第6話 淡い色合い
ピサロ侯爵がビアンカのドレスの状態を目で確認すると、背中がパックリとキレイに裂けていて、薄いベールだけではとても隠し切れない状況だった。
「ビアンカ、これは・・・」
言葉に詰まるピサロ侯爵。ビアンカも視線を床に落とし、対処方法を考える。
(下手に動いて裂けたところが広がってしまってもマズイし、だからと言って長々と立ち止まっている訳にも行かない。ベールは長いけど薄くて役に立たないし、どうしたら・・・)
その時、床の絨毯を見詰めているビアンカの前へ、大きな影が出来た。
「ん?」
――――気配を感じさせず突然、現れた人影をビアンカは見上げる。銀髪に薄いグレー色の瞳を持つ、美しい少年がそこに立っていた。
(真っ白、髪も瞳も肌も透明感が凄い・・・。教会に天使が舞い降りた?――――いや、それは無い。この子は一体・・・)
「ビアンカ、大丈夫?」
(はぁ!?この人、誰?私のことを呼び捨てで呼ぶということは何処かで会ったことがある人か?んんん、全く分からない・・・)
淡い色あいの透明感溢れる美少年は、自身の肩マントの留め金を手際よく外し、ビアンカのベールとドレスの間に滑り込ませる。――――純白に金糸の刺繍が入ったマントは花嫁のドレスとお揃いで誂えられているため、ビアンカのドレスと合わせても違和感がなかった。彼はビアンカの胸元でマントの端に装飾で付けられていた組み紐の端を上手く絡ませて結ぶ。――――これでドレスが幾ら裂けても人に見られる心配は無くなった。
「辺境伯、ありがとうございます」
ピサロ侯爵が彼の背後から礼を告げる。
(あ、え!?父上、今、辺境伯って言った!?ということは、この少年が辺境伯?――――一体、彼は何歳なの・・・!!!私、二十一歳なのよ!!)
彼女は驚いたし、動揺した。半歩の距離にいる『絵本から出て来たような王子様』がビアンカの花婿だと気付いてしまったからである。しかも、見た目がかなり若い。一般的に結婚出来るのは十七歳からであるが、彼はそれよりもかなり若く見えた。
ビアンカは辺境伯に色々聞きたいことがどんどん湧いて来る。しかし丁度、視界に司祭が入り、現在の状況を思い出した。
「辺境伯、マントをありがとうございました。とても助かりました」
「いや、礼には及ばない。ビアンカ、刺客を処理してくれてありがとう。わたしは祭壇の前へ戻る」
そう告げるや否や、ユリウスはスッと姿を消す。そして次の瞬間には、もう祭壇の前に立っていた。
(おおおっ!!もしかして、辺境伯は魔法使い!?はぁ~、滅茶苦茶カッコいい!!)
「フゥ・・・」
エレガントな戦いをする魔法使いのことが大好きなビアンカ。目の前で辺境伯が何気なくテレポートする姿を見て、ため息を吐く。
「さぁ、ビアンカ。もう一息だ」
ピサロ侯爵は何事も無かったかのような顔をして、左腕を差し出した。ビアンカは父親の腕に自分の右手を通す。
――――陶板レリーフが床に落下し、粉々に割れて騒然となった場内も、残骸が速やかに片付けられると落ち着きを取り戻した。
(長いバージンロードを歩くのは憂鬱だったけど、刺客を捕え、参列者の方々が心を整える時間を稼げたのは良かった。――――それにしても、花婿が想像していた感じと違い過ぎて驚いたわ。国境を治める辺境伯だから、きっと武人だろうと勝手に想像していたら・・・、まさかの魔法使い。そして、天使のような美貌・・・。いや、どう対処したらいいのか、難問度がアップしたよね。武人だったら、手合わせで殴り合えば何とかなるだろうと考えていた自分の浅はかさが身に染みる・・・)
「ビアンカ、あと少しで祭壇へ着く。最初に教えた通り、しっかりと辺境伯の手を取ること。――――これからは自分のことだけではなく、相手のこともよく考えて行動しなさい。そして、困った時は私やお母様、お兄様にいつでも頼りなさい。お前の幸せを私たちはいつも願っているのだから」
「――――はい、父上」
ビアンカの心の中へ言葉には出来ない寂しさが沸き上がって来る。父親の言葉がお別れの言葉のように聞こえたからだ。
(これはどういう感情?父上を騙してしまった罪悪感?それとも何か別の・・・)
心の中に浮かんでくる色々な感情が入り混じって、ぐちゃぐちゃになっている。油断すると何故、ここに居るのかを見失ってしまいそうだった。ビアンカはマクシムの方を見る。彼と視線が合った。マクシムは腕を組んで彼女の方を真っ直ぐに見ている。
(――――マクシム)
マクシムは大きく頷く。
(マクシム、やけにしっかりと頷いたな。ただ、表情が硬い気がする。私が動揺していると付いている?)
ビアンカはこれは特別任務なのだから、私情に流されてはいけないと反省し、改めて気を引き締める。
(父上には申し訳ないが、私は辺境伯と結婚をして探らなければならないことがある。だから、嫁ぐこと自体が偽りだと知られるわけにはいかない。親心を弄んでしまうようなことをして、本当に申し訳ない・・・)
心の中で両親へ詫びている間にビアンカたちは祭壇へ辿り着いてしまった。
――――手順通りにピサロ侯爵はビアンカの手を取り、ユリウスの方へ差し出す。ユリウスは目じりを緩め、優しい表情でビアンカを見詰めた。
(美しい・・・。とても美しい少年。――――私、このままだと犯罪者って言われるのでは?だって、こんなに美しい少年(大切なことなので何度でも言う)が、私のような年増と結婚する必要ってある?いくらでも結婚したいという女性が彼なら現れると思うのだけど・・・)
ユリウスはビアンカの手を取ると自身の左腕に掛けて、祭壇の正面へ向き直る。
(並んで立つと身長は同じくらいか。ああ、年齢が気になる。――――儀式でお互いの年齢を言う場面があったりしたらどうしよう・・・)
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