第3話 大斧と短剣
「ビアンカ、遅かったじゃないか」
聞き覚えのある声がしたので、ビアンカは振り返った。彼女より少し背の高い御仁が仁王立ちしている。黒髪にヘーゼル色の瞳。――――この黒髪はビアンカに遺伝した。
(父上!?何故、ここに居るんだ?――――陛下が良く許したな・・・。これもマクシムの作戦ということか?)
「早く教会へ入ろう。ジェイン、娘の大斧を預かってくれ」
ピサロ侯爵は背後に控えていた部下へ指示を出す。王宮文官の制服を見に纏っているジェインはビアンカの前へ歩み出て、大斧を預かろうと手を差し出した。しかし、ビアンカは渡そうとはしない。ジェインの手は行き場を失ってしまう。
(この男がジェインか、初めて見る顔だな。見た目通り、彼は父上の部下の王宮文官で間違いないだろう。そんなに細い腕でこの大斧を運ぶのは無理だと思うぞ。それに・・・)
「父上、これは渡したくありません。戦士たるもの、いつ如何なる時でも敵を斬れ・・・」
「――――この神聖な場所に武器は相応しくないだろう。それに警備は万全を期している」
ビアンカの言葉に被せるようにピサロ侯爵は釘を刺した。彼は視線を横へ流し、警備兵が並んでいる方を見詰める。
(――――確かにかなりの数の警備兵が居るけれど、普段から一緒に行動しているチームでもないのだから誰が敵か分からないじゃないか。こういう時こそ、油断してはいけないのに)
「しかし、敵は何処に居るか・・・」
「――――お前は何故、敵がいるという体で話をする?ここは戦場ではないのだから、そんなに警戒しなくても良いだろう・・・」
一向に大斧を渡そうとしない娘にため息を吐く父・・・。彼は両手を軽く上げ、仕方がないという仕草をした後、懐に手を差し入れて一本の短剣を取り出した。
「この短剣とその大斧を交換しよう。丸腰でなければいいのだろう?結婚式へ大斧を持ち込むことは流石に許可出来ないからね。ビアンカ、素直に渡しなさい」
(はっ?結婚式!?いや、確かに少しは予想していたけど・・・、私、本当の本当に結婚するの!?――――当事者同士で書類にサインをして、結婚しているフリだけするとか・・・、そういう感じじゃないんだ!?――――これ、本当に特別任務なのかー!?結構、私の人生が掛かっているような気がするのだが・・・。――――マクシム、父上まで使って、壮大なドッキリだとか今更、言わないよな?お前のことを信じているからな!!――――よし、覚悟は決めた!!)
ガツッ。
ビアンカは最後の最後に純白のドレスがビリッと破けてしまわないよう、腹部に細心の注意を払いながら、大斧を石畳の上へ下ろす。――――このあり得ない締め付けにここまで耐えた自分を褒めてやりたい。そして、願わくは早く脱ぎたい。
付き人ジェインはビアンカから大斧の柄を受け取った。彼は移動させるために持ち上げようと試みる。しかし、百戦錬磨の女戦士ビアンカの大斧は重すぎて、細腕の彼ではビクともしなかった。それを見かねたピサロ侯爵の護衛が一人、後方から加勢をしに駆け寄って来る。
二人は掛け声を出して彼女の大斧を持ち上げると教会の裏の方へ運んでいった。
「父上、絶対返してくださいよ!!」
ビアンカは大斧を見送りながら、ピサロ侯爵へ訴える。しかし、彼は軍人ではないので、彼女の気持ちが全く理解出来なかった。
「全く、誰に似たのだか・・・。心配しなくとも後で返す。ほら、これを受け取れ」
ピサロ侯爵は、手のひらより少し大きいサイズの短剣をビアンカへ渡した。彼女は受け取るなり手のひらに短剣を乗せて、じっと見つめる。
(短剣の鞘や柄の装飾に宝石が使われている。この短剣はもしや飾り刀なのでは?――――刃は研いでいるのだろうか・・・)
無造作に鞘から短剣を引き抜き、ビアンカは刃の部分を目の前に掲げて、少しずつ傾けながら状態を確かめていく
「ビアンカ、ここでそういうことをするのは止めておきなさい。民衆が一部始終を見ていることを忘れないように。悪い評判が立ったら、辺境伯に迷惑を掛けてしまうぞ」
ピサロ侯爵は予防線を張られた先に押し寄せている民衆へ視線を送る。今日ここで領主が結婚すると知っていたのか、かなりの人数が集まっていた。ビアンカが知らなかっただけで、この計画は水面下で進んでいたのかも知れない。
(あーっ、民衆が余りにも静かで、その存在を忘れていた・・・。まぁ、今更だろう。大斧を渡したくないと渋るところから見られてしまったのだから。それに女戦士の印象など最初から良くもないだろうし・・・)
民衆は間近で繰り広げられるピサロ侯爵家の父と娘のやり取りを真剣に観察していた。国を動かす宰相の父と負けなしの戦乙女とも言われる娘。そんな二人がどんなやり取りをするのだろうかと・・・。『大物親子が何だか楽しそうに会話をしている!?』と好意的に受け止められていたのだが、この父娘は察していない。
――――短剣は小さいながらも手入れが行き届いており、刃も磨かれていたので彼女は鞘に戻してドレスの左側についているポケットへ柄を下にして入れた。左に入れておけば有事の際に鞘を掴んで取り出し、右手で剣を抜ける。
「お待たせしました、父上」
ビアンカはピサロ侯爵の方を見た。
「ビアンカ、簡単に手順を説明する。これから私とお前は腕を組んで、一歩一歩、足並みを揃えてバージンロードを真っ直ぐに進み、祭壇へ向かう。次に祭壇の前に着いたら、私がお前の手を取って、辺境伯の手にその手を渡す。そして、お前は辺境伯と腕を組んで、二人で司祭の方を向く。後は司祭の言う通りにしなさい。――――大丈夫か?」
(いいえ、大丈夫ではありません・・・!と言いたいけど、このタイミング言えるわけない!!)
「はい、覚悟は決めていますから」
「では、行くぞ」
ピサロ侯爵は左肘をビアンカへ差し出した。彼女はそこへ右手を通し、顔を上げる。
(これ、――――利き手を取られているような気がして気持ち悪い・・・)
笑顔とは程遠く硬い表情を浮かべるビアンカ。拍手を送る民衆に見守られながら、二人は教会へ足を踏み入れた。
大斧の女戦士ビアンカの結婚(特別任務で辺境伯を探るつもりだったのに気が付いたら円満な結婚生活を送っていました) 風野うた @kazeno_uta
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