第24話 出会い 下
ユリウスが屈んでいると間近から激しく金属がぶつかり合う音が聞こえ始める。顔を上げたい。でも、上げることが出来なかった。――――ビアンカから屈めと言われたことが頭を過ぎったからだ。
状況は何一つ分からないが、今は辺りが静かになるまで待つしかないだろう。――――ユリウスの脳裏には帝王学の教師が何度も口にした言葉が浮かぶ。
『護衛される者は護衛の指示に従うこと。――――あなたが勝手な行動をすれば、その場にいる全員の命が揺らぐ。彼らはあなたを守るために命を掛けているのだから』
しかしながら今、ユリウスの護衛はこの場に居ない。それはユリウスが密かに転移魔法を使って、チミテロ村へ来たからだ。直ぐに彼が私室に居ないと護衛達が気付いたとしても、ここまで追跡するにはかなり時間を要するだろう。
その護衛達の代わりに自分を守ってくれているのは先ほど出会ったばかりの戦士見習いビアンカだ。彼女はユリウスの正体も知らないのに、彼を守ろうとしてくれている。ユリウスは急に自分の行動が愚かなものに思えて来た。
『私は魔塔の招待状というものに浮かれていたのではないか?』
ビアンカは平服姿で武器も所持していなかった。恐らく、何かの見張り役をしていたのだろう。なのに、ユリウスが現れたせいで、彼女は襲撃を受ける羽目になった。今となってはこの招待状が本物かどうかも怪しい。そう、これは罠だったのかも知れない。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
ユリウスは屈んで目を瞑ったまま、ビアンカへ問い掛けた。辺りに多くの気配を感じ、恐怖心が募る。
「――――大丈夫だ。そのまま、動くなよ!!」
「はい」
大きな音や振動を感じつつ、ユリウスは言いつけを守った。どのくらい時間が経ったのだろうか?――――ユリウスは緊張し過ぎて、時間の感覚を完全に失っていた。
「ネロ、もう大丈夫だ。顔を上げていいぞ」
両肩を優しく掴まれ、温かさを感じた。ユリウスはゆっくりと顔を上げる。
「!?お姉さん!!」
ユリウスはゾッとした。ビアンカが返り血を浴びて、悲惨な状態になっていたからだ。また、辺りを見回せば、彼女が倒したであろう屍の山・・・。
「――――ビアンカ!!大丈夫か!!」
ユリウスがあまりの惨状に絶句していると、少し離れたところから彼女を呼ぶ声が聞こえた。――――声の方を見ると、軍服を着た集団がこちらへ走って来ている。
「ああ、何とか仕留めた。後処理を頼む。私はこの子を親に届けに・・・」
そこまで言ったところで、ビアンカの身体はゆっくりと前のめりになり、そのまま地面へと倒れ込んで行く。ユリウスは慌てて彼女の身体に手を伸ばした。
「!!!!」
ユリウスの手にヌルっとした感触が・・・。
「お姉さん!?ビアンカさん!!」
不意に大粒の涙が溢れ出す。ユリウスは血塗れで倒れているビアンカへ縋りついた。彼女の元へやって来た軍人たちは速やかにビアンカの脈を取り、血が何処から流れているのかを確認する。
「坊や。ビアンカは怪我で動けないから、あたしがあんたを親御さんのところへ送ってやるよ」
顔を上げるとルイーズがいた。彼女は涙を溢しているユリウスへ優しく話し掛ける。――――軍人たちはビアンカに縋って泣くユリウスを無理に引き剥がそうとはしなかった。
「――――はい。だけど・・・」
彼らの優しさに触れ、ユリウスは落ち着きを取り戻していく。改めて彼女の状況を確認すると胸元から夥しい量の血液が流れ出ていた。
己がケガをしているわけではないのに胸を抉られたような痛さを感じる。いつの間にか、ユリウスは王宮魔法師団の教本に載っていた治癒魔法をビアンカへ発動していた。これは、まだ一度も試したことが無い魔法だったのだが・・・。
地面に白い光を放つ魔法陣が現れ、緑色の輝きを持つ粒子がビアンカを包み込む。すると流れ出ていた血はピタッと止まり、大きな太刀傷も端の方からゆっくりと塞がり始めた。
――――ここで兵士たちの間に、この子は何者なのだろう?という疑問が湧く。ただ、それ以上に同僚の負った深い傷も心配で・・・。結果、兵士たちはユリウスを追求するより、ビアンカの回復を優先することにした。
ユリウスに治療を任せ、軍人たちは敵の亡骸を片付け始める。二人の傍らにはルイーズが残っていた。
「坊や。ビアンカを頼むよ。こう見えても、こいつ侯爵令嬢なんだ。もし死んじまったら、宰相がこの国を亡ぼすとか言い出しそうだからさ・・・、アハハハ」
ルイーズは笑ってみせる。彼女なりに涙を溢しながらビアンカへ回復魔法を掛け続けるユリウスを励まそうとしてくれているのだろう。
――――初めて使った治癒魔法だったが、想像していたよりも上手くいった。半刻ほどで彼女の傷は完全に塞がり、命の危機を回避することが出来たのである。
もう大丈夫だと確信したユリウスが視線を上げると、その先に見知った顔が見えた。
「――――ああ、潮時か・・・」
「坊や、どうしたんだい?」
ルイーズはユリウスが何を呟いたのかが気になり、彼の顔を覗き込む。ユリウスは咄嗟に袖で顔を隠した。ここでルイーズに正体を見破られるわけにはいかない。
「親が迎えに来ました。僕はもう行きます。ビアンカさんによろしくお伝えください」
そう告げるとユリウスは本物(専属)の護衛が待っている方へ、一目散に駆け出す。
「ちょっ、ちょっと、坊や!ちょっと待ってくれ!!あんた、何者なんだい!?」
ユリウスを呼び止めようとするルイーズの声が辺りに響く。しかし、ユリウスは彼女の方を振り返ることもなく、そのまま姿を消した。
――――――――
「そして、本当の護衛と共に王宮へ戻ると、私を待ち構えていた父に厳しく叱られました。その場に宰相も同席していたので一部始終を話し、ビアンカが欲しいとお願いしたのです」
(迎えが来て、王宮に戻った!?父に叱られた時に宰相が隣に居たって・・・。まさか・・・)
「七年間もビアンカ様を思い続けていらしたのね・・・」
「ええ、そうです。宰相は子供の戯言だと最初は相手にしてくれませんでしたが、私はビアンカが欲しいと言い続けました」
ユリウスはビアンカの方を向いて、微笑む。
(話を作ってくれとは言ったが、ここまで語るとは・・・。しかも、これ結構・・・、というか・・・、まさかの実話ベース・・・)
「花嫁の父というのは花婿に厳しいと良く聞きますけど・・・、辺境伯は努力なさったのね」
コルネリアの目じりには涙が浮かんでいる。
――――ビアンカは隣にいるユリウスが、あの時の少年という事実をまだ完全には受け止め切れてなかった。
(ネロ・・・。本当に?だけど、あの出来事は事実で・・・。ユリウス、あなたはどれだけ沢山の秘密を抱えているのだ!?王宮で待っていた父とは国王か?――――だとしたら、ユリウスは国王の子ということになるのだが・・・。そして、双子が公爵の子・・・。いや、これは・・・ダメだ、口にしたら首が飛ぶ案件だ。――――もう、暴きたいけど、暴いたら私まで大変になりそうだから、暴きたくないというか、何というか・・・。ああああ!!)
ビアンカの心は荒れていた。昨日、結婚した旦那様がヘビーな秘密を多く抱えているのは間違いないからである。
「で、夫人はユールをどう思ってるの?」
軽い口調で割り込んで来たのはフォンデだ。
(突然、何を・・・)
「それは私も聞きたいですね」
あろうことか、フォンデの質問にユリウスが同調した。
「わたくしも~」
そして、コルネリアまで・・・。しかし、マクシムは険しい顔をして口を閉ざしている。
(――――マクシムのお陰で冷静さを失わずに済んだ。ここは結婚した二人を祝う場。相手のことを褒めちぎっておくのが正しい!!)
「口下手ですので、あまり期待には答えられないかも知れませんが・・・」
ビアンカは前置きをして語り始める。
「ユリウスの決断力、迷いのなさは見ていて気持ちいいです。また、色々な魔法を使えるのもカッコいいと思います。美しく整ったお顔も私好みで大好きです。許されることなら、ずっと眺めていたい・・・。――――何より私にとってもやさしい。完璧な夫です」
彼女は堂々とユリウスを褒めちぎった。
「ユール・・・、羨ましい」
フォンデが、ボソッと呟く。
「素敵!!お二人は互いをリスペクトして、深く愛し合っているのね!!」
コルネリアはとろけてしまいそうなくらい甘い表情を浮かべて、どこか遠くの世界を見ている。マクシムはその場で頭を抱えて俯く。
(ん!?何故、マクシムは頭を抱えているのだ?私、何かマズイことを言ってしまったか?)
ビアンカは隣にいるユリウスの方を向く。今の発言に対する彼の見解を聞いてみたかったからである。
「えっ!?」と、思わずビアンカは声に出してしまった。ユリウスは両手で顔をしっかりと覆っており、どんな表情をしているのか確認出来ない。僅かに見えている耳は真っ赤に染まっていた。
(嘘、上手く言えたと思ったら、この反応・・・」
「ユリウス、大丈夫?」
「無理・・・」
(確かに・・・、みんなの前で褒めちぎられたら恥ずかしいよなぁ。すまない!そこまで考えられなかった!!少し言い過ぎた・・・)
「ああ、もう!新婚に余計なことを聞くんじゃなかった!!お二人ともおめでとう!末永くお幸せにね!!良いなぁ、僕も結婚したい!!」
フォンデは大声で捲し立てた後、頭を抱えているマクシムに抱きついた。
「なっ!お前・・・」
マクシムは椅子から転げ落ちそうになって、フォンデを押し返す。夢の世界へ行っていたコルネリアもこちらの世界へ戻って来たようで、フォンデの奇行に呆れている。
「ビアンカ、――――後で、お仕置き・・・」
ユリウスからボソッと耳元へ不穏なことを囁かれたビアンカは取り敢えず、彼の真似をして聞こえていないフリをした。
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