第5話 城へ
「クラウス陛下。今日は娘のミオ・ルルクラージェの誕生会にご足労いただきありがとうございます」
父様【ととさま】が頭を下げると、母様【かかさま】とギルが畏まって続いた。
余は眠いから欠伸をしていると、母様に「こら、ミオ」と怒られて無理矢理に頭を下げさせられる。
思いがけず「にゃ」と声が漏れた。
何故、人間というのはいちいち頭を下げるのか。
理解にいつも苦しむにゃ。
「よいよい。気にするな、アルバート」
クラウスは目を細めて微笑んだ。
この偉そうなクラウスという男は、このアレクダリア王国の王様という存在で『クラウス・アレクダリア』という名前だそうだ。
「あらあら。皆さん、お久しぶりね」
ほんわかした口調でクラウスに続いたのは、慈愛に満ちた細い目に青い瞳を浮かべる『リフィア・アレクダリア王妃』である。
「お久しぶりです。皆様」
リフィア王妃の隣ではにかんだのが『マリル・アレクダリア王女』でグレンの妹だ。
王妃と同じ色の髪と瞳を持ち、少しふくよかな体型である。
グレンは好きではないが、マリルは余のお気に入りだ。
「あの、どうかされましたか」
彼女が首を傾げると、余は我慢の限界を超えて飛びついた。
「えっと、ミオ様……?」
「良いのにゃ。この柔らかくてふにふにした感じが最高なのにゃ」
「な……⁉ 私はそんなにふにふにしていませんよ」
マリルは顔を真っ赤にして否定するが、間違いなくふにふにしている。
すりすりしていると、「ひゃぁあ⁉」と可愛らしい声が聞こえてきた。
「止めなさい、ミオ」
「んにゃぁ⁉」
母様に首根っこを引っ張られ、余は幸せなマリルの身体が剥がされてしまった。
「娘が大変失礼をいたしました」
「い、いえ。大丈夫ですよ」
マリルが頭をふると、リフィアが「あらあら」と微笑んだ。
「ミオちゃん。私の胸にならいつでも飛び込んできてもいいわよ」
「本当かにゃ」
リフィアは母様以上に大きな胸の脂肪を持ち、マリル以上に良いふにふにだ。
喜びに目を見開くが、「こら」と母様から頭を軽く叩かれてしまった。
「あらあら。本当にいいのに」
「リフィル様、あまりこの子を甘やかさないでください」
母様がぴしゃりと断ってしまったので、余はがっくりと項垂れた。
一応、リフィルの胸には幼い頃の誕生日に飛び込んだことがある。
ふにふにした身体に挟まれて、とても幸せだった。
「ミオ君。私と結婚すれば、マリルと母上にいつ抱きついても怒られることはない。何故なら、私が許すからだ」
「……二人に抱きつけるのは魅力的だが、お前との結婚はお断りだにゃ」
口を尖らせてそっぽを向くと、「グレン、いい加減にせんか」とクラウスが呆れ顔で頭を振った。
「ミオは勇者の血族だ。そう易々と結婚相手など決めることなどできぬ」
クラウスはそう言ってこちらを見やった。
「無事に十六歳を迎えられて良かった。おめでとう、と言わせてもらうよ」
「はぁ、ありがとうございますにゃ」
会釈するが、歳を重ねて何がおめでとうなのだろうか。
人間は長寿のようだが、前世において十九歳で死んだ余としては、あまりおめでたくはない。
顔を上げると、クラウスは相槌を打って「ところで……」と切り出した。
「ミオ、貴殿には明日、王城に一人で来てもらいたい。とても大切な話があるのでな」
「余が一人で、ですかにゃ?」
首を傾げると、母様が真っ青な顔で前に出た。
「恐れながら申し上げます。クラウス陛下もご存じの通り、ミオは少し変わったところがございます故、一人で陛下にお目通りさせるのは些か不安がございます。どうか、夫のアルか私を同行させていただけないでしょうか」
「残念だが、大事な用件故にそれはできん。しかし、案ずるな。ミオの言動を気にするほど、器は小さくないつもりだ。では明日、王城の玉座の間で待っているぞ」
クラウスの言動を聞いた母様と父様は、その後も同行させてほしいと頼み込んでいたが、結局明日は余が一人で城に出向くことになった。
全く、面倒臭い話である。
夜が更けてくると、余の誕生日会は終わりを告げた。
◇
誕生会翌日。
「ミオ、おきなさい。今日はお城に行かないといけないでしょ。もう朝ですよ」
「んにゃ~……眠いのにゃ」
余は日が昇りきっていない早朝から母様にたたき起こされた。
陛下の御前で失礼があってはいけないと、誕生日会以上の念の入りようで準備が行われたのである。
余は寝不足で、ずっと欠伸をして目を擦っていた。
準備が終わって簡単な朝食を済ますと屋敷を馬車で出発する。
余が誕生日会を行ったルルクラージェの屋敷は王都内にあるので、城に行くまでにはそんなに時間は掛からない。
城前に到着すると母様と父様が険しい表情を浮かべた。
「ミオ。絶対に陛下に失礼がないようしなさい。いいわね」
「もしも、回答が難しいことを言われたらその場で判断せず、私達に相談するんだよ」
二人は朝からずっとこの調子で、此処に来る途中も同じ事を言い続けている。
ここにはいないが、ギルも同様にずっと気にしていた。
余は、すでに人間として十六年を生きてきたのだ。
多少の分別ぐらいわきまえているというのに。
「わかってるにゃ。ちゃんと挨拶ぐらいはできるのにゃ」
余はそう告げると馬車の扉を開け、勢いよく飛び降りた。
「気をつけるんだよ、ミオ」
「くれぐれも失礼のないよう練習通りに挨拶するのよ」
「ふぁ~……い」
背伸びと欠伸をしながら背中で返事をすると、余は城の門前に足を進める。
門は中々に大きく、周囲は水掘りと城壁で囲まれているようだ。
城壁の高さは、余の身長の五倍くらいはあるだろうか。
これぐらいなら、飛び越えていくことは可能だがさすがに怒られそうだ。
「恐れながらどちら様でしょうか」
全身鎧で身を包み、片手に槍を持つ門番が余を見て尋ねてきた。
「余はミオ・ルルクラージェ。王様に呼ばれてきたのにゃ」
母様から渡されたルルクラージェ家の紋章を見せた。
ちなみに、ルルクラージェ家の紋章は『丸に違い剣』というものらしい。
「大変失礼いたしました。陛下より話は伺っておりますので、どうぞ中へお入りください。すぐに案内の者が参ります」
「わかったにゃ」
門番がそう言うと、大きな門がゆっくりと開き始める。
そして、余は城内に足を踏み入れた。
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