第7話 奇襲

九頭龍は用を足して手洗い場に向かう。トイレは感応式で明かりがつくはずであるが、何故か反応したない。外の明滅する蛍光灯だけが頼りである。


「早く、天達と合流しないとな。」


トイレにいると独り言の1つも漏れてしまう。気合いも入れる意味も込めて手洗い場で顔を洗う。冷たい水が刺激になり、気分転換には今一番に最適なような気がする。


顔を上げたら鏡に女が映る。半分火傷で髪がなくもう半分は黒髪が垂れる。火傷が痛々しいが憎悪に満ち溢れた表情で九頭龍を睨む。


「び、びっくりした!急に出てくんな。しかもここは男子トイレだぞ?」


後ろを振り返るが、女の姿はない。前に向き直り鏡を見ると女が映っている。


「どういう原理なんだ。」


『原理なんてどうでもいいの。助かりたい?』女の唇は動いてはいないが頭に直接響く。


「助けてくれんのか?てか喋れるのか?」


『逆になんで幽霊はしゃべらないと思うのかしら。あなた、あの女の何?助手?』


「まぁ、そんなところだ。」


『なるほどね。まだ質問に答えてない。助かりたい?』


「別に。」九頭龍は無表情で答えた。


『あ?舐めた口聞いてんじゃねーぞ!!』

女の口調が荒くなる。


「どうせ条件つきだろ?」


『当たり前だろうが!あの女を裏切れ!出来るなら半殺しにしろ!私の腕を斬り落としやがって!あの女は殺す!必ず殺す!』

しかし先程、斬られた腕はある。くっつけたのだろうか。


「殺せないから俺に話持ち掛けてんだろ。」


『私は私の子供を探しているだけよ!お前ら霊能者は馬鹿の1つ覚えに成仏しろだの、祓えたまえ、清めたまえなんて言いやがるが、清まらねーし、清まってたまるか!ゴミ共が!神仏がアテにならねーから留まってんだろ!』


「ヒスんな。落ち着け。天なら探し出せるんじゃねーか?」


『信じれるか!信じれるのは自分だけ!この手を見ろ。この手は子供を再び抱きしめる為にどこまでも伸びる!たとえ那由多の彼方にいるとしても私が探す!お前とは執念が違う!』


「探すなら勝手に探せ。でも人を襲わなくても探せるだろ?」


『いいんだよ!何をしても!私の大事な目的の為なら!ここでは私がルール!この様がね!意味のわからん霊能者なんてお呼びじゃないの!余計なことをするやつには地獄を見せる。』


「モンスターペアレントの言い草だな。」


『話にならない!いちいち癇に障る!舐めた口を聞くお前には罰が必要。』


「罰?」


『お前、便器舐めろ。』


「いやに決まってんだろ。馬鹿なの?」


『お前は命を惜しまないようだから、まずはそのプライドをズタズタにしてやる。』


そう言うと女は九頭龍の腹にパンチする。九頭龍は「うっ!」と呻いて、膝をついた。


「体が動かない。」


『金縛りだよ。私への敬いが足りないの♡体で覚えようね♡』


「へなちょこパンチで笑っちまう。もう少し力込めろ。」


の表情が般若のようになり、今度は九頭龍の顔を殴りつけた。


『敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬え敬うんだよ!』


九頭龍の顔面を激しく殴打する。


『よーし!強制便器舐めの刑な!お前!』


体よ動け!と九頭龍は念じる。幽霊は九頭龍を引きずり洋式便器の前に投げる。勢い余ったのか激しく壁に叩きつけられた九頭龍。便器の蓋が勝手に開く。髪の毛を掴まれ強制的に引き起こされ足で頭を踏まれ、便器に顔を近づかされる。


『どう?悔しい?今どんな気持ち?ねぇ?今どんな気持ちぃぃぃぃ?』


便器が顔に押し付けられる寸前……


金縛りが解け、それに乗じて九頭龍は裏拳を繰り出すがはそれを躱し距離をとる。

九頭竜はペッっと血を吐いて

「なんで避ける?お前ら効かねぇはずだろ?」と睨みつける。


『私のを!なんだお前!?あの女といい、お前といい、クソが!』


と黒い水溜まりにゆっくりと沈んでいく。


『次、会った時が最後だ。お前も殺すことにする。』


「……。」


何故、金縛りが解けたのか?何故、避けたのか?九頭龍は考えた末に答えは出なかった。


「あー、痛っ。」


九頭龍はもう一度、顔を洗ってトイレを出た。

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