第6話 王との対面

城の門を潜ると、すぐに顔も兜で覆った全身鎧の兵士がやってくる。


朝日を銀色の鎧が反射し、寝不足気味の余の目にはちょっと眩しかった。


「お待ちしておりました。陛下と大臣の下へご案内いたします」


「よろしくにゃ」


兵士の後をついて歩きながら欠伸と背伸びをする。

 

余が住んでいるアレクダリア王国の王都にそびえ立つアレクダリア城は、外の城下町と繋がる門を潜ってまずお目見えするのが綺麗に整った広い庭園だ。


よく手入れされた草木に花が咲き、そよ風と共にすがすがしい草花の香りが鼻を擽る。


見れば早朝だというのに、いや早朝だからこそか職人達が真剣に手入れをしていた。


彼等の周囲には蝶々がふわりと飛んでいて、余の猫魂をぴくりとさせる。


しかしだ、余が人間となってすでに十六年の時が経過している。


あの程度の蝶々ごときでは、余の注意を引くことはできはしない。


「あの、ミオ様。庭園がどうかされましたか」


呼ばれてハッとすると、兵士はかなり進んだ場所で立っていた。


余は気付かぬうちに足を止め、魅入ってしまっていたようだ。


どうやら、あの蝶々たちは只者ではないらしい。


流石、王城の庭園に住まう優雅な蝶々だったと評すべきだろう。


「い、いや、なんでもないのにゃ」


余は蝶々に気を取られたことを誤魔化すように咳払いをして、兵士の傍に駆け寄った。


「さぁ、早く案内するにゃ」


「は、はぁ。畏まりました」


兵士は気を取りなして前を歩き始めた。


優雅に誘惑する蝶々達が集う庭園の先には、石造りで作られた大きな城がそびえ立っている。


門は城門より小さいが、それでも大きくて馬車ぐらいなら余裕で通れる大きさだ。


先を歩く兵士がその門に向かってを手を振って合図をすると、その門がゆっくりと開き始める。


余が歩いて到着する頃に門が完全に開いて、メイドや執事達が頭を下げて出迎えてくれた。


ここまで豪勢に迎えられたのは、初めてのような気がする。


悪い気はしないが、余は用件を早く済ましてベッドで眠りたい。


口元に手を当てながら欠伸して周囲を見渡すと、床は一面に幾何学模様が施された絨毯が敷き詰められている。


ここに横になっても、十分良い睡眠は取れそうだ。


壁に目をやれば石造りで無骨な城壁の外見と打って変わり、こちらにも幾何学模様の装飾が施されいる。


等間隔で壁には蝋燭立てが付いているが、その造りにも細部に拘りが見えて気品に満ちた印象を受けた。


それにしても、城というところは何やら無駄に広くて、雅というか落ち着かない場所である。


欠伸に次いで「ん~……」と背を伸ばしていると、正面からどたどたと大きな足音が聞こえてきた。


「ミオ殿、お待ちしておりましたぞ」


少し息を切らしながら低くてしゃがれた声が発した男は、他の者達よりも気品ある服を着ている。


ちょっと装飾の主張が激しい印象を受けた。


彼の見た目は綺麗に整えた焦げ茶の短髪、大きく優しそうな丸い目に茶色の瞳を浮かべている。


体格は丸くて、すこしお腹が出ていた。


確か、この男の名前は……。


「えっと、カンガンのジャポネ・ソースだったかにゃ」


余がそう告げると、周囲にいた執事やメイド達が彼を横目で見やって顔を引きつらせた。


「い、色々と間違っておりますぞ」


ジャポネは周囲の誤解を解くためか、即座に大声を上げて首を横に振った。


「私の名はジャスネ・ロートシルトです。それに虚勢した宦官でもありません。クラウス陛下にお仕えする大臣でございます」


「そうだった、ジャスネだったにゃ。言い間違えて悪かったのにゃ」


「いえいえ、お気になさらず。お父上のアルバート公爵と違って、ミオ殿と私がお会いする機会が中々ありませんからな」


ジャスネは目を細めて微笑むが、「しかし……」と真顔になった。


「宦官、はお止め下さい。流石にいらぬ誤解や噂が立ちますので」


ところで『キョセイ』とか『カンガン』ってどういう意味なのだろうか。


しかし、尋ねると面倒臭そうである。


余は苦笑しながら場を誤魔化そうと頬を掻いた。


「そ、そうだにゃ。気をつけるにゃ」


「よろしくお願いいたしますぞ。では、ここからは私がご案内いたします」


彼は畏まると、前を向いて歩き出す。


ほっと胸を撫で下ろした余は、ジャスネの後を追いかけて足を進めていった。


城内の中をジャスネの案内のまま歩き、幅の広くて豪華な造りをした階段を何カ所か上がっていく。


やがて、盾と槍を構えた二人の兵士が並び立つ、今まで一番豪華かつ警備の厳しい扉前に辿り着いた。


「この先で陛下がお待ちです」


ジャスネが足を止め、笑顔でこちらを振り返った。


しかし、余は不機嫌である。


たかがクラウスに会うために、城内を相当に歩かされたのだ。


そもそも、会いたいというのなら向こうがやってくるのが筋ではなかろうか。


余はこれ見よがしにため息を吐き、肩を竦めた。


「クラウスは毎日こんな城内を歩き回っているのかにゃ。王様というのは、大変だにゃ」


「はは、ミオ殿の仰る通りですな。しかし、陛下はこの城にお住まいでほとんど外に出ることはありません。故に城内を歩き回らないと、すぐに『こう』なってしまいます」


彼は自身のお腹をさすってみせる。


そう言えば、人間というのは『食べ過ぎて太る』という考えがあるらしい。


家ネコだった時、下僕達が普段の食事とは別に『やたら良い匂いがする柔らかい食事』を沢山くれた時期があった。


余が下僕達の足に頬をすりすりしながら甘い声で囁けば、冷たい風が出る箱から取り出してくれたものである。


だが、突然にぱったりともらえなくなった。


思い返せばあの時、下僕達は『てまり、太ったね。こりゃ、じゅ~るのやり過ぎかな』と言っていたような気がする。


確かに、あの時、余の身体は少し重たかった。


おそらく、あの状態が『食べ過ぎて太る』ということなのだろう。


ちなみに、今の余は食べることよりも寝ることを重要視しているから『太る』ということは多分ないはず。


しかし……と、余は両手を前に出してジャスネのお腹をふにふにした。


「あの、ミオ殿。何をされているんですか」


彼は首を傾げるが、私は手を止めずに「ふむ」と唸った。


「リフィアやマリルと比べるとふにふにが足りないにゃ」


「……リフィア王妃とマリル様のお二人と比べないで下さい。恐れ多い上、立場上回答に窮します」


ジャスネの顔から血の気が引き、真っ青になってしまった。


「何故にゃ。同じ脂肪のはずだにゃ」


「色々と繊細かつ微妙な問題なんです。さぁ、この話はもう終わりにして陛下の下に参りましょう」


「いや、終わりも何もジャスネが……」


始めた話にゃ、と言おうとするが、先に扉が開いて彼が足を進めてしまう。


余は釈然としないまま、彼の後を追ってクラウスの待つという部屋に足を踏み入れた。


「待っていたぞ、勇者ミオ・ルルクラージェ」


「んにゃ?」


部屋に入って扉が閉まるなり、威厳のある声が轟く。


何事かと、前を見やればクラウスが玉座に座ったまま頬杖を突き不敵な笑みを浮かべていた。





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