海沿いの道、先輩と二人

takemot

海沿いの道、先輩と二人

 高校の制服に身を包み、玄関の扉を開ける。それを待っていたかのように、冷たい風が僕の顔にぶつかる。


「うう。寒い」


 はて。いつの間にこんなに寒くなったのだろう。つい三日前までは過ごしやすい気温だなんて考えていたはずなのに。そういえば、今朝のニュースで「今日は立冬です」って言ってたっけ。


 扉を閉め、歩き始める。ほんの少し早足。寒さのせいか、肩に自然と力が入る。


 住宅街を抜け、坂道を下り、見えてきたのは海。ここまでくれば、学校まではほぼ一本道。海を横目に、相変わらずの早足で歩き続ける。


「あ」


 ふと気がつく。少し先の方に、見知った女性の背中があることに。


「せんぱーい!」


 彼女に声をかけながら、駆け足で近づいていく。僕の声が聞こえたのか、彼女がこちらを振り返る。大きな瞳。透き通った肌。海風になびく長い黒髪。かすかな微笑みが僕を迎える。


「おはよう。後輩君」


「おはようございます、先輩」


 彼女は、同じ部活に所属する一年上の先輩。絵に描いたような美人という言葉がピッタリの女性。


 軽い挨拶を交わした後、僕たちは横に並んで学校へと歩みを進める。


「先輩。昨日のタイトル戦観ました? 最後、すごかったですよね。将棋AIが予想してなかった手を指して大逆転しちゃうなんて」


「もちろん見たよ。興奮して思わず椅子から立ち上がっちゃった」


 ちなみに、僕たちが所属しているのは将棋部。現在部員募集中。


「先輩でもそういう反応しちゃうことあるんですねー。意外です」


「そんなに意外かなあ」


 ちょこんと首をかしげる先輩。何気ないしぐさのはずなのに、とてつもなく可愛い。思わず息をのんでしまうくらい。


「そ、それにしても、今日は寒いですねー」


 心の動揺を先輩に悟られたくなくて。僕は無理矢理話題をそらした。


「確かに。もう少しあったかい日が続いてほしかったよ」


「同感です」


 頷いて、僕は両手をこすり合わせる。手袋が必要なほど寒いというわけでもないが、何もしないでいるというのも物足りない。かといって、制服のポケットに手を入れるのは、先輩にかっこつけていると思われそうでちょっと嫌。まあ、僕の考えすぎかもしれないが。


「…………」


「ん? 先輩、どうしました?」


 一体どうしたことだろう。先輩が、僕の両手をじっと見ている。


「後輩君。手、寒い?」


「へ? ま、まあ」


「じゃあ、はい」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


「せ、先輩!?」


「私の手、あったかいでしょ」


 僕の両手は、先輩の両手に包まれていた。


「そ、そりゃあったかいですけど……って、ち、近いですって!」


 包み込む手と包み込まれる手。自然と二人の距離は近くなる。バクバクと、心臓が早鐘を打ち始める。手は温かい。けれどそれ以上に、顔がとてつもなく熱い。きっと今、僕の顔はトマトのように真っ赤になっているはずだ。


「だめ? 後輩く……彼氏君」


「だ、ダメってわけじゃ」


「じゃあいいよね」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべる先輩。完全にスイッチが入った証拠だ。こうなるともう止められない。


「え、えっと。せ、先輩」


「ふふ。彼氏君のドギマギしてる姿はやっぱり見てて飽きないや」


「か、からかわないでくださいよ」


「うーん。断る」


「なんでですか、もう!」


 僕はわざとらしく頬を膨らませる。先輩にからかわれるのは日常茶飯事。実はそれほど嫌だとは思っていない。だけど、その気持ちを知られるのは嫌。だって、彼氏として不甲斐ない気がするし。


「おっとあんまりこうしてると学校遅れちゃうね」


 そう言って、先輩は僕の手を放す。冷たい空気が、上がった体温を一気に冷ましていく。


「あ……」


「ん? もしかして、もう少し握ってた方がよかった?」


「そ、そそそんなわけないじゃないですか!」


 顔をそらす僕。視界に広がるのはホリゾンブルー。優しい優しい海の色。

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