妖刀

第16話 くだんの出現

宮城県の村田町のとある牧場でそれは起こった。


牛の出産に立ち会う牧場のオーナー。年は50代の男性と、獣医。


獣医のほうはまだ若い25歳くらいの眼鏡の男性である。


牛の出産とは難儀なもので、もう間もなく子牛の足が出ており、それにロープを巻き付け男3人で引っ張る。


「なんだが、足ぁえんずぇあ。」


獣医が何か違和感があると言う意味である。


「うざにはく。」


出産がとても難儀している。これだけ力自慢な男が揃っているのに一向に足から先が出てこない。


「おもいっぎり引っ張れ!」


男達は顔を赤くし、汗だくになりながら要約の思いで牛を引っ張り出した。途端に悲鳴があがる。


出てきたのは体は牛なのだが顔は女性という、異様な姿。髪も長い。しかし所々しかない。男達も絶句して何も言わない。


きぇぇぇぇ!と聞いたこともない咆哮が響く。


「くだんだ!くだんが出た!じぃさん呼んでごい!」


何か心当たりがあるのか、牧場のオーナーは従業員に指示をだす。


「くだんを見たのは初めてだ。さらさえぼ立ってきた!不吉だ!」


程なくして80歳くらいの男性がやってきた。慌てる様子もなく、落ち着いた感じではある。


「間違いねぇ。くだんだ。一言一句、聞き逃すでねぇ。」


獣医も従業員も静まり返っている。牧場は木造だが他の牛の鳴き声と、くだんの甲高い奇声が入り交じった異様な空間である。


「い、いづまで鳴くんだ?」


異様な空間に耐えられず、オーナーは言う。くだんと呼ばれる、その牛は急にピタリと鳴き声をやめた。あたりはいつの間にか静まり返っている。皆一同に、生唾を飲む。



『キャッハッハッハ!東の都……百鬼……夜行……京の都に災いあり…終わりと始まり!キャッハッハッハ!』


甲高い笑い声はいつまでも続く。不気味な様子に皆黙って見ているしかない。


「それはいつだ?いえ。いわぬが!」


険しい表情で老人は尋ねるが、笑い声を止めることもなく、やがてギェェェ!と鳴いた後、くだんは息絶えた。


横たわる牛にところどころ長い黒髪の生えた女性が舌を出したまま死んでいる。現実とはかけ離れた空間である。


「うざにはがしたなゃ。」


老人は異様な死体を見てお辞儀をし、そして手を合わせた。皆も怖さを押し殺し、震えながら手を合わせた。


しばらくの黙祷の後、老人はオーナーに


「警察に電話せぇ。東京の本庁のほうに。くだんが出たと言えばわがる。」


とだけ言って家に戻っていった。


2日後、仰々しいほどの鑑識と2人の刑事が牧場を尋ねてきた。東京の警視庁から派遣されたが聞いた事のない課の名称を名乗った。


車3台にブルーシートと立ち入り禁止のキープアウトのロープ。大きな殺人事件を連想させる。ドラマでしか見た事のないような、仰々しさである。


「公安零課の八尾純子です。」


「同じく、橘です。」


警察手帳を見せたのは女性のほうであった。長い黒髪を束ねポニーテールの髪型で片目は髪で隠れている。警視庁の制服を着ているが、制服の上着を肩にかけ、白いワイシャツを捲りあげ青のミニスカート、ヒールという着崩した感じである。


もう1人の橘と名乗った男は黒髪の端正な顔立ちではあるが、黒スーツ、灰色のワイシャツに黒のネクタイと、どちらかと言えばホストに近い。ただ、目つきが鋭く。怒っているようにもみえる。黒い革手袋の手には日本刀を持ってる。


対するは老人とオーナーと従業員の男性達、獣医である。老人が2人の前に出る。


「事情を説明する。」


老人はそう言ったが、八尾がそれを手で制止して


「いえ、結構。本人に直接訪ねますので。」


くだんが横たわる場所に近づく。カツカツとヒールの音を鳴らしながら草を被せられた死んだ牛へ、いや牛なのか?人間なのか?すら分からない。舌を出したまま目を見開いている死体。


八尾は腕を組みながら、足でくだんに蹴りを入れる。


「チッ!」


と舌打ちをして何度も何度もくだんを踏みつけた。


ギェェェェェ!とくだんが急に息を吹き返した後、また同じ甲高い鳴き声をあげる。

そばにいた男達はうわぁ!と声を上げ後ろに下がる。橘と老人だけは微動だにせず、くだんを睨みつけていた。


「こっちは休暇だったんだ。さっさと予言を言ってくれ。」


八尾は心底めんどくさい感じの様子だった。


『キャハハハハ!東の……都!百鬼……夜行…………京の都……終わりと……始まり!キャハハハハ!キャハハ!死ね!お前ら!皆!』


八尾はチッ!舌打ちして蹴りを入れる。


「おい!まだ死ぬな。肝心要のはどこにいんだよ!?吐けコラ!」


頭が潰れているのにも関わらず、ヒールで蹴るのをやめない。美人の顔立ちの八尾の頬に血しぶきがまい血痕がついた。くだんの顔は目の玉が飛び出て原型を留めておらず、見ていた男達は嘔吐する。


「八尾さん……もう死んでます。」


橘は冷静に止めた。八尾はクソっ!と苛立ちを隠せない様子であったが蹴るのをやめた。


「取り乱して申し訳ございません。ここでのことは他言無用でお願い致します。もっとも……誰も信じないと思いますがね。」


「わ、わがりました…。」と男達は返事をするだけだった。


「これからどうなります?」老人が尋ねる。


八尾はタバコに火をつけて紫煙を吐き出しこう告げた。


「あなた方が知る必要はありません。でもご安心ください。こういう事態の為に天皇陛下がいらっしゃいます。陛下がいらっしゃる限りは日本は安全です。」


何故、ここで天皇陛下のお名前が出るのかは全く理解できないが男達は納得せざるを得なかった。


「陛下にご報告しなくてはな。くだんが出たと。」


鑑識にくだんを運ばせて、警察は牧場から去っていった。


老人は何かを悟ったようにパトカーを見送る。


「じぃさん!なんだありゃ?事情聴取もなんもねぇのか?陛下?じぃさん!なんが知ってんのが!?」


息子であるオーナーが問う。


「わしも詳しくは知らねぇが、くだんが出ると

陛下に報告しなくちゃならねぇらしい。東北大震災の時もくだんが出たと聞いた。嘘かほんとか知らねぇが。」


「なして陛下?」


「陛下しか動かせねぇ部隊があるらしい。」


「は?」


「あぐまで噂だ……陛下と古より契約したがいるらしいだ。」

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