第3話、旅立ちと後付けの理由

 自分の心の違和感に疑問を抱いていると、ふと先程までの会話を思い出した。

「ってそうじゃなくてだな。なんで急に俺に自分が魔法使いだってことを教えたんだよ。」

とそういうと少女は俯いた顔を上げて、『忘れてた。』とでも言いそうな顔をする。

「あぁ、それを言わなきゃね。」

と俺の予想していた言葉とほとんど同じ言葉を話したあと、次に少女の口から出てきた言葉は

「私はね、もうすぐ死んじゃうんだよね。」

 本来ならもう少し重く暗く話す内容のはずだが、少女は教室で雑談でもするかのようにケロッとしてなんでもなく話す。

「いや、え?」

 意味がわからなかった。言っている言葉の意味は理解出来るが、どうしてそんなに明るくいられるのかが不思議で仕方がなかった。

 訳が分からなくなり頭のなかがこんがらがっているところに

「私は魔法使いだって言ったでしょ。それの代償として寿命が短くなってるんだよね〜。」

という回答が少女から放たれる。

 無理矢理感は否めないが、ようやく魔法使いのくだりとの繋がりが理解できて落ち着いたのも束の間、今度はまた別の衝撃が襲ってくる。

「だからさ、せっかくだから最後に旅でもしようかなって。そういうことだよ。」

 そういうことだよ、ではない。

 でも、実際に考えを直接言われると、なんとなく腑に落ちたような気もした。

 おそらく少女なりの終活をしようということなのだろう。

「なるほどな。でも、なんで俺に声をかけたんだ?」

旅に出かけるなら他に声をかけるでもなく、勝手に行けばいいだろうと思っていると。

「君、さっき死のうとしてたでしょ。」

と、出会ったときと同じように俺の目を真っ直ぐ見て答える。

…図星だった。真夜中に森の奥にある崖に何も持たずにぽつんと1人で立っている。

 そんなのは霊的ななにかでなければ、自殺しようと考えている人に見えるのは道理だった。

 分かりやすかったとしても、心を見透かされたような気がしてとても良い気分とはいえなかった。

 そうして少女から目を逸らして足元を見ていると

「どうせ死ぬんだったらさ、私の最後に付き合って欲しいと思ってね。」

 視界に入れていない少女の方から図々しい考えが聞こえてくる。

「旅は1人でもできる。でもそれだと少し寂しいじゃん。」

 分からなくもない。1人がいいと思うときは沢山あれど、寂しさを感じるものだ。

「君は死のうとしてる。私もすぐに死んじゃう。だったらさ、最後にちょっとだけ世界を見てから人生を終えようかなって思わない?」

 それは君の考えだろう。勝手に俺を巻き込もうとしないで欲しい。

 俺は死にたいんだよ。すぐにでも…すぐ、今すぐに?……違う。俺は目を背けたかったんだ。もう、どうでもよくなった現実から。

「それに…。」

 少女は言葉を続ける。

「1人で死んじゃうと死体が腐っちゃってすごいことになっちゃうんだよね。」

 呆れて思わず顔を上げる。

「どっちかが死んだ時にちゃんと燃やしてくれた方がいいでしょ?」

 少女の顔は笑顔になっていた。

 これは多分、猟奇的な趣味があるとか、サイコパス気質持ちとかじゃなく、場を和ませるための彼女なりの気遣いジョークなのだろう。 

 恐ろしく趣味が悪くグロくて笑えないジョークだけど。

「あれ?笑えなかった?」

「そりゃそうだろ。」

 少女はしたり顔ではなし続ける。

 少女の笑えないジョークのお陰(ジョークのせいと言った方がいいかも)でさっきまでの沈んだ心は少しだけ、地面に顔を出すくらいは浮かんできたかもしれない。

「自殺はすぐにでもできるよ。でも私は君と旅がしたい。どうかな?」

そう言って少女は俺に向かって手を差し伸べる。

 都合がいいやつだ。

 俺は少女に向けられた手のひらを見ながら考える。

 今ここで自分の人生を終わらせるか、少女との旅で命を落とすか。

 目を閉じて自分の心に聞いてみる。それから5分くらいはずっと考えていたかもしれない。

 ぐるぐるとした頭で延々と悩んで、決めた。

 目を開けると、変わらず少女は手を突き出していた。それをじっと見つめて、俺はその手を取る。

「わかった。付き合うよ。結局死ぬのが同じなら、1人より誰かがいた方がいいかもしれないからね。」

 …実際はすごく怖かった。人が、町が、世界が既に怖いと感じるほどだった。

 それでも、自分に真剣な眼差しを向けて、自分を求めてくれているこの少女を無下には出来なかった。

「相変わらず優しいね、君は。」

 少女の顔は元々信じていたと勝ち誇るような、でも少し安心したような笑顔だった。

「じゃあ出発しようか。荷物はいらないでしょ。死ぬための旅なんだし、全部置いていった方が都合がいい。」

 手を解いて、くるりと後ろを向いて少女は歩き出す。

「まぁでも最低限は、ね。」

そう言って置いていたカバンを持ち上げる。

 それを追いかけるように俺も足を踏み出す。

「あぁ、何もいらない。そもそも何も持ってない。持てるようなものは全部なくなったからね。」

「…そっか。」

 本来なら沈んで言葉にも出来ないはずの心の声を、今だけなら明るく、雑談みたいに話すことが出来た。

「どこへ行くんだ?」

 少女は答える。

「あてのない旅だよ。お互いにいなくなるまでの、ね。」

 そうして少女と歩き続ける。

「そういえば、君の名前は?」

  俺は少女に聞く。

「私?そうだな…。」

少女は少し考えて、

「じゃあ私はイベリス。」

思いついたようにぱっと顔を上げる。

「じゃあってなんだよ。」

軽く少女を冷たい目で見ると

「死にに行くんだから名前も捨てるんだよ。」

と意外にもまともな答えが帰ってくる。

 この考えをまともと言えてしまうあたり、俺も少し壊れてきているのかもしれない。

「そうか。」

「君はどうする?」

 少女は清々しいほどに狂った、純粋な目でこちらを見ながら聞いてくる。

「なら…。」

 夜空を見上げながら、それっぽい名前を考えてみる。そして、

「俺は……。」

 ここで口にした名前は、俺は覚えていない。というか仮初の、適当に考えた名前なのだから覚えているはずがなかった。もしかしたら『太郎』みたいな平凡な名前を言ったかもしれないし、『ルシファー』みたいな痛い名前を考えついていたのかもしれない。そんなことよりも、

『イベリス』

 少女の『名前』がずっと心の中に響き続けて、それどころではなかった気がする。

 死ぬための旅というのに変に足取りが軽く、言葉は明るかった。

 雲はなく、月と星がきらきらと旅路を照らす。

 こうして俺たちの終わりへの旅が始まった。


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魔法使いと、いずれ消えてしまう自殺旅 たこ焼き2号 @takoyaki2gou

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