好きのその先

KOMUGI

第1話 兄と妹

この感情は【罪】そう思い続けていた。


***


俺が8歳の時に出来た5歳下の血の繋がらない妹…海月みづき。透き通るような肌、サラサラとした髪質、3歳の時と変わらない純粋で穢れていない、小さくてフワフワした感じの妹。父親の再婚相手の連れ子。


当時は知らなかった事実、父親は俺が5歳になる少し前に母親と別れた。母親から俺達を取り上げて。


大きな会社の社長である父親。元々は財閥子息で次男であるからと家は出ていたらしい。

それでも立場的な関係で他社の社長令嬢である母とお見合い結婚をしたそうだ。

母には兄がいる為、後継者の問題はなかったのだが…父親の方は長男になかなか子供が出来ず最悪の場合は俺ら兄弟のどちらかが会社を継ぐよう話し合われたそうだ。

その為だけに母親から俺達は引き離された。


まだ5歳の俺には理解出来ない世界。ただそれ以上に後から知った事実は俺を戸惑わせた。


父親と海月の母親が出会ったのは大学生時代らしく先輩と後輩の関係だったそうだ。

海月の母親は同じ大学で俺達の父親の友人だった男と授かり婚だったらしい。結婚して海月が生まれて1年もしないうちにその相手と離婚。

そして俺達の父親と良い感じになった。

不倫という関係…当時まだ父親には妻が…俺の母親がいたんだ。


当時を振り返ると父親は家に帰って来ることが滅多になかった。子供心に忙しいのだと思っていた。

だけど…本当は…海月の家に帰っていた。

俺達家族を放置し、新しい家族と暮らしていたんだ。


幼い頃は何も知らなかったからダメージは無かったが…ただ、内心は複雑だった。

自分の母親の記憶があるのに新しい母親ができるという。見ず知らずの2人が自分の母親と妹だと言われても正直シックリはしない。


俺の2歳上である兄、智志さとしは後継者として育てられてきたヤツで環境に馴染むのも早かった。

海月の母、美波みなみさんの前では優等生でいて、海月に対しても良いお兄ちゃんを演じていた。

逆に俺は扱いにくい奴だったと思う。

簡単に納得いかないからと馴染むこともできなかったのだ。ろくに口もきかず、接する事もない気難しい次男。何年経っても素直になれなかった。


海月には物心ついた時から俺は兄なのに…俺は兄になる事はできなかった。

だから…いつしか海月は俺と距離を置くようになっていた。

ただそれに反して仲良くなる兄と妹…智志兄と海月は近付いていく。本当の兄妹のように。


俺だけが家族になりきれない。

だから高校受験の時に俺は家を出て寮生活が出来る学校を選択した。全寮制の私立高校を。


そして海月が中学生になって間もなく…美波さんは事故で亡くなった。居眠り運転の車が交差点に突っ込んできたらしい。


12歳になっていた海月と半年ぶりに会った。

女子の成長は急激で中学生になっただけで大人びるモノなんだと思った。

悲しい筈なのにグッと泣くのを堪える海月のその表情が俺をやっと兄にさせた。

冷たくなんかできない、逆に守ってあげなければと…。


それから俺は月に一度は実家に顔を見せるようにした。正直後悔している…もっと家に戻るべきだったんだと。



俺は高校を卒業すると大学に進学した。大学以外の時間はほぼバイトに時間を費やし生活費にあてた。いわゆる1人暮らし。

学費は父親に出してもらっていたけど、生活費は自分で頑張っていた。

いつまでも坊ちゃんでいたくはなかったんだ。


俺が19歳の時、珍しい事があった。

今まで俺を訪ねて来ることのなかった海月が

一度だけ俺の家に来た。笑顔でただ「近くまで来たから」と言って。

その時に察してあげられれば良かった…様子がおかしかった事に。


14歳の海月は大人へと成長途中で女性らしい身体つきへと変化しつつあった。

正直、キレイになったと本気で思った。

美波さんもキレイな女性だった。その美波さんに似ていた。さすが親子といわんばかりに。


そうだな…大人になってみて思う。俺も父親の子なんだと、きっと容姿の好みも近いのかもしれないと。


海月の性格は知っているつもりだ。子供の頃からの付き合いだから。

頑張り屋だけど努力は隠す、真面目だけど引っ込み思案…嫌いになんかなれない、むしろ危なっかしくて目が離せない。


「海月の名前ってさ【クラゲ】とも読めるの知ってた?」

そんな内容を、いつだったか海月と話した。あまりにも心配だったから。

昔、中学生の体育祭に何となく見に行った時に海月の学校生活を初めて目にした。

それは流され気質でNOと言えず言いなりになっている海月。

だから…話を振ったんだ。


「海月そのものだよな」

「どういう意味?」

「クラゲは海流に流されてるだろ?流されて生きてる。海月もまわりに流されて生きてるからほら、同じだろ?たださ、実際さ流されるのってどうかと思うけどね」


笑顔が消えて考え込む海月。多分自分でも思っていたのかもしれない。


その話をした数週間後の出来事だったんだ。俺達の運命が動き出したのは。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る