-07 三界

「魔女ハンターあるいは魔女発見人、彼らはそう呼ばれる。聖水と三度の満月で祝福された銀の剣と拷問具、そして領主から委譲された請願権。それらが彼らの剣と盾だ。ハンターに目を付けられた容疑者は、様々な方法で無罪の証明を求められる。逆さ釣りで火に焼べられたり、服を剥ぎ取られ川に沈められたりね。この場合、川に沈んだならば無罪、浮かんできたら有罪だという。こんなもの……」

エドウィンは指で本の背表紙を弾き、窓の外へ顔を向けた。あまり見たことのない彼の姿だった。もしかして怒っている?でも私からは表情が見えない。

「容疑者にとって何の違いがあるだろうか?有罪でも無罪でも、多くの場合待っているのは死だ」

私とアリシアは同時に唾を飲み込んだ。エドウィンは深く息をついて私たちへ向き直った。

「幸いレイヴンズブルックにそうした事件はないが、『魔女』や『魔術』に嫌悪感を持つ大人は多い。外では気をつけて会話をするんだよ」

エドウィンが優しく諭すと、アリシアは「はい」と頷いた。


「さて、その上で考えよう。二人の意見はもっともだ。悪魔学者の文献は言う、『魔女は悪魔と契約し、災いを為すものである』と。しかし近年、別の意見も出てきた。魔女は知恵と薬を用いて人々を治療する『賢女』であるという主張だ。論文はごく僅かだが」

「賢女」アリシアが小さく呟いた。

「どちらの見方が実像に近いのだろうか?ここでは、僕の学んでいる東洋の自然哲学が役に立つかもしれない。つまり、世界を善と悪の対立としてではなく、相反する力のバランスとして見る視点だ」エドウィンは私たちの顔を見比べながら続けた。


「僕たちの暮らすカルドリアでは、世界を対立する二つの概念の中で認識している。例えば光と闇、浄と不浄、善と悪、先生と弟子、大人と子ども。だが東洋の哲学は、必ずしもそう考えない。相反すると思われる概念は、多くの場合、同じコインの表裏であり、互いが存在するために不可欠であることを示唆する」

エドウィンの説明を聞きながら、私はふとテーブルの上を見つめた。彼が私たちに淹れてくれた、透明の茶器がある。中に残っている僅かなお湯。底に沈んだ茶葉と水面に浮かぶ鮮やかな花が見えた。

「考えてみてほしい」エドウィンは背もたれに寄りかかって腕を組んだ。「闇を知らずして光を理解できるだろうか? 悲しみを経験せずに喜びを理解できるだろうか? 君たち二人を観てごらん。一見反対する意見を言っているよう思えるけど、二人は相互に結びついており、お互いを補い合っている」

私とアリシアは顔を見合わせた。エドウィンの話を頭で理解するのは難しかった。だけど、私たちが『結び付いている』という言葉には、自分の名前を呼ばれた時のような自然さを感じた。同時に、こそばゆいような恥ずかしいような気持ちがして、慌てて顔を背けた。


「魔女が使うとされる魔術も同じ事ではないか、僕はそう考えている」エドウィンが話を続け、私は我に返った。「例えば『魔女の鉄槌』によれば、魔女は『害悪魔術マレキフィウム』で村の作物を枯らしたという。様々な地域で飢饉を招く原因となった。しかしそれは対象の問題ではないだろうか?例えば、イネ科の雑草は麦の栄養を吸い取る。雑草の減った農場ならば、麦はこれまで以上によく育つのではないか?」

思いも寄らない考えに、私はただぽかんと口を開けていた。


「これは『魔女の憂鬱』という。カルドリア以外の魔女を取り扱った珍しい文献だ」

エドウィンは書見台から、分厚い革で装丁された本を取り出した。

「ここには魔女の能力や特性について面白い見解がある。すなわち、魔女の扱う魔術は、我々が生きているこの世界を三つの世界で捉えるという。人間や精霊、悪魔の霊魂プネウマが精神を支配するイデア界、木や火や土が自然を支配する物質界、生物を流れる液体が肉体を支配する現象界。私たちが認識できないこれら三つの概念をコントロールし、調和を図ることで、超自然的な力を発揮する、それこそが魔女の魔術であるというのが本書の見解だ」

アリシアは身を乗り出し、『魔女の憂鬱』を食い入るように眺めた。私も彼女の後ろから覗き見たが、私の知る言語では書かれていなかった。


「三つの世界?魔女はそれをどうやってコントロールするんですか?魔術というのは、本当に存在する現象なのですか?」いつもより早口なアリシアの口調には、興奮が滲んでいた。

「残念ながら、それはまだわからない。本書によれば、どうもそれぞれの世界に対応する独自の技術があるようだが。言語、儀式、薬剤……そういった手段を通じて、正の影響と負の影響を与え合う。そうした解釈のようだ。最も身近なものには薬草による医療行為が」

「言語?儀式?それは具体的にどのような方法で行うのですか?」アリシアは真剣なまなざしでエドウィンを射貫いた。「それらを知れば、できるのですか?私たちにも、魔術を使うことが」

彼女のいつにない迫力に、私は驚いて声を失った。


「ミスハント、落ち着くんだ」エドウィンは彼女の視線を受け止め、膝の上で両手の指を組んだ。「君がもし学問的関心にその身を捧げるつもりがあるのならば、それはあまり正しい質問とは言えない。私たちが最も気をつけなくてはならないのは、自分が見たいと思う結論を最初に措定し、証拠と論理をその手段として加工することだ」

エドウィンはゆっくりと言葉を紡いだ。「君は魔女について正しい知識を得たいの?それともまさか、魔女になって魔術を使いたいとでも言うつもりかい?」

「私は……」

アリシアは言い淀んだ。眉をひそめて口を固く結んでいる。それまで見せていた、火のような熱は息を潜め、母に叱られた際の私のように落ち込んでいた。

彼女の沈んだ姿を見ていられなくなった私は、エドウィンに恨みがましい視線を送った。彼はそれに気が付いて、軽く咳払いをした。

「言い過ぎました。ミスハント、すみません。……君の関心も良く分かる。魔女に魔術、これらは非常に魅力的なテーマだからね。だからこそ私たちは適切な距離を取ることを忘れてはならないが。君がよければ、またシスと一緒にここに来ると良い。僕のコレクションを見ながら、最新の研究動向について話をしよう」


アリシアの顔が明るくなった。急な小雨が終わり、流れる雲間から日が差すように。

「はい、是非!」


***


その夜、私は夢を見た。

私はどこか遠くの町に入ろうとしている。厳しい山脈と渓谷に囲まれた町。遠くに教会の尖塔が見える。

あの日、ヴァレンティンの店で見たのと同じ光景だ。眼前に広がるライ麦やオート麦の畑。発育が悪く弱っているものもある。痩せた土地。暗い表情をした人々。

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