第23話 出会い 上

「さあ、ここへ座れ!」


 マクシムは自分たちのテーブルへやって来た二人を歓迎する。そして、ユリウスとビアンカの席が隣同士になるよう、自分はひとつ右の席へ移動した。――――このタイミングで、先にいた二人がスッと立ち上がる。


「初めまして、コントラーナ辺境伯夫人。僕はサルバントーレ王国の王子フォンデです」


「――――わたくしはネーゼ王国の王女コルネリアですわ。ご結婚おめでとうございます」


 ビアンカがチラリとマクシムの様子を窺うと、いつの間にか彼も立ち上がっていた。全員は立った状態で、挨拶を交わし始める。


「――――――――彼女が妻のビアンカです」とユリウス。


「ビアンカと申します。この度は私たちの結婚式にご参列下さり、ありがとうございました。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」


 挨拶をする場面でビアンカの紹介だけをしたユリウスの代わりに、彼女は彼らへお礼を丁寧に述べた。


(ユリウス、他国の王族に塩対応?このメンバーの関係性が良く分からない。――――取り敢えず慎重な対応をした方がいいだろう)


 ビアンカは隣に立つユリウスをじっと見詰めた。しかし、彼は彼女の方を見ようとはしない。


(いやいや絶対、私の視線に気付いているくせに!!無視するのか!?)


「では、着席しようか。皆で茶を楽しもう」


 マクシムの声掛けを受け、一同は着席した。


「この二人に聞きたいことがあるのだろう。遠慮なく聞いていいぞ」


 軽いノリで口を開いたのはマクシムだった。彼はフォンデとコルネリアへ視線を向けている。


(――――砕けた話し方だ。マクシムはこの二人と親しいのか?)


 ビアンカは驚いた。マクシムは王太子という立場に誇りを持っており、人前では完璧な王太子を演じている。そんな彼が砕けた態度を取るということは、ここに居るメンバーは信用出来ると考えていいだろう。


(しかし、まだ確実ではない。しっかりと観察しておこう)


「うん、聞きたいことがある!」


 フォンデは向かい側に座っているビアンカの方へ身を乗り出して、彼女の瞳を真っ直ぐ見詰めてくる。


(ん?何だ!?この王子は・・・)


「ご夫人の瞳が・・・」


「その質問は却下します」


 淡々とした口調で、ユリウスはフォンデの声を遮った。


「え~、ダメ!?ダメなの?ユール?」


(ユ、ユール!?隣国の王子がユリウスのことをユールと呼んだ・・・。――――これ、愛称呼びしたってことだよな?二人は知り合いなのか?)


「ダメです」


「そっか、残念・・・」


 フォンデは無表情のユリウスから厳しい言葉を浴びせられ、シュンとしてしまう。


(王子、飼い主に怒られた犬みたいだ・・・)


「では、わたくしがご質問をしても?」


「はい、どうぞ」


 コルネリアの問い掛けにはビアンカが答えた。ユリウスに任せていたら、どこまでも場の空気を悪くしてしまいそうだという危機感が湧いて来たからだ。


「お二人の出会いをお聞きしたいですわ!」


 キラキラと目を輝かせて、コルネリアが質問する。――――ビアンカはいきなり困ってしまった。


(ああああ~、もっと簡単な質問をしてくれたらいいのに・・・。――――出会いを語れと言われても・・・、私とユリウスは昨日、初めて会ったのだぞ!強いて言うなら、そのきっかけを作ったのはマクシムだ。一昨日、彼からリシュナ領への配置換えを言い渡されたから、私はユリウスと出会った。――――しかし、それは特別任務という話が絡んで来るから、ここでは話せないし・・・)


(――――どうしようか?仕方ないここは捏造でも・・・)


 ビアンカは右にいるユリウスの袖を引く。こういう役回りは冷静沈着そうなユリウスに任せた方が賢明だろう。


(今度は無視しないでくれ・・・)


「どうかしましたか?」


 ビアンカの方へ振り返るユリウス。無視されず、ホッとした彼女は彼の耳元へ用件を囁く。


「出会いの話、ユリウス・・・、作って・・・」


 ユリウスはビアンカの言いたいことを直ぐに理解した。軽く目じりを緩め、彼女に了解の意を伝えるとコルネリアの方へ視線を向ける。


「ビアンカが恥ずかしがっているので、出会いの話は私がしましょう」


(恥ずかしがっているだと!?――――何を勝手に・・・)


「ええ、是非、お聞きしたいですわ!」


 コルネリアの声は弾んでいた。彼女は恋バナを聞くのを楽しみにしているようだ。―――ユリウスはビアンカへ優しく微笑み掛けてから、皆の方へ向き直る。そして、今までの冷ややかな態度とは打って変わって、柔らかな語り口調で二人の出会いについて話し始めた。


――――――――


――――遡ること、七年前。


 ユリウスの元に一通の招待状が宙から舞い降りた。――――あろうことか、それは遥か昔に滅びたとされる魔塔からの招待状で・・・。中身を確認すると『貴殿を魔塔へご招待する。指定した日時にこちらが指定した場所へ一人で向かい、魔塔からの使者を待て』という内容が記されていた。


――――彼はまだ十歳の少年だ。一人で外出するには親の許可が必要とされる年齢である。しかも、ユリウスは王位継承権を持つ尊い身。そんな彼が護衛も付けずに一人で外出することなど不可能と言っていいだろう。


 それを重々分かっていたにもかかわらず、彼は魔塔からの手紙という誘惑に勝てなかった。――――結果、ユリウスは誰にもこのことを告げず、一人で指定された場所へ向かうことを決意する。


 予め、市井で目立たないようなマント、鞄、靴を準備。そして、当日は早めに就寝すると侍女たちを部屋から追い出し、ベッドへ細工も施した。これで、明日の朝まで不在を勘づかれることはないだろう。


 指定された村までは私室から転移魔法で移動。この魔法は最近、友人から見せてもらった王宮魔法師団の教本を読んで習得したばかりだった。


――――辿り着いたのはチミテロという小さな村。ここはツィアベール公国との国境地帯。友好国と言いつつ度々、小競り合いを起こす地域である。


 時刻は七時を少し過ぎたところだった。小さいながらも村の繁華街には人出があり、飲食店からは楽しそうな笑い声が聞こえて来る。


 ユリウスは明らかに子供なので、街をパトロールしている大人に出会わないよう細心の注意を払う。


――――魔塔の使者はこの町の聖堂の裏で待っていると招待状には記されていた。聖堂の場所が分からないユリウスは、街角にいた女性に聖堂への道を尋ねる。


「お姉さん、聖堂の場所を教えて下さい」


「ん?君はもしかして、他の街から来たのか?この町の者なら聖堂の場所を知らないはずがない。――――もしかして、迷子!?――――ああ、絶対、迷子だ!迷子に違いない!!」


 女性はユリウスのことを迷子だと勘違いした。ユリウスは聖堂に連れて行ってもらえれば他のことはどうでも良いと考えていたので、彼女の勘違いに口を挟まない。


「もう夜になる。早くご家族を見つけないとマズイだろう・・・。ここはそんなに治安が良くないから」


 女性は心配そうにユリウスの手を握る。彼は突然、知らない女性から手を握られて動揺した。彼の生活している環境下で勝手に我が身へ触れてくる者など、これまで一人も居なかったからだ。


「よし!私が連れて行ってやる。お~い!ルイーズ!!少し抜ける。迷子を親へ届けて来る」


 彼女は少し離れたところへ立っている軍人へ手を振った。


「分かった!!」


 ルイーズという軍人は二つ返事で了承する。


「では、聖堂へ行こう。私の名はビアンカ。国軍の見習い兵士だ。怪しい者では無い」


 ビアンカは胸元から身分証明のタグを引き出して、ユリウスへ見せた。軍服ではなく、普通の服を着ていたから声を掛けたのに、まさか国軍の見習い兵士だったとは・・・。――――失敗したとユリウスは思った。


「僕はネロと言います。お姉さん、よろしくお願いします」


 偽名を告げ、フードをしっかりと被り直す。ユリウスは人目を惹きやすい銀髪とグレーの瞳をしっかり隠した。――――しかし、ビアンカと名乗った女性は目の前の少年自体には全く関心がない様子で・・・。


――――彼女はユリウスの手を引いて歩き始めた。


「ネロ、この町に来たのは初めて?」


「はい」


 ビアンカは突然立ち止まり、ユリウスの耳元へこっそりと囁く。


「あまり大きな声では言えないのだが、この村付近で近々戦いが起こるという情報を得ている。ネロ、ご家族と会えたら、早くここから立ち去った方がいい」


「――――分かりました」


 ユリウスは素直に頷いた。――――再び、ビアンカはユリウスの手を引いて歩き始める。


 聖堂へ向かう道沿いには大きな運河があった。この運河は大陸一の港を持つツィアベール公国と繋がっており、我が国の国際輸送を担う要となっている。


 その運河の横を歩いている途中で、ビアンカは殺気を感じ取った。――――咄嗟にユリウスを自分の後ろへ引き込む。


「屈め!」


「!!!」


 急に後ろへ引っ張られたユリウスはビアンカが叫んだ言葉通り、その場で身を屈めた。

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