第2話、傷と傷の触れ合い

 俺は少女が初めに話したことについて考える。

 少女は初めに俺に旅に出ようと聞いてきた。

 それを俺が拒否すると、少女は自分が魔法使いであることを話し始めた。

 突然の事で流れに任せていたのと、そのときはだいぶ沈んでいたので気にしていなかったが、話の流れが上手く繋がっていないように感じる。

「なぁ、それはそうとなんで突然魔法のことを話し…。」

 俺が話している途中で、少女は急に近づいてきて俺の頬に手を当てる。

「っえ?いや、何して。」

と思わず困惑の声を漏らしても、少女は少しも動かない。

 ずっと俺の顔を見続けている。顔が近い。

魔法を見せてもらった時ほどは接近していないものの、自分の顔が真剣に見つめられているという状況は、どうしても緊張してしまう。

 俺は視線を泳がせながら、しばらくの間待っていると

「…顔、腫れてるよね。」

と真剣な眼差しで俺の目を見ながら話し始める。

「さっき手を握った時も少し思ったけど、やっぱり擦り傷やあざが結構色んなところにある。少し経ってるものもあるし、結構最近のもあるね。」

 少女は頬から手を離し、俺の体を見ながら話し続ける。

 実際俺は顔は腫れていたし、足や腕にあざもある。

 気持ちが沈んでどうでもよくなっていたから気にしていなかったのと、魔法の衝撃で痛みを忘れてしまっていた。

 それを思い出すと同時に、じわじわと痛みも思い出してきた。

それを察した少女は

「手当くらいはできるからしてあげる。ほらこっちに来て。」

とくるりと向きを変えて置いていたカバンの中身をごそごそと探し始める。

「いや、いいよ。放っておけば治るし。」

と多少の強がりも含めた理由で遠慮する。

 すると少女は有無を言わさぬ気迫で

「いいから、こっち来て。」

「あ、はい。」

 先程の無邪気な雰囲気とは打って変わってむしろ怖いほどの圧を感じた。

 しっかりと目が座っている。断った方があとが怖そうだ。

 俺はほぼ無条件反射で頷き、おずおずと彼女に近づく。

 少女はカバンの中からガーゼ、絆創膏、綿棒、消毒液などを取り出して、地面に正座する。

「座って。」

と近くの地面をぽんぽんと叩いて催促する。

 圧にやられた俺はそのまま従い、少女のそばに座る。

「はい、傷見せて。」

 少女は綿棒に消毒液を染み込ませたあと、ぐいっと俺の右手を引っ張り無理やり手当を始める。

 傷の上を綿棒が撫でる。

「痛かったら言ってね。続けるから。」

「拒否権はないのね。」

そう言いながら少女の手当を眺める。

 手当することに慣れているのか、とても手際が良くどんどん終わらせていく。

 擦り傷に触れるときでも、変な力が入っていないからかあまり痛みを感じない。

 むしろ肌に綿棒が優しく触れるときに少しくすぐったくなるくらいだ。

「はい、右手おしまい。早く左手出して。」

そんなことを考えている間にもう右手の手当を終えたようだ。

 流れのまま左手を少女の前につき出す。少女は左手を見て、

「これは、なかなかの大物だね。」

と驚きの声を漏らす。

 左手には右手の傷よりもかなり大きな擦り傷があった。

 もうほとんどの傷の血は止まっていたけれど、左手の傷は傷の範囲が広いため今でも血が滲んでいて、かなりみずっぽかった。

「…だいぶ染みると思うけど耐えてね。」

「はい。」

 手当に慣れていそうな少女でも驚くほどだったので、少しだけでも手加減してくれるかとちょっぴり期待した。しかし少女は『逃がさない。』といった顔でこちらを見てくる。もちろん目はまだ座っている。

 少女は新しい綿棒を取り出して消毒液を染み込ませる。

 それをゆっくり傷に近づけて、出来る限り優しく触れた。

「痛っ。」

 その瞬間に傷を中心に衝撃が走った。

 ただ痛いだけならまだ耐えられそうだったが、傷に直接触れているのとそこから消毒液が染みて右手のときとは比べ物にならない痛さ、いや辛さが襲う。

 しかも少女は傷に何度も綿棒を押し当て傷を撫でるため、その度に全身に響いてくる。

 痛みをこらえるために左手に自然に力が入る。

 それからしばらくの間、地獄とも思えるくらいの手当に悶絶していた。そして

「はいおしまい。」

の少女の言葉が聞こえたとき、全身の力が一気に抜けるくらいに安堵の息を吐いた。

「ようやく終わった。」

と言葉が勝手に口から飛び出てくる。

 俺はその子供っぽい発言に恥ずかしさを感じていると、少女はにまにまとこちらを見てくる。

「…なんだよ。」

 ほとんど照れ隠しの質問だったが、それを誤魔化すように『何かありましたか?』くらいの声で話しかける。

「いや?染みるのを耐えているのがとても可愛らしかったなぁ…ってね。」

 抗議の目を向けても少女は意に介さない。

 むしろ余計に頰笑を浮かべていた。

 この空気がうっとおしくなったので、とりあえずぱっと思いついた質問で切り替えることにした。

「手当、上手なんだな。」

 少女は目をぱちくりさせて一瞬だけ止まっていたが、すぐに微笑みに変わり

「まさかお褒めの言葉をいただけるとは、光栄だねぇ。」

と小馬鹿にするような声色で返してきた。

 またその感じになるのかと作戦の失敗を憂いていると、少女の顔が何か懐かしいものが見えているように変わり、軽く俯きながら目を閉じて

「まぁでも、初めてじゃないからねぇ。誰かの手当をするのは。」

と続けた。

 その顔が何故か、何か大切なものを思い出したかのようなちくりとした痛みを与える。

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