第36話 カレンと…前編

 太陽が燦々と照り付ける昼下がり。クーラーの効いた涼しい室内で 、悠斗は二度寝を貪っていた。


ピンポーン!


 そんな惰眠を妨げるように、インターホンが鳴る。


……誰だよ?


ピンポーン!ピンポーン!ピンポーン!


「うるせーな」


 無視を決め込むも、インターホンの連打に苛立ちながら身体を起こす。寝癖のついた頭を掻きながら、玄関前のカメラの画面を見た。そこにはカレンが笑顔で立っている。


「……なんでいるんだ?」


 家を教えた記憶のない悠斗は首を傾げていると、画面越しのカレンは「あれ?ここのはずだけどなぁ」と呟きながら、手元のスマホを見つめる。

 そして、黒い筒状の単眼鏡を取り出すと、悠斗の家のドアに押し当てた。


「あいつまさか……」


 その位置は覗き穴の位置にピタリと一致していた。


「あ、ゆうちゃん、いた」


 廊下とリビングを仕切るドアを開けて、悠斗が顔を出すとカレンは嬉しそうに手を上げる。


「開けてー」


ドンドン!


「……はぁ」


 芸能人のカレンが、インターホンを連打しながらドアを叩くという近所迷惑な行為に、悠斗は溜息を吐く。

 渋々、鍵とチェーンを外すとドアを開けた。


「おはよー」

「おい、犯罪だぞ?」

「ん?何の事かな?」


 カレンは惚けた表情を浮かべると、わざとらしく首を傾げる。


「あ、やっぱり私のあげた人形飾ってくれてたんだね」


 玄関の棚に置かれたアリスの人形を見て微笑むカレン。横には翔子から貰ったアメーバの人形も飾られている。


「……覗き穴、テレビでやってた手口だろ」


 既に証拠を隠滅したのか、歪な形をした肩掛け鞄を悠斗は指差した。


「えへへ、防犯が甘いね、ゆうちゃん」


 悪戯がバレた子供のような表情を浮かべ、舌を出す。


「何しに来たんだ?てか、家教えてないよな?」

「ん〜、この前偶然ゆうちゃんが部屋に入るとこ見掛けたの」

「……偶然ねぇ」

「うん、偶然」


 真意を確かめようと、悠斗はジト目でカレンを見つめるが、視線を逸らす事なく即答する。


「ねぇ、ゆうちゃん。デートしよ」

「……デートねぇ」

「ほら、私、暇になっちゃったし……ね?」

「そういえば、なんで引退したんだ?」


 悠斗の記憶が正しければ、カレンは超新星として人気アイドルグループの一員になるはずだったのだ。なぜ芸能界を引退したのか少し気になっていた。


「ん〜それはデートの話題って事で」


 人差し指を唇に当てながら、はぐらかす。


……まあ、別に良いか


「支度するから待ってろよ」

「はーい」


 こうして、カレンとの唐突なデートが幕を開けるのだった。


***


「可愛い〜」


 ガラス越しにぴょんぴょんと飛び跳ねる子猫を見て、カレンは目を輝かせている。そこは街の中心地にある大型のショッピングモール内のペットショップ。


「ほれほれ」


 幼い子供のように子猫の前で指を動かす。子猫もそれに釣られて、指先を追いかけている。


「猫好きなんだな」

「うん。ゆうちゃん覚えてない?一緒に野良猫に餌あげてたよね」

「……そうだったかな?」


 相変わらず悠斗の記憶は曖昧だった。言われてみれば餌付けをしていた気もするが、それがカレンとだったかすら思い出せない。


「……まだ思い出せないんだね」


 カレンは立ち上がるとサングラスをかけ、店外に向かって歩き出す。その後ろ姿はどこか悲しそうだった。


「悪いな」


 青髪で小太りの女の子がいたような気がする。悠斗の記憶は曖昧で、今のカレンとは結び付かない。

 ただ、何か大事な事を忘れている。そんな気がした。


「昔の私を思い出してくれたらね、言いたい事があったんだ」

「なんだ?」

「まだ言わないよ」


 カレンは振り返ると、悪戯な笑みを浮かべる。そして、悠斗の腕に抱きつくように身体を寄せた。


「おい、恥ずかしいだろ」

「へへ」


 非難の声を上げるも、カレンは嬉しそうだ。


「ゆうちゃんはね、今の私しか見えてないんだもん」

「なんだよ、それ?」


 モール内を歩く二人の横を、家族連れやカップルが行き交う。カレンは悠斗の手を取ると、指を絡ませた。

 指先にカレンの体温を感じて、心臓が高鳴るのを感じる。


 対人スキルの低い悠斗でもわかる明らかな好意。だが、それを素直に喜べない自分がいた。


「それを言うなら、カレンは昔の俺しか見てないよな?」

「……そうかもね」


 悠斗の言葉に一瞬冷徹な表情を見せるが、すぐにいつもの笑顔に戻る。


「ふふ、面白いね?」

「何がだよ」


 意味がわからず首を傾げた。


「真逆って事。あっ、プリクラ撮ろ!」


 カレンはそう言うと、悠斗の腕を引いた。


……真逆ね。


 カレンに引っ張られるままゲームセンターの一画にあるプリクラコーナーに向かった。そこは何台ものプリクラ機が規則正しく並んでおり、若い女の子達で賑わっている。

 二人がその中に入ると、一瞬視線が集まるのを感じた。


「あの子、スタイルめっちゃ良くない?」


 誰かの囁く声が聞こえる。


「……さすがモデルだな」

「元だよ、元」


 悠斗の呟きに、カレンは苦笑いで答える。そんな中、一台の筐体に描かれた女性に目が留まった。

 白い肌に大きな黒い瞳。幼さを残しながらも、透明感のある美少女だ。


「これって……」

「へへ、私だね」


 カレンは恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「これにしようか?」

「任せるわ」


 二人はカレンの顔が描かれたプリクラ機の中に入ると、お金を入れ画面を見ながら操作をしていく。


「なあ、なんで仕事辞めたんだ?」

「ん〜」


 カレンは一呼吸置くと、思案するように視線を悠斗から外した。


「……ゆうちゃんを見つけたから」

「……そんな理由で辞めないだろ」


——好きなポーズ構えて!


 無機質な音声案内が、二人の会話を遮る。カレンはポーズを取ると、悠斗の腕に抱きついた。


——パシャ!


「ほんとなんだけどなぁ」

「どうしたら、それが本当の理由になるんだよ?」

「ん〜」


——次は二人でハートを作ってね!


 カレンはまた視線を逸らすと、カメラに笑みを向ける。互いの指が歪なハートマークを描く。


——パシャ!


「芸能界に入った理由が、ゆうちゃんに見つけてもらう為だったから」

「……はは」


 それは何て言うシンデレラストーリーなんだ?と悠斗は乾いた笑い声を漏らした。


——ギャルピース!


「え?なんだ?ギャル?」

「ゆうちゃん、こうだよ、こう」


 カレンの姿を真似るようにピースサインを仰向けにして腕を伸ばす。


——パシャ!


「プリクラって忙しいんだな……」

「ふふ、そうだね」


——最後にもう一枚!


「どんなポーズしたら良いんだよ!?」

「じゃあ、こうしよ」


 カレンはそう言うと、悠斗に抱きつくように身体を寄せた。悠斗の胸元でカレンが微笑む。


——パシャ!


「お、終わったのか?」

「次はお絵描きタイムだよ」


 催促されるまま外に出ると、筐体の横にあるタッチペンをカレンが掴む。


「色々書けるからね」

「お、おう」


 悠斗もペンを持つが、何を書いたら良いのか全くわからない。そうこうしているうちにカレンが描き込んだ画面が更新されていく。


『祝!初プリ!悠斗♡カレン』


 画面いっぱいに描かれたハートマーク。悠斗に抱きつく姿は、まるで結婚式のワンシーンのようにも見えた。


「なんか恥ずかしいな」

「思い出の一枚だね」


 画面の案内に従ってスマホを操作しているカレン。


「なあ、プリクラって写真が出てくるんだよな?」

「最近のはスマホに送れるから、後でラインするね」

「へぇ」


 プリクラを撮り終えた二人は、再びモール内を歩き始めるのだった。


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