第2話 神と家ネコ

「猫だったてまりちゃんには少し難しいわよね。とりあえず、私は転生神リシスという名前があるから気軽に『リシス』と呼んで頂戴。これ、特別よ」


「……わかった。それで、最初の質問に戻るが余は死んだのではないのか」


頷きながら問い掛けると、リシスは真顔になって雰囲気が変わった。


「えぇ、残念ながら猫だったてまりちゃんは亡くなったわ」


「そうか。それで、下僕のリョウコ達はどうしている」


唯一気掛かりだったことを尋ねると、リシスは優しげに笑った。


「てまりちゃんが居なくなってすっごく悲しんでいたけど、今は立ち直って前に進んでいるわ」


「それは良かった。主が死んでも、下僕は下僕で生きていかねばならん。特にリョウコは泣き虫だった故な気になっていたのだ」


「そう、そのリョウコちゃんが重要なの」


「ん……?」


リシスが急に声を張り上げたので、余は首を捻った。


「リョウコの何が重要なんだ」


「実はリョウコちゃんはね。てまりちゃんと出会わなければ、自殺していたのよ」


「はて、じさつとはなんだ?」


「あ、そっか。動物は基本的に自殺しなかったわね。えっと、簡単に言えば生きていくのが辛くなって自ら命を絶つことよ」


「な、なんと。リョウコの奴、そんなわけのわからないことを考えていたのか」


自ら命を絶つなぞ、到底理解できない。


毎日、お腹が減ったら美味しいものを食べ、眠くなったら寝て、身体を動かしたくなったら動かせばいいだけだ。


それでも嫌なことがあるなら、思う存分寝れば良いだけなのに。


余の考えたことを察したのか、リシスは「そうね」と目を細めた。


しかし、何やらもの悲しいそうな表情である。


「誰もがてまりちゃんのように考えられれば、良いんだけどね。リョウコちゃん達が生きる人間社会ってのは、そう簡単に割り切れない部分があるのよ」


「余にはよくわからない世界だな。しかし、話を戻すが、余とリョウコの出会いがどうしたんだ」


「あ、そうだったわね」


リシスはハッとすると咳払いをする。


「リョウコちゃんね。今から数年後、すっごい薬を次々開発していくの。それで、世界中の命を沢山救うの。でも、てまりちゃんと出会わなければリョウコちゃんは死んでいた。だから、彼女を救ったてまりちゃんに転生神の私からご褒美を上げちゃいます」


彼女はそう言ってドヤ顔を浮かべるが、余はますます訳が分からずに訝しんだ。


「ご褒美、だと。 だが、余はすでに死んでいるぞ」


「そうなの。だから、最近人間界で流行っている異世界転生をてまりちゃんにやってもらうの。それも人の勇者としてよ。どう、素晴らしいでしょう」


「イセカイテンセイ、ヒトノユウシャ? 一体それは何なのだ。余はまたリョウコ達のような下僕に恵まれた家ネコ生活さえできればそれで良いのだが……」


意図が分からず首を傾げると、リシスは微笑んだ。


「勿論です。てまりちゃんの魂には転生神リシスの祝福を与えて、転生先の異世界では『祝福の勇者(猫)素質五等級』を授けちゃいます。ただし、口に出す言葉の語尾に意図せず『にゃ』が付いちゃう副作用があるんだけどいいかしら」


イセカイ、ユウシャ、ソシツというのもよくわからないし、ゴビに『にゃ』とはどういうことだろうか。


「異世界は今まで住んでいた場所とは別世界ということね。勇者はまぁ、皆から尊敬される職業みたいなものかしら。あ、素質等級は次の世界で様々な技能習得に必要な文字通り生まれ持っての素質のことよ。一等級が一番低くて、五等級が最上級なの。語尾に『にゃ』はそのままね」


リシスは余の疑問を察し、流暢に語ってくれたようだ。


しかし、どちらにしても理解を超えているため、余は考えるのを諦めて首を横に振った。


「そう矢継ぎ早に説明されても全く理解ができんが、余はリョウコ達と送った家ネコ生活が再びできればそれでいい。何にしても、そのユウシャとやらになれば、それが可能なんだな」


「えぇ、その通りよ」


リシスは目を細めて微笑んだ。


結局、言っていることはよくわからんが、言うとおりにすれば家ネコ暮らしが再びできることは間違いないらしい。


「わかった。では、そのユウシャとやらになろう」


「気に入ってくれて良かったわ。じゃあ、てまりちゃん。早速、転生させてあげるわ」


「あ、ちょっと待ってくれ。最後に一つお願いがある」


「あら、何かしら」


リシスが首を傾げると、余は口火を切った。


「下僕だったリョウコ達に、余が感謝していたとどうにか伝えてくれないか。余はリョウコ達と出会えて幸せだったと。何分、言葉が通じなかったのでな。別れの言葉を残せなかったのだけが心残りだったんだ」


そう言うと、リシスの目が急に潤み始めた。


「てまりちゃん。私は貴女のそういうところが大好きなのよ。必ず伝えると約束するわ。あ、それから、何か困ったことがあったら私に会いたいとか、話したいとか強く願ってみて。忙しくなければ反応できると思うから」


「うむ、了解した。伝言、忘れずによろしく頼むぞ」


余は頷くと、深呼吸をした。


「では、イセカイテンセイ、ヒトノユウシャとやらをやってくれ」


「わかったわ。じゃあ、てまりちゃん。新しい世界に行ってらっしゃい」


リシスがそう告げた次の瞬間、余の意識は突然と消える。



瞼の先から光を感じ、耳にはけたたましい産声が聞こえてきた。


一体何事にゃ。


考えを巡らせていると、産声を上げているのが余自身であると気付いて驚愕する。


しかし、落ち着く間もにゃく、余は何者かに抱きかかえられて見たことのない大猫の顔近くに連れて行かれた。


「生まれた。無事に生まれましたよ、ラフィオ様。とっても可愛らしい女の子です」


「はぁ……はぁ……」


横になっているのにも拘わらず、荒い息をする慈愛に満ちた大猫を見て余は直感した。


これが新たな母猫なのだと。


母猫は薄茶の長髪で鋭くも優しげな目付き、瞳は黒い瞳孔に虹彩はヘーゼルである。


「本当ね、とっても可愛い私の子。貴女の名前は『ミオ・ルルクラージェ』よ」


どうやら、『ミオ・ルルクラージェ』というのが余の新しい名前のようだ。


新たな家ネコ生活の始まりに、余は心を躍らせた。



てまり改め、ミオが異世界転生を果たした頃、転生神リシスはとあることに気付いて「あちゃ~……」と頭を掻いていた。


「てまりちゃんを転生させた世界。家ネコ生活するには、ちょっと転生時期を見誤ってるわねぇ。でも、あれだけの祝福を与えたし、リョウコちゃんを救った猫ちゃんだもの。きっと、自分で何とかしてくれるでしょ」


リシスは自身の行いを正当化するように呟くと、気持ちを切り替えて別の仕事に取り掛かり始めた。





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