天地清浄の弁財天

九頭竜

第1話 出会い

とある京都の神社に男は参拝に来ていた。

いつものように二礼四拍手二礼をする。通常であるならば二礼二拍手一礼だが、弁財天様は違う。これが参拝法なのだ。


その男の祈りの先の本殿に半透明の女性が歌膝をしながら座っている。格好と言えば一言でいうなら天女、もしくは朝服に身を包んだ女性。しかし歌膝をしているせいか、太ももが大胆にはだけ艶めかしい足が見える。長い美しい黒髪に髪飾り、つり上がった瞳に長いまつ毛、綺麗な唇、絶世の美女である。


それだけの美女であるならば男も気づいてもよさそうなのだが、男はまるで気づいていないようだ。それどころか人だかりが出来そうな美女がいるのに参拝客の誰一人として気がついてはいない。女性の隣に正座している神主をのぞいて。


女性の見つめる先は本殿の外にいる男に向けられていた。

隣に座っていた神主が「どうかなさいましたか?弁財天様?」と問いかける。


「あの者がよい。」


弁財天様と呼ばれた女性が少し考えた素振りを見せたあと男性を指さして答えた。


「しかし、あれは普通の男性のようですが……霊力もほとんど感じません。」


「よい。あれでよい。天川。あの者に決めたぞ。支度をせよ。」


「御意。」


神主は正座したまま頭を下げ足早に本殿を去っていった。

1人残った女性は煙管を吸い煙をふぅっとはきだし呟いた。


「さて……お主はわらわにどんな奇跡を見せてくれるかのう。」


祈りを終えた男は神社を後にしようとするが、神主に呼び止められた。


「お待ちください。少しお話よろしいでしょうか?」


神主は上から下まで男を見た。ウルフカットの黒髪、Vネックの黒のTシャツ、黒のズボン、どちらかと言えば男の風貌は美男子のようにも見えるし、パッとしないようにも見える。


男は慌てた様子で神主に尋ねる。


「あ、あの……何か無作法なことをしましたでしょうか?」


短髪で目が細く、少し細身の神主は両手で違いますと言わんばかりの仕草をとった。


「いえいえ!そういうわけではございません!恥ずかしながらこの神社は人手が足りませんでして、あなたにお手伝い頂けないかと……。」


「えっ?俺がですが!?俺は神社の仕事などはしたことありませんよ。」


「ええ、構いませんよ。詳しくは社務所でお話致します。」


社務所の和室に通された男は神主と向かいあう。


「改めまして、神主の天川一(はじめ)と申します。早速ですが、あなた様には私の娘の地鎮祭の手伝いをしてもらいたいのです。」


「地鎮祭……ですか?こんな時間に……。」


流石に神社に関する知識が一般人並とは言え、いまの時間帯は16時34分。通常、地鎮祭といえば午前11時から13時までにやるのが望ましい。

しかし、雨天でも決行する。この時間帯からの地鎮祭は男も訝しんだ。


「まぁ、訝しむのも無理はありません。ご存知の通り参拝の方々の多さに対して神社で働く者の人手は足りません。しかしながら、弁財天様の御加護を頂きたいと言われる方は後を絶たないのが現状であります。」


「確かに……流石は弁財天様です。」


男は納得といった感じだった。神主は続ける。


「あなた様はご熱心に参拝しておられますし、信頼にたる人物とお見受けいたしましたので。」


「いえいえ。俺などに務まりますでしょうか?少し不安です。」


「その点につきましては、大丈夫です。ほとんどは娘がやりますので。あなたには簡単な手伝いをお願いします。もうすぐ娘が来ますので詳細は娘からお聞きください。」


「畏まりました。俺に出来ることでしたらお手伝いさせて頂きます。」


廊下から誰か入ってくる音がする。勢いよく障子が開かれた。


「わらわの名は天川天(てん)!神主から話は聞いたな?ゆくぞ!ついてまいれ!」


勢いよく障子が開かれた先には長い黒髪に白いメッシュの入っている髪型で、目はつり上がった美しい女性が立っていた。絶世の美女である。しかし格好は髪型は今風の女性ではあるが黒い羽織りを肩にかけ、白い丈の短い着物に牡丹の刺繍があしらわれた派手な着物に身を包んでいる。


スタイルがとても良いのか足も長い。着物から見える谷間や足に目のやり場に困ってしまう。


しかし挨拶もしないわけにはいかないので男は名乗ろうとする


「ああ、俺は……」


「おぬしは九頭龍だ。今日より九頭龍と名乗るがよい。」


「えっ?」


困惑する男の手をとり、強引に外に連れだそうとする。


「ちょっと待ってくれ。」


「待たぬ。馬の準備は出来ておるな?あの鉄の馬だ。」


「はい。呼んでおりますよ。」と神主が笑顔で答えた。


「鉄の馬??なんだそれ?」


九頭龍と呼ばれた男は未だ困惑している様子だった。


「知らぬのか?たくしーと呼ばれておるものじゃ。つべこべ言わずに来るのじゃ。」


強引に連れ出され、鳥居を潜り階段を駆け下りる。


「タクシーかよ!知ってるよ!」


待たせてあったタクシーに駆け乗る形で乗り込む。どうやら個人タクシーのようである。後部座席に乗り込むとドアが閉まる。


「源さん、神主から場所は聞いておるな?向かってくれ。」


「あいよ。四条河原のあの場所やな。聞いとるで。」


そう答える男性は恰幅の良い白髪混じりのおじさんで運転席の後ろに【四方源治】とプレートがあった。車が静かに発車する。


流れいく京都の山道の景色を見ながら、四方と言えば出身は綾部かぁ?などと九頭龍は呑気に構えてはいたが、天川天と手を握りっぱなしだったことを思い出した。


「手、さっきから握りっぱなしだぞ?」


九頭龍は天川天に問いかける。


「繋いでおればよい。人類みな手を繋げばよいのじゃ。」


窓の景色を見ていた天が振り返り、ニッコリと笑顔で微笑む。天川天は無愛想で性格がキツいと思っていた九頭龍は面食らった。


「俺はいいけど、誤解されるぞ?」


「誤解?何がじゃ?」


図式で言うと恋人同士がタクシーの後部座席で手を繋ぎ、これから京都の街でデートという感じになっている。それならばよいが、これから行くのは地鎮祭だ。いや、それすら本当か分からない。


「おっと。わらわとしたことが失念しておった。」


「なんだよ?」


天は九頭龍に覆いかぶさる形をとり、またがった。バックミラーから見れば女が大胆にキスをしているような体制に見られるであろう。


「おい!き、急になんだ!」


運転手の視線が気になるところではあるが、それどころではない。なにせ女性が自分にまたがっているからだ。それも絶世の美女が。零れおちるサラサラの綺麗な髪からこれまで嗅いだことのない、香水とかシャンプーとかでは無い良い香りがする。


「お、落ち着け!源さんも見てる!」


初めてあったタクシーの運転手を愛称で呼んでしまうくらいには九頭龍は狼狽していた。女性経験がないわけではないが、流石にこれは狼狽えてしまうには十分な理由だった。


「私のことは気にせぇへんでいいで?」


気にするわ!エロじじい!と心の中で呟いた九頭龍であったが、頬に手を添えられまさにキスされようとする距離に九頭龍は身動きが取れなかった。


次の瞬間、天が人差し指で九頭龍の眉間より上を突いた。バリッと電気が走ったような感覚に陥る。


「何しやがる!」九頭龍が吠えた。


「おぬしの松果体を刺激する。第三の目というやつじゃ。目が覚めた頃には別の世界が待っておろう。」


「何を言って……。」


意識が朦朧としてくる……。視界が暗くなり目を開けているのが困難になってきている。意識を手放す瞬間に天は少し笑ってこう告げた。


「気を引き締めよ。これより逢魔が時ぞ。」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る