第7話 怒髪天を衝く
ここは、玉座の間というところだろうか。
部屋はそれなりに広くて、玉座以外には何処にも座るところはない。
扉から玉座までは赤いふかふかの絨毯が敷かれ、上から目線を誇張するような造りである。
あまり趣味が良いと言えない。
人間に転生して十六年、どうやら人間という生き物は相手を見下すのが好きな奴が多いようだ。
部屋を見渡してみるが、正面の玉座に座るクラウス以外は誰もいない。
そう思っていたら、余の背後から咳払いをしながら一人の男がクラウス座る玉座の前に歩いて行った。
ジャポネ……ではなく大臣のジャスネだ。
二人は何やら顔を強ばらせ、真剣な面持ちである。
余は欠伸をしながら背伸びをして息を吐き、「それで……」と切り出した。
「余に何の用かにゃ。あ、グレンとの結婚の話というならつ、つ……包み込んでお断りするにゃ」
「それを言うなら『謹んで』、でございますな」
「う……。そ、そうともいうにゃ」
ジャスネの指摘に誤魔化すように頬を掻きながら苦笑していると、クラウスが「ふふ」と噴き出して強ばった表情を崩した。
「やはり、ミオは面白いな。では、今日呼びだてた理由を教えよう。まずは、これだ」
「お預かりいたします」
クラウスが懐から取り出したのは掌大の水晶玉だった。
何やら魔力の気配も感じるから、ただの水晶玉ではなさそうだ。
ジャスネは丁寧にその水晶玉を受け取ると、余の前にやってきた。
「ミオ。悪いが、それを持って魔力を込めてみてくれ」
「これにかにゃ。まぁ、それぐらいならいいけどにゃ」
ジャスネから受け取ると、余はこの世界に転生して得た『魔力』を込めていった。
魔力とは……よくわからないが、とりあえず色々なことができる力の総称であり源だ。
母様、父様、ギルバートがあれこれ説明してくれたような気もするが、結局よくわからなかった。
ただ、いつからか余の中に流れる『魔力』という存在は自然と認知できるようになっていて、今では自由自在に扱える。
それこそ、手足のようにだ。
「んにゃ……」
手に魔力を込めると、水晶玉が急にまばゆい光を放ち出した。
何事かと思った直後、どこからともなく『ミオ・ルルクラージェ。祝福の勇者(猫)素質五等級』という無機質で透き通った声が水晶玉から発せられ、室内に響いた。
「祝福の勇者素質五等級だと、素晴らしい。これで我が国は、いや世界は救われるぞ」
「えぇ。神は我等を見捨ててはおりませんでしたな」
クラウスとジャスネは何やら聞こえてきた声に喜び、大いに感動している。
そして、余も『やっと見つけた』と感動していた。
会った時のような感情は籠もっていなかったが、この声は間違いなくあいつだ。
そうか、この水晶玉の中に隠れていたのか。
「ここで会ったが百年目。リシス、ようやく見つけたのにゃぁああああ」
余は恨み辛みを込めて吐き捨て、水晶玉を両手で掴みながら頭の上に掲げて魔力を込めていく。
魔波が室内に吹き荒れ、余の長髪が激しく靡いた。
前世同様の家ネコ生活ができると、奴に言われて早十六年。
家ネコに近い生活が送れたのは、転生して間もない頃のみ。
それも、たったの五年程度である。
残りの十一年は、どうやって睡眠時間を確保するかという戦いに日々追われ、好きな時に食事をする自由もなく、夜になって動き始めれば母様を中心にして皆に怒られるという生活だった。
おまけに、前世家ネコでは一切必要のなかったお勉強、礼儀作法、着付け、令嬢教育などなど。
わけのわからないことまでしなければならない始末。
だが、余が一番怒り心頭なのは『いつでも連絡してね』というようなことを言っておきながら十六年間、一度も反応がなかったことだ。
「出てくるにゃ、リシス。お前、余を騙したのかにゃ」
水晶玉に魔力を込めながら怒号を発するが、無反応である。
しかし、水晶玉から放たれる光の強さはどんどん増していく。
「み、ミオ。何故、怒っているかはわからんが落ち着きなさい」
「そ、そうです。その水晶玉の中にリシス様お居られるわけがありません」
「嘘にゃ。さっき聞こえた声は、間違いなくリシスのものだったにゃ。あの性悪、きっとこの水晶玉を通して余のことを把握しているはずなのにゃ」
クラウスとジャスネに言い返したその時、水晶玉にぴしりと罅が入る。
次いで、水晶玉の中に何やら文字が浮かび上がってきた。
『ご・め・ん・ね・テ・ヘ』
「……⁉ やっぱり余を騙したんだにゃぁああああああ」
十数年越しのやり取りに『テヘ』なんて言われ、余の怒りは頂点に達した。
同時に靡いていた長髪が逆立ち、怒髪天を衝く。
だが次の瞬間、水晶玉が砕け散った。
「にゃ……⁉」
ハッとして目を瞬いた次の瞬間、水晶玉に籠もった魔力が溢れ出て爆音が轟き、爆煙が立ち上がる。
「な、なんだ。何が起きたというのだ」
「わ、わかりませぬ。何やら、ミオ殿が激昂していたとしか」
爆煙で視界は覆われているが、クラウスとジャスネのたじろぐ声が聞こえてきた。
この程度の爆発、余にはどうということはない。
しかし、爆煙で『けほけほ』と咳き込んでしまう。
「おのれ、リシスめ。今度会ったらただじゃおかないにゃ」
手を拳にして吐き捨てると同時に爆煙が晴れ、クラウスとジャスネが余の姿を見て安堵した表情を浮かべた。
するとその時、玉座の間の扉が開かれて全身鎧の兵士達が次々とやってくる。
「陛下、今の爆音は何事ですか⁉」
「あぁ、心配させて悪いな。ミオに宿る勇者の素質を計ったところ、水晶玉が爆発してしまったのだ」
「えぇ、あの王家の秘宝が⁉」
兵士達の発した秘宝という言葉に、余の耳がぴくりと反応する。
しまったにゃ、感情のあまりにちょっとやり過ぎたのにゃ。
確か、秘宝とは人間にとって凄く高価なものだった気がするのにゃ。
それとなく横目でクラウスを見やるが、彼は兵士達に向けて頭を振った。
「よいよい、気にするな。あれの目的はすでに果たされておる。それよりも、ミオとの話がまだ終わっておらん。ジャスネとミオ意外の皆は、部屋を出てくれ」
「畏まりました。では、これにて失礼いたします」
彼等が出て行って扉が閉まると、室内に何とも言えないしんとした静寂が訪れる。
程なく、「さて……」とクラウスが切り出した。
「今の出来事について、説明してもらえるかな」
「あ~……、それについてはルルクラージェ家の秘密というか、何というのかにゃ」
余は、ばつが悪くなって視線を逸らしながら頬を掻くと、長髪を前に持ってきて毛繕いをするように手で撫でていく。
前世家ネコ時代同様、これをすると気持ちが落ち着くのだ。
ち母様と父様から『素質等級についてとリシスとの関係』は口止めされている。
今更ではあるが、余の口からは言うのはちょっとまずい気がした。
しかし、余はここである事にハッとする。
「ちょ、ちょっと待つにゃ。説明してのほしいのはこっちにゃ。あの水晶玉、余の『素質』を言い当てたのにゃ。用途も何も言わずあんなものを渡して、勝手に人の素質を知ろうとする奴にこちらから話すことなんてないのにゃ」
口を尖らせてそっぽを向いてやった。
論点のすり替えではあるが、余の筋は通っているはずだ。
案の定、クラウスとジャスネは「む……」と決まりの悪い顔を浮かべた。
「確かに、ミオの言うとおりだ。まずはこちらの無礼を詫びよう。その上で、改めて話を聞いてくれ」
クラウスは会釈して顔上げると、真剣な表情で畏まった。
「事の始まりは、今から丁度一千年前に遡る」
「にゃ? 千年前も遡る話なのかにゃ」
呆気に取られて余はきょとんとしてしまった。
話が長くなりそうで面倒臭そうである。
しかし、クラウスは余の気持ちとは裏腹に熱を帯びた口調で語り始めた。
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