第5話 長いバージンロード 下
三分の二ほど歩いてきたところで演奏曲が変わり、結婚式定番の曲が流れ始める。
(ああ、これは結婚式の時に使われる聖歌か。自分の結婚式で聞くことになるとは感慨深い。ただ、未だに相手の顔が逆光で見えないというのがなぁ~。別に美男子がいいとか、筋肉マンがいいとかそういう希望はないが、性格が悪いのは嫌だ。辺境伯はどういう人物なのだろう。ヴィロラーナ公爵家とはあまり交流もないから、想像もつかないな)
――――そのヴィロラーナ公爵家とは現国王の妹レティアのために用意された新しい家門で、レティアの夫で現ヴィロラーナ公爵のリカルトは、もともとデュラム領を治めているポロネーズ伯爵家の次男だった。
二人は王立学園の同級生のころから愛を育み、前国王が可愛い娘のために尽力したという話は広く知られていて、この身分違いの恋は小説や大衆演劇でもよく演じられている。
しかし、ヴィロラーナ公爵家は貴族としての身分は高いものの、商売に長けているわけでもなく、お金を沢山生み出す領地も無いため、息子たちは結構苦労していた。実際、長男のマリウスは外交官となり、他国と行ったり来たりの激務をこなしているし、次男のユリウスは国防の要である辺境伯としてこの地を治めている。
いつもは王都にいるヴィロラーナ公爵夫妻も、今日は一番前の席で息子の結婚式を見守っていた。息子から女戦士ビアンカと結婚すると聞いた時はとても驚いたが、自分たちも結婚相手は自由恋愛で決めたのである。だから、反対する理由などない。後は息子が花嫁と幸せな日々を送ってくれたらいいと思っている。
――――ビアンカは一番前の列の目元をハンカチか何かで押さえている女性が、こちらをじーっと見ていることに気付いた。
(一番前ということは親族の席か。もしや、辺境伯のお母上!?ということは国王の妹で・・・。よし、今後のことを考えて、しっかりと微笑んでおこう!)
彼女は女性に視線を向けて、にっこりと微笑んだ。しかし、女性の表情は逆光で良く見えない。
(微笑んで、悪いことになるってことは、まぁ~無いよね?あと少し進んだら、新郎の顔も見える・・・。――――はあっ、えっ!?この気配は!!!)
ビアンカは突如、複数人の殺気を感じ取った。視線を前に固定し、不穏な気配に注意を払っていたのが功を奏したといえる。
「父上、刺客の気配を感知しました」
隣に小声で伝える。教会の中は穏やかな音楽が流れ、誰も不穏な気配に気付いていない。
「ビアンカ、出来るだけ騒ぎにならない方法を・・・」
「任せて下さい。さっきの短剣だけで十分行けます」
二人は前を向いたまま話し合う。
(後方は右の席に一人と左の席に二人。前方は左右の席に一人ずつの計五人か。前方は両サイドに警備兵がいるから動いて貰おう。捕らえた敵は速やかに裏方へ連れて行けば・・・)
「父上、私の合図と共に前方の警備兵を動かして下さい。左右に一名ずつ、殺気を持った者がいます」
「分かった」
ビアンカは敵が飛び出してくる瞬間を待つ。相手に気取られないよう一歩一歩、慎重に足を運んだ。ピサロ侯爵は前方右の警備兵へ視線を送り、右手で胸のチーフを軽く一度触った後、同じ警備兵へ再び視線を向ける。これは敵が一人いるという合図だ。
――――警備兵はピサロ侯爵から視線を外すと自身の被っている帽子のつばに触れた。これは承知しましたということである。
ピサロ侯爵は同じように左の警備兵へも指示を送った。彼らは警戒を高め、次の合図を待つ。
(右の奴が腰を浮かした。後少し・・・)
音楽に細かな音はかき消され、参列者は何も気付いていない様子。
(多分、何か大きな音を立てて気を引こうとする筈だ。その時を狙って・・・)
ガシャン!!
教会の壁に飾られていた陶板レリーフが床へ落ちて、大きな音が響く。
音と同時にビアンカは小声で「父上!今です」と指示を出した。幸い周りの人々の意識は陶板レリーフの方へ持って行かれており、緊急事態にも関わらず楽団の演奏は続けられていたため、ビアンカの声は参列者に聞こえていない。
予想していた通り、後方の右と左の席から、三人の刺客がバージンロードへ飛び出して来た。ビアンカはゆっくり振り返るフリをしながら、タイミングを見計らう。そして、三人が縦に並んだ瞬間、ブーケを床に落として、左のポケットから短剣の鞘を掴んで取り出し、右手で剣を刹那に引き抜くと敵に向かって力一杯、投げた。
普段、重い大斧を振り回しているビアンカにとって、小ぶりな短剣は羽のように軽い。だからこそ、力加減を間違わないように、三人を一度の攻撃で動けなくするためのタイミングを見計らっていたのである。
ビアンカの放った短剣は光の矢のように三人を突き抜けていく。一人目の首の急所を切り、二人目の脇腹を貫通し、三人目の太ももを抉った。
崩れ落ちて行く刺客たち、その視線の先に王国軍魔法師団リシュナ領支部所属の魔法使いのサジェが現れる。彼はビアンカに向けて、左手の親指を立てて見せると同時に倒れ込んだ刺客たちと一緒に姿を消した。
「よくやった、我が娘よ。前方も身柄を確保し、速やかに連行した」
ピサロ侯爵はビアンカの耳元へ状況を伝える。
(ああ、良かった。けが人も出ずに何とか処理出来た。割れてしまった陶板レリーフはとても立派だったから、残念だけど・・・)
――――ビアンカはホッとして、床に落としていたブーケを拾いあげる・・・。
バキッ。
「――――父上、一大事です・・・」
彼女はうつむいて、悲壮感のある声を出した。
「――――ドレスが破けました」
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