」

「血は繋がってないけど書類上は妹だろ!」


(血が繋がらないなら良いのかよ!)

一気に怒りが混み上がってくる。


「それでも兄貴かよ!」

「違うね」

「は?」

「ただの他人」


淡々と否定する兄。


「親父と美波さんは再婚してないんだよ」

「は?」


突拍子のない内容に俺は怪訝な表情になるのがわかった。


「親父とお袋の離婚が正式に受理されたのは…美波さんがなくなった日だったんだ。つまり再婚直前で亡くなった」


(なんだよ…それ。じゃあ今までの期間は?)


「お袋、なかなかハンコ押さなかったらしいからな」


兄の話をただ聞いてしまう。本当の事なんだろうかと疑いながら。


「今まであの2人、再婚できないからって子供を作ってなかったわけ。

親父さ、美波さんを溺愛してただろ?だから海月が余計重なって見えてるらしくて、生きてると勘違いしちゃうわけさ」

「まさか…」


(嘘だろ…そんな事…)


「あの人は病んでるよ。仕事には影響してないけど、家に帰って海月を見るとダメなわけ。

海月が亡くなって、美波さんが生きてると錯覚してるんだよ」


(そんなふうに今まで見えなかったのに?確かにいつも親父と会う時は海月は確かにいなかったけど…)


ずっと普通に見えていたからあまり信じられないでいる。


「コイツ…妊娠したんだよ」

「は?」

「2年ぐらい前に」


(2年前?)

耳を疑う言葉だった。でも海月の反応が真実だと告げる。


2年前は俺が高校を卒業した頃で海月は13歳中学2年生だったハズだ。


俺はハッとした。


(もしかして…海月は俺に助けを求めて来ていたのか?)


「俺も驚いたけどね目撃してしまった時は。

まさかの事実に戸惑いながらも海月に真相を聞いたわけだ。そしたら急に倒れてさ。

病院に連れて行ったら妊娠してるって女医に言われたわけ」


苦しい…海月に起きていた事を考えると胸が締め付けられる。

(中学2年生の少女が…妊娠?)


「親父は何も変わらない、海月を美波さんだと信じてる。だったら…妊娠しないように自分で管理するべきだろ?」

「何言ってんだよ、智志兄が親父を抑えるべきだろ?何で受け入れさせるような事にさせるんだよ…。

そもそも、自分だって海月に何してんだって話であって」


海月は俺に助けを求めて来ていたのに…気付けなかった。それが悔やしい。


「最初はそう思ったさ。でも…都合の良い女が目の前にいるんだぜ?利用しない手はないだろ」


(最低だ。身内が…こんな奴だったとは…)

そして気付いてやれなかった俺が…。


俺は海月の部屋にズカズカと入った。

そしてクローゼットを開け適当に服を目についた袋に入れた。


弓弦ゆづる兄?」


一通りの荷物を持つと俺は海月の手を引っ張った。


「行くぞ」


こんな所にいさせるわけにはいかない。

父と兄の毒牙にかかる妹を放っておくわけにはいかないんだ






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