第9話 反閉
バックヤードに中にプレハブがあり、入口のドアの上には「警備室」と書かれている。中は割と広く壁に鍵や懐中電灯が掛けられており、最新式のエアコン、空気清浄機も置かれている。最新式のモニターが8台あり、1台に画面が4分割されて店内の様子がわかる。また警備員の娯楽なのか、ラジオもきける持ち運びが出来そうなCDコンポもあるが型は少し古そうだ。入ってすぐ右にはドイソンという軽くて吸引力も強い最新式の掃除機も立て掛けてある。
「さすがはヤマモトデンキ。」と九頭龍は感心しているようだ。天は「これはなんじゃ?」と初めて見るかのように目を輝かせ、小山に機械の説明を受けている。
小山はサービス精神旺盛に「こちらはドイソンの最新式のds15 コードレスクリーナーでございます。」
「もう1つあるぞ。」と天が指さすのはキャスタータイプの掃除機だ。
「まだ修理してなかったのか!しかも警備室に置いたままだ。誰だ!対応したのは?!」
掃除機に張り紙がしてあり、対応した日付、故障とペンで丸をつけられ故障理由など書かれている。引き渡し予定は今日から3日後となっている。
佐野は怒った様子だ。温厚な禿げた中年男性のように見えたが四角いメガネをくいっと上げて
「お客様を待たせるな!この程度の故障、私が直してやる。迅速対応!安心!それがヤマモトデンキのモットーだ。」
キャスタータイプの掃除機をばらし始め、あっという間に修理した。さすがはヤマモトデンキの店長だ。仕事が早い。
「小山さん。明日にはお客様に連絡するように。お客様は掃除機がなくて困っておられるはずだ。今後、手が回らないなら私を呼ぶように。」
「も、申し訳ございません。明日、一番にご連絡致します。」
小山は頭を下げる。職人といった感じの佐山には上司としての威厳があった。
「ほう。なかなか良い
感心したように佐山を見ている。佐山のメガネの奥は見えないが、鋭い眼光であることは想像に容易い。
「当然のことにございます。このような事を許しては店は成り立ちません。お客様の暮らしを手助けするのは勿論、従業員の暮らしを守るのもまた私の責任でもあります。」
「うむ。よい心掛けじゃ。これからも精進致せ。」天は嬉しそうに呟いた。
「なんだコイツ、超上から目線じゃん!佐野さん、すいません!コイツが失礼なことを……!」
「いえいえ構いません。ありがとうございます。」佐野はニコリと笑ってお辞儀をした。
「お前も頭を下げるんだよ。」
「何をするのじゃ!わらわは神ぞ!わらわの頭を押さえつけるなど!無礼者!馬鹿者!痴れ者!」
九頭龍は天の頭を押さえて一緒にお辞儀をする。
「何が神だよ。頭、ハッピーセットか。」
と九頭龍が呟いた。天は不貞腐れた様に少し乱れた髪を整える。
「ふふっ。お2人は付き合っているんですか?」
小山がニコニコしながら問いかける。
『付き合ってない!おらぬ!』
と九頭龍と天が同時に叫ぶ。
「息ぴったりじゃないですか。ご結婚される際などはヤマモトデンキで家電をお求めください。天様、いや、奥様なら特別価格で御提供させて頂きますよ。」
「こ、これ!郁子!そなた、話を飛躍させるでない!」
奥様という響きがよいのかは分からないが、天は顔を真っ赤にして否定する。いたずらっぽい笑いの小山。
「それでどうするんだ?」と九頭龍が話に割って入る。
「け、結婚はまだ早い。し、知り合ったばかりじゃからの!わらわはおぬしを知っておったが。」
「ち、違ぇよ!結界を張るって言ってたろ?ん?知ってた?なんの話だ?」
「ま、紛らわしい!神社じゃ!な、何度も参拝しておろう。顔を覚えておったということじゃ。」
「あーね。しかしお前みたいな性格はあれだが美人がいたら気づくはずなんだがなぁ。」
確かに腰まで伸びた黒い髪に白いメッシュ、、切れ長の目、艶のある唇、黒い羽織りを肩にかけ、白い着物に牡丹があしらわれた女性が目立たないはずは無い。しかし九頭龍には見覚えがない。
「そなたが見えておらぬだけじゃ。美人か、悪くない。もっと褒め称え、そして崇め奉れ。ん?性格がなんじゃと!?」
「はいはい。夫婦喧嘩は家でやって下さい。思う存分、ラブラブして下さい。」
『夫婦じゃねぇ!ではない!』と九頭龍と天は同時に突っ込む。
「郁子め、楽しんでおる。」
天は不貞腐れ気味に腕を組み、顔をぷいっとさせる。どうやらご機嫌斜めのようだ。佐野は会話には参加することなく、設備の動作チェックに余念が無い。
「よし
「へんばい?なんだそれ?」
九頭龍がよく分からないと言った様子で尋ねた。佐野は何か知っているように話に加わる。
「反閉とは祭りでやる神事です。先程、天川さんがやった
「ほう。なかなか博識じゃ。話が早い。音楽もあればよいのじゃが。流石になかろう。」
「CDコンポならありますけど。何かCDは入っているのかな?」小山はCDコンポを調べ始めた。
「あ、ありました!けどこれは……。」
出てきたのはレイ・パーカー・ジュニアの「ゴーストバスターズ」1984年の映画ゴーストバスターズの主題歌である。警備員が持ち込んだのだろう。それだけ夜の警備は恐怖だったのか。小山はCDコンポのスイッチを押して音楽が再生される。
「これは……。」天は顎に手をやり考え込む。
「ダメですよね……?」気まずいような表情で小山は見つめる。場の空気が静まり返る。
「非常によい!異国の言葉で歌っておるが、おばけを怖がるな、電話しろという魔除けの曲じゃな。よい曲目じゃのう。」
「えっ!?いけるんですか!?」と小山が驚いている。
「歌の力を侮ってはならぬ。例え異国であったとしても皆、同じ人じゃ。肌の色や国などは関係ない。国に優劣などもない。皆、仲良くするべきなのじゃ。差別もしてはならんぞ?」
「はい!天様!」
小山がガッツポーズで答える。
「ただし、拍子はこの曲に合わせる。皆、わらわの後ろに並べ。わらわの所作を真似るのじゃ。」
「俺達もやるのかよ!?」と九頭龍は目を丸くする。
「当たり前じゃ。何を言うておる。1本の矢では折れるが3本揃えば折れぬ!毛利元就も言うておったじゃろう?よき名言ぞ。よいか?ゴーストバスターズ!の部分は皆で声を張るのじゃ。この部分には魔除けが込められておる。」
こんな壮大な名曲だったのか……。作詞作曲した者はこれを意図して作ったのか、偶然か……何にせよ、すごい曲だぜ。ゴーストバスターズ!などと感心する九頭龍。
腰に手をやり、独特のすり足で大地を踏みしめる天。皆もそれに習う。
「ゴーストバスターズ!!九頭龍!恥ずかしがるな!声が小さい!郁子!なかなかよいぞ!」
警備室の周りを列になってグルグルまわる。大音量で曲が流れる。約4分の曲が終わるまでこの動作は続く。
『ゴーストバスターズ!!!』全員が大声を上げる。一同、汗だくになりながら踊り、曲が終わると天を除く3人は地面にへたり混んで息を切らしていた。
「はぁはぁ、思ったよりもキッついな。」
「はぁはぁ。いい運動になりました!楽しい!」
「中年には堪える……はぁぁー。」
腕を組みながら呆れた目で見下ろす天。
「なんじゃ。もうへばったのか?しかし踊るのも見るとやるとでは違うであろう?踊りを生業としてる者はこれより厳しい修練を積んでおるぞ。まぁよい。少し休むが良い。」
警備室の隣にある自販機コーナーに小山が財布から小銭を取り出し入れる。ガコン、ガコンと音がして4本の缶コーヒーを両手に抱えて戻ってきた。
「皆さん、お疲れ様です!良かったら飲んで下さい。そこに喫煙所もありますからおタバコもどうぞ。」
九頭龍、天、佐野がタバコを吸いはじめる。天は缶コーヒーの開け方がわからないようで、九頭龍が貸してみろと缶の蓋を開けて手渡した。「ありがとう。」と素直に天は礼を言った。
喫煙所に紫煙が立ち上る。しばしの休憩である。小山は喫煙者ではないらしく皆から少し離れてしゃがんでいた。
「ふー。生き返るぜ。お前もタバコ吸うんだな?意外だった。」と九頭龍が天に尋ねる。
「まぁの。缶コーヒーはなかなか美味いのう。」初めて飲んだような口ぶりであった。
「結界は張れたのですか?天川さん」佐野が尋ねた。
「うむ。しかし、もって1時間、もし集中攻撃されたら30分しかもたぬ。それまでに決着はつけたい。」
「30分……。」
時刻は20時46分。佐野は皆に時間を伝える。もうそんなに時間が経っていたのだ。皆はしばしの休憩を満喫して準備に取り掛かる。
「よし皆の者、気合いをいれよ!これより決戦ぞ!」
『おう!』と3人は吠えた。皆の心は一致団結している。
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