第4話 意志の力は次元を超える3

「どうぞ、お掛けください。」


中年のサラリーマン風の痩せた男にソファーに座るように勧められた。いかにもサラリーマン風の白いワイシャツに紺のネクタイ、雨風邪をしのいできたバーコードの頭皮、四角いメガネを掛け、眼光はよく見えない。

佐野は天と九頭龍に名刺を取り出し、差し出した。


「よくぞおいで下さいました。わたくし、ヤマモトデンキ京都四条河原町店の店長をしております。佐野文雄と申します。」


「あっ。これはどうも。」と九頭龍が頭を下げて両手で受け取る。


天は片手で受け取りソファーにドカッと脚を組んで座った。なんなんだこいつは?ビジネスマナーを知らないのか?と九頭龍は思ったが、諦めて失礼しますと腰掛けた。口を開いたのは天のほうからだった。


「で?どこでわらわの事を知った?」


佐野はハンカチで禿げ上がった頭を拭きながら


「オープンして1ヶ月経ちますが、私どもの店に幽霊が出るようになりまして。色々な寺院や神社にお祓いをお願いしたのですが、どこも手に負えないと断られまして。そんな追い詰められた状況でこのチラシがポストに入っておりまして。藁にもすがる思いでご連絡致しました限りでございます。」


そう言って1枚のチラシを机に置いた。


失礼と言って九頭龍がチラシを手に取り見てみると、B5サイズのチラシに海辺で黒のビキニの水着姿の天が二の腕で谷間を寄せて笑顔でポーズを決めている。大きなフォントで「霊でお悩みの方!お祓いします!」

そのチラシの太ももの部分に斜めの箇条書きで「スピード解決」「見積もり無料」「アフターケア万全」挙句には右下の端に神社の住所と電話番号までしるされてあった。


「なんだこれは……?」とチラシを持つ手が震える九頭龍。


「よく撮れているであろう?わらわの美貌が。でじたるかめらというやつじゃ。」


天は得意げに目を瞑りながらフフンと顎を上げた。


「なんという不遜、不敬、不躾……。」九頭龍は怒りに震える。


「由緒正しき弁財天様を祀る神社がこのようなチラシを作りおって!不敬だ!弁財天様に地面にこうべを垂れてつくばえ!謝罪せよ!」


「わらわが良いと申しておる。そう怒るな。」


「弁財天様を愚弄するものは俺が許さん。」


九頭龍の反応とは別に横にいた小山郁子は


「わぁ。天様、綺麗!グラビアアイドルみたいです!」と両手を組みキラキラした目でチラシを見ている。


対して佐野文雄は眼鏡をクイったとあげ

「非常にわかりやすく、お客様の心を掴みやすい。我々もこのような広告を作らねば。」

と本気で感心している様子だ。


ダメだ。大丈夫か?こいつら?頭がおかしいのか?それとも何?俺がおかしいのか?と目元に手を当て九頭龍は落胆する。


「単刀直入に聞こう。この建物で人が亡くなっておるな。」真面目な顔をして天は佐野に尋ねた。


佐野はハンカチで頭を拭きながら間違いありませんと答えた。

どうやらこの物件は訳ありで所謂、心理的瑕疵物件というやつである。

佐野から聞いた情報によると1年前はデパートで夫婦と、その子供の男の子、20代の女性1人、30代の男性、計5名が亡くなっているらしい。原因はレストランの厨房から火があがり火災事故である。

夫婦ははぐれた子供を探して、20代の女性は迷子になっていた子供の親を探して、30代男性は勇敢にも全員を助けようと火の中に飛び込んだ。なんとも悲しい事故である。


「なるほどな。話の大筋は大体わかった。まずはその霊達とわらわが話をしてみよう。」


九頭龍は少し疑問に思ったことを口に出した。


「亡くなったのは5人だろ?なんで50体以上もいるんだ?」


「非常によい質問じゃ。悪霊になってしまった霊達は周りの霊達も呼び寄せる。基本的に事故や殺されて死んだもの達がおる場合、その土地は穢れてしまう。所謂、忌み地だ。その場所の成仏出来ぬ霊たちの強い力に惹き付けられ、悪いものから害のないものまで集められてしまうのじゃ。」


「コンビニあったらとりあえず入ろうみたいな?」小山郁子が天に尋ねた。


「まぁ近いかもしれんな。それと……おそらくはこの店を出すときに地鎮祭はしておらんじゃろ。神社や寺院がなぜ存在するか?分かっておらぬな。それは必要だからじゃ。今後はするように。でないと……」


図星を突かれたのか佐野が身震いをした。


瞬間、天の座っていたソファーから突然、細く長い手が飛び出してきた。ソファーは空中にまい地面に叩きつけられた。天に手が当たったかのように思われたが、天は空中でくるりと軽やかに回転し地面に着地した。


九頭龍は突然の奇襲に倒れたが、直ぐに立ち上がって臨戦体制をとった。


「やれやれ……この世に干渉できるほどの霊か……これは少し……厄介じゃのう。」


そう天は呟くも不敵な笑みであった。

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