大斧の女戦士ビアンカの結婚(特別任務で辺境伯を探るつもりだったのに気が付いたら円満な結婚生活を送っていました)
風野うた
第1話 プロローグ
「くっそー!!あの野郎!!何を企んでいるんだ!?」
ビアンカは地団太を踏む。あの野郎とはこの国の高貴なお方、王太子マクシムのことである。彼とビアンカはこのローマリア王国の貴族子女が通う王立学園の同級生だ。プライベートでは共通の友人も多く、それなりに気安い仲である。しかし昨年、王太子が結婚したことを機にビアンカは彼と仕事以外で会うことを止めた。これは他国から来た王太子妃に配慮してのことである。
(正直なところ、マクシムとは恋仲とかそういうのではなく、ただの友人なのだが・・・。きっと世間一般では男女の友情などいくら説明しても理解してもらえないだろう。それにありもしない噂でも立って、王太子妃様を不安にさせてしまったら可哀想だ。女の私から見ても王妃様は見た目も性格も可愛い御方だからな。マクシムには勿体ないくらいに・・・)
――――昨日、ビアンカは王太子から王宮へ呼び出された。
『王国軍・指揮官ビアンカ、辺境リシュナ領への転任を命じる。今後はコントラーナ辺境伯の下でこの国を守れ。期限は定めない。早速だが明日の朝、出発してくれ』
『殿下、突然のお話で驚きました。もしや、辺境の地で何か異変が?』
『――――ビアンカ、異変は起こっていない。この任務はそなたにしか任せられない特別任務だ。詳しいことは辺境伯に聞け。よろしく頼んだぞ!』
ビアンカは何か誤魔化しているような話し方をしたことが気になり、眉間に皺を寄せる。
『殿下、私しか出来ない特別任務とは何ですか?一人で向かうということは、国軍を動かすようなことではないということ・・・、まさかスパイでもしろというのか?』
『ビアンカ、そんなに構えなくとも、こちらで段取りは整えておく。そなたは向かうだけでよい』
(マクシムは私の質問に答える気が無さそうだな。仕方ない、特別任務の内容は現地で辺境伯に聞くとするか)
彼女は一度、深呼吸をして覚悟を決めた。
『――――分かりました。お受けいたします』
『ああ、気をつけて向かってくれ』
――――ここまで思い返して、ビアンカは今の状況を考える。
昨日のやり取りは茶番だったのだろうか?何故なら今し方、ビアンカの部屋へ押しかけて来た侍女たちが手にしているのはどう見ても純白の花嫁衣裳にしか見えないからだ。
(マクシムよ。この花嫁衣裳を着て私にどうしろというのだ。――――まさか辺境伯の花嫁として私をリシュナ領へ送り込むつもりなのか!?それならば特別任務とは、やはりスパイ作戦だったということじゃないか。何故、言葉を濁したのかさっぱり分からないな。そして、私に辺境伯の何を探れというのだ?うむ、可能性としては彼が隣国と繋がっているとか・・・、或いは王位の簒奪しようとしているとかだろうか?)
これからビアンカが向かうリシュナ領を治めているのはユリウス・フルゴル・コンストラーナ辺境伯爵だ。彼は元ヴェロラーナ公爵家の次男で、その母親は現国王の妹である。言うまでもなく、ユリウスは王家の血を引き、王太子とは従兄弟だ。そして、王太子にはまだ子が居ないため、ユリウスと彼の兄のマリウス・ヴィータ・ヴィロラーナ公爵令息も王位継承権を持っている。
(王位継承権か・・・、王太子妃に子が生まれれば返上することも可能なのだろうが・・・。やはり、辺境伯が何か国に対して不穏な動きを見せていて、王太子がそれを警戒して私を送り込んだと考えるのが一番、簡単ではあるけども。しかし、本当にそうなのか?マクシムよ。余りにも情報が少なくて困るのだが・・・)
考え事をしていたビアンカが顔を上げると、不安そうな面持ちで侍女たちが彼女を見ていた。
「――――すまない。取り乱してしまった。私が拒否したら、あなた達に迷惑が掛かってしまう」
「いえ、――――お気遣いありがとうございます、ビアンカ様」
花嫁のドレスと靴、ベールなどを抱えている侍女たちはビアンカに引き攣った微笑みを返す。彼女たちは王太子マクシムの命を受け、ビアンカの宿舎へ現れたのである。
ビアンカは大斧を振り回し、数々の武勲を立てている戦士だ。頭一つ以上大きな彼女(身長百七十八センチ)を目の前に侍女たちは緊張している。部屋の隅に置いてあるビアンカ愛用の大斧が彼女たちの恐怖心を更に煽っているのだが、彼女は気付いていない。
(それにしても、私が花嫁衣裳を着る日が来るとは・・・。まぁ、任務だが・・・)
「よし、覚悟は決めた。準備を頼む!」
ビアンカは腹を括り、侍女たちにその身を任せることにした。長身のビアンカへ着付けをするため、踏み台も二つ運び込まれる。また、大きな姿見も彼女の前へ置かれた。
(辺境伯と顔を合わせるなり、こんなに大きな女は嫌だ!と断られる可能性は十分にあるな・・・)
彼女は周りに立つ侍女と自分を見比べる。ビアンカと侍女は身長だけではなく身幅も全然違っていた。彼女たちは折れそうなくらい細く、ビアンカは折ろうとしても決して折れないくらい太い。
「硬い!!紐を引けません。ルマリさま!!」
「ちょっとそこのあなたも一緒に引いて頂戴!!」
侍女たちのリーダーのルマリは部屋の後方で控えていた侍女たちに声を掛ける。
(辺境伯と面識がないのは厄介だな。『軍部から移動して来ました。閣下の片腕にして下さい』と挨拶したら、どう考えても引かれるよなぁ・・・。だからと言って、結婚して下さいと言うのも、この年齢だと可愛くもないし、色々とキツ過ぎる。せめて、辺境伯が花嫁候補を王太子が送ったと理解してくれていたら良いのだが。マクシムは案外、雑だからな・・・)
いつもなら、王太子の足りない言葉を彼の側近が補足してくれるのだが、今回は同席していなかった上、この任務は他言無用で頼むと彼に言われた。
(根回ししているのかも怪しいな。まぁ、それでも受けたからには行くしかないだろう)
「「「「せーの!!」」」」
「あー、これは・・・、かなりキツイですね」と、侍女たちのサブリーダーのメリーが弱音を吐く。
何故、コルセットの紐が引けないのか?それはビアンカの腹部にしっかりとある筋肉が原因だった。それでも、侍女たちは彼女に花嫁衣裳を着せなければならないので、必死に紐を引き続ける。
――――そんな侍女たちを静かに眺めながら、ビアンカは今後のことを考えていた。
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