第6話 戦闘開始
応接室を出た一同は周囲を見渡す。先程までは明るかった廊下の蛍光灯はほとんど消え、ついている蛍光灯も明滅を繰り返している。つまり限りなく、暗闇だ。
「この店に残っている者はおらぬであろうな?」
天が佐野のほうを向き問いかける。佐野は禿げ上がった頭の汗をハンカチで拭きながら
「は、はい。従業員は全員帰宅させました。残っているのは私と小山、九頭龍さんと天川さんのみです。」
「ならばよい。すまぬが日本酒はないか?洋酒はダメじゃ。出来れば御神酒がよいが……。塩もあれば尚、よい。」
佐野はうーんと唸り考えていたが、小山が思いついたように口を開いた。
「あります!応接室の隣が給湯室です。確か給湯室に神棚があって……神棚に御神酒と塩が置いてあるはずです。」
応接室のすぐ左側にドアのない部屋があり給湯室とプレートが貼られている。
「なんに使うんだ?」と九頭龍が尋ねる。
「うむ。3階の警備室に向かって、そこから二手に別れたとしても警備室の佐野と小野も狙われる可能性が高いであろう。ならば警備室には結界を張る必要がある。」
「なるほどな。確かに俺も2人の安全は気になってた。」
九頭龍、佐野、小山も納得した様子だ。
4人で給湯室に入り、天が神棚に向かって一礼をして「失礼致す。」と御神酒を神棚から取る。そしては二拍手をして手を合わせる。3人も倣って手を合わせた。
「感謝せよ。今日まで守ってくれたのだ。誰も怪我をしなかったのは、この神のおかげぞ。」
「ありがとうございます。」
と佐野と小山が言う。天は無言で頷き「では参ろう。」と言った。小野が思い出したかのように給湯室の引き出しを開け「粗塩です。」と天に差し出した。「ありがとう。」と天はそれを受け取る。
狭い給湯室を小山を先頭に出ると小野が「痛っ!」と叫んだ。
小山の足元をみると小山の足首を白い右手がガッツリ掴んでいた。グンと引っ張られた小野は両手を上げた状態で倒れ、廊下の奥の闇に引きずり込まれる。
「きゃああああああ!」小山が悲鳴をあげる。
「やべぇ!」と言って九頭竜が小山の手を掴もうとするが間に合わない。「小山さん!」と佐野も手を掴もうとするが、これも間に合わず。
「チッ!下郎が!わらわの前で!させるか!」
天は鉄扇を広げて構える。鉄扇には白龍が描かれている。鉄扇を勢いよく投げつけた。
「弁天流 舞踊
鉄扇は草刈機の刃のように回転しながら、小野の足を掴んでいる長い白い腕の肘から先を切り落とした。回転した鉄扇は再び天の手元に舞い戻る。
ぎゃああああ!!と断末魔の悲鳴が全員の頭の中に響いた。白い腕は小山の足首を離してはいたがビクッビクッっと意志を持ったかのように、器用に指先を使い、素早く暗闇へと帰っていく。
その様はまるでゴキブリが素早く移動するようで嫌悪感が否めない。
しかし、今のうちにと言わんばかりに九頭龍が小山の両脇に手を通して天達のいるほうへと引きずり戻した。
「大丈夫か!?」と九頭龍が声をかけるが、しばらく小山は放心したのち
「ええ……。大丈夫です……。」と返事をした。
「いや、まだじゃ。諦めてはおらぬ。皆、下がれ。」
天が皆の前に出る。皆は数歩分、後ろに後退する。それと同時に無数の長い手が暗闇から飛び出してくる。今度は廊下を覆い尽くさんばかりの量である。
「くそっ!なんて数だ!数打ちゃ当たるってか!?」九頭龍は叫ぶ。
天は動じることもなく鉄扇をいつの間にか、榊に持ち替え舞い踊る。
「神楽
一、 あけの雲わけうらうらと 豊栄昇る
神のみかげと
二、
春秋飾る花見れば 神の恵みの尊しや
舞はゆっくりであるが無数に伸びた手は天を掴むことが出来ず弾かれていく。天は神々しく、優雅な舞を舞った。雅楽が聴こえるわけではないが聴こえてくるようだ。
ちっ!と舌打ちがした後、辺りは静寂を取り戻した。3人は拍手を送り、目を丸くさせていた。
「すごい!天様!」
「いやはや奇跡!なんという!素晴らしい!奴らめ、気圧されておった!」
しかし九頭龍は浮かない顔をしている。
「大丈夫か?天?」
フラリと天が倒れそうになる。それを九頭龍が抱き抱える。
「少し、休め。俺がおんぶしてやるから。」
天は少し顔を赤らめて
「す、すまぬ……。少し休めば大丈夫じゃ。奴らの気配も消えた。でもその言葉に甘えることにしよう。ありがとう、九頭龍。」
「礼をいうのは俺達だ。ありがとう。あ。でもちょっと待って。」
天を地べたに寝かせて九頭龍は立ち上がった。
「どうしました?九頭龍さん!」
「どうしたんです?九頭龍さん!」
「どうしたのじゃ?九頭龍?」
佐野も小山も天も九頭龍を見る。九頭龍は凄く気まずいような顔をして
「すまん!トイレ!漏れそう!」
「なんかめっちゃかっこいいと思ったのに……。」と小山。
「ま、真っ直ぐ行って突き当たりを右です。」と佐野に教えてもらう。
「今か!馬鹿者!早ういけ!」
と顔を真っ赤にしてプィッと拗ねた。
こうしてかっこいい男から、世界で三本の指に入るほどのかっこ悪い九頭龍はトイレに走っていった。
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