第4話 長いバージンロード 上
正面の扉が閉じられるとビアンカは横に控えていた女性から白いバラのブーケを手渡され、ベールも被せられた。一同は既に起立していて、ピサロ侯爵家の父と娘に注目している。
荘厳な造りの教会の内部は想像以上に絢爛豪華だった。頭上には天使たちが舞う天井画が描かれ、柱や床には大理石をふんだんに使用し、繊細な金の装飾も至る所へ施されている。祭壇の先にあるステンドグラスも見たことがないような意匠で・・・。きっと、これは著名なアーティストが作成したものなのだろう。――――ただ、一番知りたい祭壇の前にいる人物は逆光を浴びており、シルエットが辛うじて分かるくらいで、顔も服装も見えなかった。
(こんなに豪華で立派な教会がこの辺境の街にあるなんて知らなかった。大体、私の仕事柄、教会に行くことなど皆無、知らなくて当然なのだけども。それにしても・・・、あの左の壁の巨大な陶板レリーフの迫力!!凄いなぁ・・・、天地創造の場面か?)
歩み始めようとするとタイミング良く、柔らかな音楽が流れて来た。――――前方の右手の方に楽団がいるようだ。
ビアンカは父親と一歩一歩慎重に進みながら、視線を動かして室内を隈なく観察していく。ピサロ侯爵は彼女の行動に気付いたが、参列者がこちらへ注目しているため、直ぐに注意をするのではなく、慎重にどう対処すべきかを考えた。
――――この結婚は王位継承権を持っている辺境伯と国内で一番力を持つ貴族と言われているピサロ侯爵家の縁を繋ぐもの。参列者も国内の有力貴族だけではなく、近隣国の王族の代理人、この国と取引のある外国の貴族など名立たるメンバーが集結している。――――これは失敗が許されないということだ。
しかし、娘の思考回路は良くも悪くも戦士仕様。一筋縄ではいかない。――――ピサロ侯爵は作戦を考えてから、視線を真っ直ぐ前に向けたまま、横にいる娘へ小声で話しかけた。
「ビアンカ、前だけを見なさい。参列者がこちらに注目している」
「――――心配しなくとも、顔は前に向けています。ベールで隠れているので多少、視線を動かしたとしても参列者には分からないでしょう」
フーッ。
ビアンカだけに聞こえるくらいの小さな音だった。これはピサロ侯爵のため息である。
「戦士が敵から見られていないと言って油断するのか?」
(なっ!?父上、痛いところを突いて・・・。見えない敵にこそ注意を払う。これは戦士として当然のこと。しかも、相棒の大斧を没収されている状況なのに、少し気を緩め過ぎてしまったかも知れない!)
「――――気を付けます。ご指摘ありがとうございます」
苦言に対する礼を述べ、ビアンカは背筋を伸ばし直し、正面の祭壇に視線を固定した。娘が素直に注意を受け止めてくれたので、ピサロ侯爵は胸を撫でおろす。
(前方の中心にいるのは司祭か。その右に立っているのが新郎・・・。うーむ、新郎は面識が無いからピンとこない。そんな相手と私は結婚するのかぁ・・・。恋愛もせずにいきなり結婚・・・。行き遅れのはずが突然の巻き返し!!人生で一番と言えるくらい怒涛の展開。――――マクシム、どうして私をこの場へ送り込んだ!?私はあいつ(辺境伯)の花嫁になって何をすれば・・・。しかも、この結婚式、ガチのガチじゃないか!?知っている顔も沢山見えて、もう後戻りすることも出来ない・・・。これは悪夢か!?――――ああ、夢なら早く覚めてくれ~!!)
ここへ来て、お祝いに来ている参列者の面々から、この結婚式が偽りではなく真実のものであると実感し、気持ちが追い付いて行かないビアンカ。――――悶々としながらも、やけに長いバージンロードを歩き続けていく。
(この教会が広過ぎるせいで余計なことを考えてしまう。ああ、まだあと半分もあるのか・・・。あっ!?)
ビアンカは王太子マクシムとその妃リリアージュを見つけた。彼らは祭壇の横の方に特別席を設けられて座っていた。逆光でどんな表情なのかはイマイチよく見えない。
(王太子夫妻はあんなに間近で私たちの婚儀を見るのか?私の失態を後から馬鹿にされそうで、凄く嫌だのだけど・・・)
フー。
彼女は音を出さないように気を付けながら一度、深呼吸をした。この行動に気付いたピサロ侯爵は驚く。『ビアンカ、まさか緊張しているのか!?』と。
ビアンカは幼少期から豪胆な性格で、兄のデイヴィスが剣を習い始めると自分も一緒にすると言って押し切った。その後、頭角を現し、十歳になる頃には国軍からスカウトされて官舎へ入ってしまったのである。
何とか根回しをして、王立学園は官舎から通わせたのだが・・・。卒業した後は戦場を転々とする日々。親としては大切な娘がいつ死ぬか分からない戦場へ送り込まれるなんて、生きた心地がしない。
――――だが、両親の心配を余所にビアンカはあっけらかんと言い放つ『私は死なない。誰よりも強いから』と。そんな強気な国一番の女戦士が結婚式くらいで動揺するのか?もしかして、他に何か問題があるのか?とピサロ侯爵は娘のことが急に心配になってくる。
「大丈夫か、ビアンカ?」
「・・・・・」
「――――どうしても嫌なら、お父様と逃げるか?」
「え?」
(ん?父上?今、何と言った!?――――はぁ?逃げるって、何処へ??いや、宰相が逃げたらこの国が大変なことになるぞ!?――――あーっ!もしかして、私が気持ちを整えるために深呼吸をしたから誤解したのか?父上にも娘を想う気持ちがあったのか~!?――――クククッ、笑える・・・)
ビアンカは大笑いしたい気分を抑えるため、ふんわりと笑みを浮かべて耐えた。参列者はめったに見られない彼女の笑顔に驚いて「おおっ!」と、どよめく。
「父上、ご心配ありがとうございます。私は覚悟を決めているので大丈夫です。それに宰相が逃げたら国が終わってしまいますよ」
「――――国が終わる・・・か。まあ、大丈夫と聞いて安心した」
「はい」
何やら、花嫁と父親がボソボソと楽しそうに話していると周りは勘違いし、温かな視線を向けている。当の二人は長いバージンロードで疲れ切っているのだが・・・。
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