魔法使いと、いずれ消えてしまう自殺旅

たこ焼き2号

第1話、魔法使いとの出会い。

「ねぇ君、私と旅をしない?」


 まだ本格的な暑さが訪れていない初夏。町の外れの森林の奥。

 何もかもが嫌になって、夜の崖の上に1人で立っていた時、突然後ろから声をかけられた。

 振り返るとそこには大きな手提げカバンを持った、今の俺の心境とは場違いなほど綺麗な少女がこちらを優しく眺めて立っていた。

 少女は俺と同じくらいの背丈で、同年代のように見える。

 彼女の髪は、肩や顔を覆い隠すように長く、それでいて透き通るように真っ白で、吸い込まれてしまうと思うくらいに、見惚れてしまった。

 俺をしっかりと見つめている目は深みのある黒い色で、まるで俺に許しを与えているような、そんな慈愛さえ感じるほど美しかった。

「何を言っているか分からない。」

 俺は体の向きは変えず、顔だけ向けて少女の目を正面から真っ直ぐに見て、純粋に思ったことを口に出す。

「どう言ったも何も、そのままの意味だよ。旅をしよう。」

 少女は先程と表情を変えず、相変わらず優しい口調で応える。

 心が求めている言葉を一つ一つ並べたような、何故だか泣きそうになるような不思議な話し方だった。

 どうやら俺の聞き間違いではなかったらしい。

 別にからかいや意地悪で言っているわけではなく、この少女は俺を真剣に旅に誘っているようだ。

「旅、か。申し訳ないが、旅をするほど余裕がないんだ。」

俺は少女から目を離して俯く。

 そう、俺は旅をしようと思う気力はなかった。

 というか、何かを考えたり、行動したりするということすらやりたくなかった。

 それほど、何もかもがどうでもよくなっていた。

「ふーん、そうなんだ。」

少女は納得したような口ぶりで話す。

 しかしその目や態度は引き下がらないといった意志を表していた。

 少女は右手を自身の腰に当て、

「実はね、私は魔法使いなんだ。」

突然、少女は突拍子もない話し始める。

 その口元は少しだけ上がっていて、その言葉が嘘では無いという自信を感じさせた。

「はぁ?魔法使い?この化学の現代に?」

 俺はどうもその話が信じられなかった。

 幼い子供がそういう絵本の世界に出てくる魔法使いに憧れる…というのはよくある話だ。

 しかし、今目の前にいる少女はおそらくだが自分と同じくらいの歳だろう。

「ごっこ遊びがしたいのなら別の人をあたって欲しい。そもそも俺はそんな歳じゃない。」

と言って彼女の目から視線をずらす。

「もしそうじゃないんだったら、1回病院に行った方がいいと思うよ。」

かなり強めの否定の言葉を使って拒絶する。

 それはそうだろう。何せ魔法なんてとっくの昔に化学によって否定されたはずだ。訳が分からない。

「君が何を思っているかは分からないでもないよ。」

 もちろん、そんな反応するよね、とばかりに少女は目を閉じる。

「でも、私は別に君をただからかいに来たわけじゃないよ。それに、私は何かクスリをやっているわけでも、お酒も飲んでないし。」

と目を開け直して、俺をしっかり見つめながらはっきりと話す。

 俺は視線をもう一度彼女にやって、

「魔法使いっていうのは、目に見えない不思議な力を使うっていうあれ?」

と俺は目をすぼめて少女に確認する。

「そうだよ。私がそのあれ。」

 俺の認識は間違っていなかった。

 だからこそ、目の前の少女が怪しくて仕方がなかった。

 俺は手を広げて少し大袈裟に、それでも淡々と少女の言葉を否定する。

「ありえないだろう。そんな非科学的な存在はいるはずがない。」

そう言い返すと、少女は何でもないように、

「魔法使いはいるよ。だって実際にここに私がいるんだから。」

と軽く手を広げて軽くアピールする。

 自分の沈んだ心とは正反対な少女の態度に少しだけ苛立ちを覚え、先程さらに少しだけ強く、冷たい口調で反論する。

「…証拠がない。お前が魔法使いということを裏付ける証拠がお前の言葉以外にない。」

そう言い終えて、トドメといわんばかりに

「そもそも、証拠があったところでどうということはないけど。」

と言って、呆れるようにため息をつく。

 少女は上を向いて、親指と人差し指を広げて手を顔に当てて、考えるような仕草をする。

 数秒間ほどそうした少女を見ていると、少女は1人で頷きこちらに顔を向き直した。そして

「わかった。じゃあ証拠を見せてあげるよ。」

そう言って、少女はカバンを置き俺に向かって歩いて自分の右手を差し出す。

 訳が分からずぼうっと立っていると

「何してるの。ほら、手、握ってよ。」

と首を傾げて不思議そうにしながら、ずいっと手を近づける。

 俺は内心『いや、何も説明されていないんだけど…。』と突っ込みたくなるのを堪えていた。

 そのまま差し出された右手を自分の右手で握る。

 すると少女は右手を包み込むように左手でも握った。

 少女の肌はすべすべで温かく、先程まで怪しいと思っていたのにも関わらず、少しだけ心が穏やかになり、安心するような感じがした。

「おっけー。じゃあ、今から証拠を見せてあげるよ。」

そう言って彼女は目を閉じる。

 ふと俺は今、(ほぼ初対面で魔法使いを自称しているような怪しい人ではあるが)外見はどこを見ても美少女と言っても問題ないほどの綺麗な少女と手を繋いで向き合っているということに気がついた。

 至近距離で少女を見たとき、髪は真っ白であるのにも関わらず、顔のつくりからは外国の雰囲気は感じられず、むしろ日本の大和撫子のような奥ゆかしさを感じた。

 突然、少女は真剣な声で

「目を閉じて。」

とだけ言った。

 俺はその気迫に押されて思わず目を閉じる。

 すると、少女は手を握る力を少し強めた。そのまま十数秒くらいたった頃だろうか。

 だんだん右手に温かさを感じてきた。

 それは少女の体温よりも少しだけ温度が高く、熱いような心地よいような不思議な感覚だった。

 そしてその感覚が2.3秒ほど続いたあと、一瞬だけ風が吹いたように服の裾や髪が揺れた。

 同時に視界が白くなった。

 先程までは夜だったはずなのに、強い光を瞼越しでも感じる。

 それも蛍光灯のような人工の冷たい光ではなく、太陽や月といった自然の暖かい光のようだった。

「うん。もういいよ。」

 少女はそう言って俺の手を離す。

 突然の光にまだ目が慣れていないため、少しずつ目を開く。

 少し開くだけでも目に光が飛び込んでくるため、なかなか開けない。

 俺は目を擦りながらなんとか目を開て、そして辺りを見回す。

 その周りの風景に驚きを隠すことができず、これでもかという程目を見開いた。

 先程まで2人しか居なかった夜の崖の上は、1面の青空になっていた。

 俺と少女は青空に2人で浮いていた。

 どこまでも続く地平線、いや水平線だろうか?遥か下の地面を雲が覆っているため、雲平線と呼ぶのが正しいかもしれない。

 ほぼ真上にある太陽の光が眩しい。

 直視すると、思わずくしゃみが出てしまいそうだった。とにかく俺は今、空にいた。

「これで私が魔法使いだって信じてくれた?」

 いたずらが成功した子供のような無邪気な笑顔で少女は俺に聞いてくる。

「…あぁ。そう…だな。」

 信じざるを得なかった。 魔法としかいえないような、説明しがたい出来事が今目の前で起こったのだ。

 もう一度ぐるっと1周まわって景色を確認する。

 下に青空が広がっている、と言うよりかは俺たちが青空の中に飛び込んでいるという方が近いかもしれない。

 俺たちが浮いている少し下に雲が浮かんで流れている。どこを見ても青、青、青。

 雲の下、それこそ青空の遥か下にはまた別の青が広がっていた。

 その青が僅かに揺れているのがわかった。

 海だ。鮮やかな空の青と深い海の青。そしてそこに雲の白と太陽の光。

 それぞれがそれぞれに合わさって、幻想的で壮大で、それでどこか懐かしさを感じる景色だった。

 不意に自分よりも少し小さな手が青を遮って目の前に現れる。

 その手は俺の目よりも少し上くらいで止まって、額をはじく。

「っ?。」

 そこまで強い力弾かれた訳では無いので、痛みはあまり無かったが、突然のことに驚いて一瞬だけ目をつぶった。

 その瞬きほどしかない時間で懐かしい青は消えて、目の前には先程の夜空が広がっていた。

 いつの間にか正面に立っていた少女はおでこをはじいたときの手の形を崩さずに嬉しそうに笑っている。

「びっくりした?」

 気づけばさっきの魔法や少女との現実味のない会話のせいで少しだけ自分の心が明るくなっていた。

 と言っても、僅かに頭が働くようになったくらいだけど。

「青空の景色から目を覚まさせる方法が物理的だったことは驚いたよ。まさかあの一瞬で催眠術や幻覚の類をかけられるとはね。」

心の余裕ができたからだろうか。

 俺は少女を少しだけからかった。

「はぁ、相変わらず君は意地っ張りで素直じゃないんだから。」

 少女は上げていた手を自分のおでこに当ててため息をつく。

 漫画やアニメなどでよく目にするあからさまな呆れの仕草をする。

 そのわかり易すぎるアピールをスルーして

「冗談だよ。あんな非現実的なことが出来るのは魔法くらいしかないでしょ。」

素直に肯定を示す。

 少女はわざとらしいポーズのままにやっと口元を上げて

「よーうやく認めてくれたみたいだね。これでも難癖つけられたらどうしようかと思ったよ。まぁ、君のことだから、さすがにしないっていうのはわかってたけどさ。」

と手を下ろして俺に向き直った。

 

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