第22話 ポリナン公国の公子夫妻

「そうなの?特別に注文した大斧ではないの?」


「ええ、特注品でしか力を出せない戦士など、戦場では役に立ちませんから」


「なるほど!」


 ビアンカの隣の座っているポリナン公国の公子夫人は目を輝かせる。彼女はビアンカを質問攻めにし、その返事を聞く度に感激している。


(公子夫人、初対面の相手に対して質問攻め。これはマナー違反じゃないのか?国防に関すること以外は答えているが・・・。もしや、――――この場合、バカ正直に答えるのではなく、笑顔で受け流した方が良かったのだろうか!?ただ、今のところユリウスは他人のような顔をしてお茶を飲んでいるし、公子も穏やかに微笑んでいるから、特に問題は無いはず??――――後でユリウスに怒られたらどうしよう。急に不安になって来た。――――この二人、本当にポリナン公国のイメージと全く違っていて対応に困る・・・)


 これまでのビアンカが持っていたポリナン公国のイメージと言えば、野心的・卑怯者・策士など悪いものばかり。だからこそ、気を抜いて対峙してはいけない相手だと考えていた。しかし、同じテーブルにいるこの二人からはそういう黒い部分が微塵も感じられない。それどころか場の空気を読まず、お喋りに歯止めが聞かない公子夫人と、それを止めようともしない公子・・・。――――もしかして、お二人はおバカなのか?と不敬なことを考えてしまったのも事実だ。


(これが偽りの姿だとしたら、かなりの曲者・・・)


 ここで一旦落ち着こうと、ビアンカはテーブルに用意されたブルーベリータルトを皿に取り、ナイフとフォークで一口分の大きさに切って、口の中へ放り込んだ。


「うっま!」


(マズイ!!この場にふさわしくない発言をしてしまった!!ジューシーで甘いブルーベリーに感動して、つい・・・)


 慌てて口を押えたものの、テーブルを囲んでいる三人はしっかり彼女の口走った言葉を聞いていた。


「そのタルト、そんなに美味しいのですか?」と公子が問う。


 ビアンカは口を手で覆ったまま頷いた。公子はブルーベリータルトへ興味が湧いたようで、それを手に取るや否やパクっと噛り付く。


(手づかみ!?)


「!!」


 彼は一口タルトを齧ると、とてもいい表情を見せた。――――彼に続いて公子夫人とユリウスもブルーベリータルトへ手を伸ばす。


 結局、四人で頷き合いながらタルトを味わった。


(こういう感じ・・・、これでいいんだ!国なんて関係なく、みんなで美味しいものを食べて、共感して、笑顔になるという幸せ!――――最高だ!!)


 ビアンカは小さな幸せと、つかの間の平和を噛みしめる。いつもこうがいい、不毛な戦闘など一日も早く無くなってしまえと切に願いながら・・・。

――――


「公子夫人、この度は私たちの結婚式にご参列下さりありがとうございました。本日は一緒にお茶を楽しむことが出来て、とても嬉しかったです」


「何をおっしゃるのです、ビアンカ様!!!結婚式のお祝いに掛けるつけるのは当たり前です!私たちは友好国なのですから。それにわたくしはビアンカ様の大ファンなので・・・(ゴニョゴニョ)」


 公子夫人はモジモジしながら、公子の方を見る。


「ええ、妻は辺境伯夫人のことが大好きなのです」


「――――そうなのですか!」


(それで質問攻めをして来たのか!?理由が単純すぎて拍子抜けした・・・。もしや、ユリウスはそれを知っていた?やけに穏やかだとは思ったが)


「ええ、ビアンカ様がツィアベール王国のピート侵攻で出陣された頃からファンでした。昨年は我が国の将軍をボコボコにして下さりありがとうございました。わたくし、あの時は嬉しくて、嬉しくて・・・」


(え、貴国の将軍なのにボコボコにされて嬉しいとは一体、どういうことだ?)


 ビアンカは相手が公子夫妻ということを一瞬忘れ、眉間に皺を寄せた。それに気付いた公子が口を開く。


「それは私がご説明いたしましょう。お恥ずかしながら、昨年まで我が国は軍が国を掌握しており・・・」


「待って!!待って下さい!それはここで話さない方が・・・」


 ビアンカは公子の話を遮った後、チラリとユリウスを見た。彼は我関せずといった感じでティーカップを口へ運んでいる。とても優雅な所作だった。


(もう!!ユリウス!こんな状態なのに知らないフリをするつもりか!?絶対、聞いていたクセに~!!)


「辺境伯夫人、ご心配ありがとうございます。しかし、王族同志で集まると皆さん意外と何も気にされていないようで、自国内でマル秘とされている話も普通に交わしていますから。それで先ほどの話の続きですが、我が国は最近まで政治の中心を軍部に握られていたのです。そのため近年、他国へご迷惑ばかりお掛けしてしまい大変申し訳なく思っておりました」


(な、なんと答えたらいいのかが分からない。その通りですねと素直に言っていいのか!?)


「――――どのように対処すべきか困っていたところ、辺境伯夫人が将軍を倒して下さり、軍部にダメージを与えることが出来ました。おかげさまで国内の権力構造も本来の姿に戻りつつあります。――――ビアンカ様、大公の名代として厚く御礼申し上げます」


「そ、それは・・・、どういたしまして?」


 ビアンカは微妙の面持ちになる。


(――――これ以上、政治絡みの話へ巻き込むのは勘弁して欲しい。私は一軍人であり、政治家ではない。だから、こういう場合も何と返事をすればいいのかも分かない)


「公子、妻(ビアンカ)は戦場で自分勝手に行動しているわけではありません。あちらにいる元帥(マクシム)の指示に従っただけです」


「おおっと、これは失礼いたしました。大変申し訳ございません」


「いえ、お気になさらず」


 沈黙を貫いていたユリウスはこのタイミングで公子の行き過ぎた賞賛に釘を刺しておいた。あくまでビアンカは国軍の一人であると言うことを強調しておく。


(ユリウスは私の心の中を覗いているのか?だが、公子を止めてくれて助かった。危うく、私が軍を率いてポリナン公国を救ったという美談にされてしまうところだった。褒めてくれるのは嬉しいが調子にのせられたら大変なことになるということか。やはり、この二人は要注意だな)


 ビアンカの危険人物メモにポリナン公国の公子夫妻が再び記録された。


(しかし、王族の付き合いとは独特なものなのだな。早く慣れないと失言一つしただけで、取り返しがつかなくなりそうだ)


――――ユリウスはこの状況を静かに見守っていたが、風向きがおかしくなって来たので口を挟んだ。ビアンカを持ち上げて政治に利用されたら困るからである。それに例え、軍部が強かろうとポリナン公国の責任者は大公だ。息子夫婦がビアンカに対して、自国の将軍を倒してくれてありがとうと言って喜ぶのは常識的に考えておかしい。


 さも自分たちが被害者であるような口ぶりは、戦いで被害を受けた自国民に対して非常に不誠実で失礼だ。この甘い考えの二人が将来、国を統治すると考えただけで恐ろしくなる。これ以上、此処に居ても時間の無駄だと判断したユリウスは、隣に座っているビアンカへ話しかけた。


「ビアンカ、そろそろ、あちらのテーブルへ行きましょう」


「分かりました。では、公子ご夫妻、楽しい時間をありがとうございました。失礼いたします」


「いいえ、こちらこそ、楽しかったわ。ありがとうございました」


 公子夫人と公子は笑みを浮かべて二人を見送る。ユリウスとビアンカは軽く会釈をすると隣のテーブルへ移動した。




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