第2話 意志の力は次元を超える1
「おい。起きぬか。」
透き通るような声で呼ばれる。誰だ?
日も暮れ始めた夕暮れ時、京都四条河原町はまだ人で賑わっている。横断歩道の音と人の雑踏音が入り交じっている。
路肩にタクシーがハザードをつけて停車している。タクシーのドアが開いた先には、天川天が立っていた。
「俺は……気絶していたのか?」
九頭龍の意識は混濁していて状況が飲み込めていないようだ。黒い羽織りを纏い、丈の短い白い花柄があしらわれた着物をきた女性が立っている。腰まであろう美しい黒い髪とつり上がった切れ長の目、絶世の美女である。
「兄さん、起きたか。急に倒れるから心配したで!でも、そこのべっぴんのお姉さんが心配ない、すぐ目覚めるからって。なんや、スケベなこと考えると気絶する体質やからって。」
恰幅のよい、チラホラと白髪があるオールバックのタクシーのおじさんが茶化すように言った。
言われのない風評被害に九頭龍は頭にきつつも、精一杯、状況を整理する。
タクシーの中で天川天に指でデコを突かれた瞬間、意識を失ったまでは覚えている。松果体とか言ってたな。
松果体については話を聞いたことがある。
まだ脳にある松ぼっくりに似た部分であり、医学でも未だ解明されていないとか。
第3の目とも呼ばれているらしい。深海魚など目が不自由な魚はこの松果体が発達しているおかげで海を泳ぐことが出来るとか、出来ないとか。
「源さんよぉ。そりゃ風評被害だ。俺は疲れて眠っちまっただけだ。誰がこんな女に欲情して気絶なんかするかい。」
悔しいのか九頭龍は不機嫌に答えた。腕組みをして待っている天は笑いながら九頭龍に向かって手を差し伸べる。
「それだけ大口を叩ければ問題ないな。」
パシッとその手を振り払った九頭龍。
「チッ!俺はな、神主様に言われて来たんだ。神社のお役に立つ為にな。勘違いするな。次、変な真似しやがったら女でも容赦しねぇぞ。」
舌打ちをして九頭龍がタクシーから降りる。天は気にした様子もなく口角をあげる。
「車ん中ではあんなラブラブだったのになぁ。急に険悪になりよってからに。最近の若いカップル、おっちゃん分からへんわ。仲良うしいや。」
うるせぇ!黙ってろ。と九頭龍はツッコミたかったが、これ以上のやりとりは不毛と考えた九頭龍はため息をひとつして黙った。
「ほな、おっちゃんいくでぇー!気いつけやー。」
「鉄の馬は助かった。ありがとう。源さん、また後で迎えに来てくれ。」と天が礼を言うとタクシーは夜の京都の街に消えていった。
「馬じゃねぇよ。自動車だ。」
九頭龍のツッコミは軽くスルーされて天が口を開く。
「今から依頼者と会う。気を引き締めよ。そなたにとっては初めての実戦になるやもしれぬ。」
「ふん。やはりただの地鎮祭とは違うようだな。俺は何をすればいい?」
「ついてきて話を聞けばわかる。」
天と夜の四条河原街を歩く。歩いて三分のところの「ヤマモトデンキ」で足を止めた。全国でも有名な家電量販店である。中に入ると事務服を着た女性出迎えられた。
「天川天様ですね?佐野が応接室で待っております。」
店の中はこれでもかと言わんばかりに家電製品が展示されている。電気屋にくるとテンションが上がる。九頭龍も例外ではない。しかし天川天のはしゃぎ様は予測の斜め上を行く。
「見よ!九頭龍!箱の中に人が入っておる!」
「ばか!恥ずかしい!お前はテレビを知らんのか?」
「これはなんじゃ?掃除機というやつか?おおっ!あっちには冷たい箱もあるのう!」
子供のように目を輝かせる天川天に呆れはしたが、何か過去に辛いことがあり、家電製品に関する全ての知識が抜け落ちる……そんなこともあるだろうと目頭を抑える。粗暴だが、九頭龍にはそういう気遣いの出来る男であった。
事務服を来た女性が気を使い九頭龍に話かける。
「何かお探しの商品などございますか?」
九頭龍は慌てて否定する。
「いえいえ。お気遣いには及びません。あの女は過去に辛いことがあり、家電製品における全ての記憶を失ってしまったのです。ああ、可哀想な天!でも良かったな!夢が叶って!今日は!お前の好きな家電量販店だ!」
バレそうな猿芝居ではあったが、店員はそうでしたか、と涙ぐみハンカチを口元に当てる。
「ほら。後でゆっくり見ような。」と優しく微笑む九頭龍。
「すまぬ。わらわとしたことが珍しくて取り乱したわ。」
事務服の女性は涙ぐみ嗚咽を漏らす。
「どうぞ好きなだけご覧になって下さいませ。お客様。」
うん。なんだ。次、家電製品を買うならここにしよう。そう心に決めた九頭龍であった。
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