第2話 いざ、リシュナ領へ

 リシュナ領はローマリア王国とサルバントーレ王国の国境沿いにある。


 隣国サルバントーレ王国の国王は芸術への造詣が深い。彼は国内に学費無料の芸術学校を作り、新進気鋭の作家の育成に励んでいる。また、繊細な手仕事によるモノづくりも有名で一流品と誉れ高いサルバントーレ王国製の靴、鞄、手袋などの革製品はイリィ大陸だけではなく世界中へ輸出されていく。隣国は国土は狭くとも、豊かな国と言える。


 この国(ローマリア王国)があるイリィ大陸は、かつてイリィ帝国という一つの国だった。しかし、五百年前の大きな内乱により、五つの国に分かれたのである。――――大陸一の国土を持ち、資源が豊富なローマリア王国、軍事に力を入れている野心的なポリナン公国、元イリィ帝国の皇族が建国したネーゼ王国、イリィ大陸で一番大きな港を持つツィアベール公国、そして、芸術の国サルバントーレ王国。――――この五か国は愚かなことに今も尚、小競り合いを繰り返している。


 表向きではローマリア王国、サルバントーレ王国、ツィアベール公国は友好条約を結び、ネーゼ王国とポリナン公国をけん制しているということになっているのだが・・・。現実はそんなに簡単ではなかった。何故なら、ビアンカは隣国サルバントーレ王国やツィアベール公国から攻撃を仕掛けられ、国軍として度々鎮圧に駆り出されているのだ。その度に『友好条約とは何ぞや?』と疑問に思ってしまう。


 そして、今から向かうリシュナ領が国内で一番、小競り合いが多い地として有名なのである。



――――――――


 「あー、マジか・・・。苦しいなコレ・・・」


 ビアンカは腹部に力を入れないよう、愛用の大斧を腕の力だけで肩へ担ぎ上げた。彼女の背中で大斧の刃が朝日を受けて、艶めかしく輝く。――――いついかなる時も直ぐに敵を斬れるよう、大斧の刃はビアンカによって、一点の曇りもなく研ぎ澄まされているのだ。


 そんな不気味な輝きを放つ大斧を見せつけられ、侍女たちの顔は強張っていた。――――こんなに大きな斧を振り上げられたら、身を守る術のない自分たちは簡単に死んでしまう。彼女たちは恐怖を感じていたのである。


(侍女たちはあんなに細い腕で良くもまぁ、こんなに締め上げたものだ。筋肉のないご令嬢だったら、腰回りへこんなに圧を掛けられたら、命の危険があるのではないか?大方、私なら大丈夫だということで、ここまでしたのだろうが・・・)


「侍女の方々、お世話になりました。ありがとう」


 侍女たちはビアンカからお礼の言葉を受けると一斉に壁際へ整列し「行ってらっしゃいませ」と声を揃えた。純白のウエディングドレスを身に纏って大斧を担いでいるビアンカはその様子を一瞥すると、静かに部屋を出ていく。


(本当に身一つの出発になってしまった。この姿では鞄を持つこともままならない。ああ、マクシムの話が辺境伯に伝わって無かったら、いろんなものを貸してくださいとお願いしなければならないな・・・)


――――宿舎を出たビアンカはリシュナ領へ転移するため、王宮魔術師団が管理する魔塔へと向かう。王家の所有する魔法陣を利用して、リシュナ領の領都バリードへ転移する許可は昨日、王太子マクシムから得ているので問題ない。


 ちなみにローマリア王国には王宮魔法師団と王国軍魔法師団という二つの魔法師団がある。簡潔に説明すると王宮に属する者は支援系(防御魔法、治癒魔法など)に長けており、王国軍に属する者は攻撃系(攻撃魔法・追跡魔法など)に長けているということだ。


(いやー、転移で移動出来るのは本当に助かる!!このドレスを着て馬車で移動なんてしていたら、流石の私もリシュナ領へ到着するころには気を失っているかも知れない)


 太刀傷を受けた時のように浅い呼吸をしながら、ドレスを破かないよう慎重に歩いていく。残念ながら、パンプスは足のサイズが合わなかったため、いつものブーツを履くことになった。それでも、花嫁のドレスは裾が長いから、穏やかに歩けば人様にバレることもないだろう。


――――そこへ、遠くからビアンカを見つけて同僚のマリオが駆け寄って来た。


「ビアンカ!?どうしたんだよ、その恰好は・・・、仮装大会にでも出るのか?」


(あーあ、面倒な奴に会ってしまった!!他言無用の特別任務だから、正直に答えるわけには行かないし・・・)


「いや、まあ・・・、そんな感じだ。これから孤児院の慰問に行ってくる」


「その磨き上げた大斧を孤児院へ持っていくつもりか!?」


 同僚のマリオ・コスナーは半笑いで指摘する。だが、ビアンカは無表情で彼から視線を外すと、何も言わずスタスタと歩き始めた。


「いや、待てよビアンカ!!それは俺によこせ!!宿舎に持って行ってやるから!!」


「――――いや、大丈夫だ。自分で何とかする。マリオ、またな!!」


 いつものビアンカなら自分の失敗を豪快に笑い、互いに近況を伝えあったりするのだが・・・。今日の彼女はやけにアッサリと立ち去ったような気がする。――――マリオは違和感を持ち、首を傾げた。


「もしかして、あいつ本当に結婚でもするのか?―――いや~、いやいや、それは絶対無いな・・・」


 マリオはクスッと笑い、国軍の詰め所へ向かって歩き出す。


――――ビアンカは背後に感じていたマリオの気配が一気に遠ざかって行ったので、ホッとした。


(特別任務はまだ始まってもいないのに、いきなり失敗するところだった・・・。ああ、焦ったー!!)


 彼女はその場で腹に力を入れないように気を付けながら一度、深呼吸をして心を整える。


「さあ、急がないと!!」


 ビアンカは誰かと会う前に魔塔へ辿り着かなければと歩みを早めた。


――――――――


 転移完了。大斧を担いだ花嫁姿のビアンカが、リシュナ領の領都バリードにある魔法陣の上へ降り立つと目の前に一人の男が立っていた。――――その男は王国軍魔法師団の一員であるという証の深紅のローブを身に纏っている。


(青年にしては若いような・・・、彼は一体、何歳なのだろう?)


「ピサロ侯爵令嬢、お待ちいたしておりました!」


「――――いや、その呼び名は新鮮というか、久しぶりというか・・・。初めまして、私はビアンカ・ルーナ・ピサロだ。貴殿は?」


「僕は王国軍魔法師団リシュナ支部所属のサジェ・トラス・ペニーと申します。ペニー子爵家の長男です。ようこそ、リシュナ領へ」


 男は幼さを感じさせるような笑みを浮かべる。ビアンカは思い切って聞いてみた。


「サジェ殿、随分お若いようだが、年齢を聞いても?」


「僕は先月、十五歳になりました」


「わっ、若い!!そんなに若いのに、こんなに小競り合いの多い地方へ送られるなんて!!任務をこなすのは大変だろう・・・」


(こういう血なまぐさい土地はベテランが配置されるのではないのか?王国軍の魔法師団の人事はどうなっているのだ!?)


「ええっと、ピサロ侯爵令嬢?見た目で判断するのは止めて下さい。こう見えて僕は結構、戦えるのですよ」


「――――ほう。それは気になる・・・」


 ビアンカはサジェの戦えるという言葉に反応する。軍に所属していてかなり戦えると発言するのだから、十分に力があるということだろう。


(サジェ殿が魔法で戦闘するシーンを見る機会があるかも知れないということか??何だ!?急に楽しい気分になって来たぞ!!)


 ビアンカは戦士たちの血生臭い肉弾戦ではなく、エレガントと評される魔法使いの戦闘を見るのが大好きなのである。


「そんなに見詰めないで下さい!!僕は辺境伯に睨まれたくありません。あの御方は・・・」


「ん?辺境伯がどうした?」


「いえ、失言です。では、今からお送りしますね」


 サジェは懐から杖を取り出した。どうやら、屋敷まで飛ばしてくれるようだ。花嫁衣装で身動きに制限のあるビアンカには嬉しい話である。


「飛ぶ前に一つお願いが・・・。サジェ殿、今後、ピサロ侯爵令嬢と呼ぶのは止めて欲しい。気軽にビアンカと呼んでくれ。では、よろしく」


「――――ビアンカ様なんて、恐ろしくて呼べませ~ん!!ごめんなさい~!!」


 サジェの叫び声と共にビアンカは魔法で飛ばされた。


(何が恐ろしいのだか・・・。次に会った時に聞いてみるか)


「キャー!!お見えになったわ!!」


 どよめきが湧き起こる。何事かと驚いたビアンカが瞼を上げると、そこは領主の館ではなく、大きな教会の前だった。

――――――――――――――――――――――――――――――


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