第34話 夏祭り 前編

——今年も阿波踊りは大盛況です!


 つけっぱなしのテレビからそんな声が聞こえてくる。ソファに寝転がりながら、翔子と羅神をしている悠斗。

 夏祭りのシーズンなのか窓越しからは強い日差しと共に空砲の音が聞こえていた。


「今日ってなんかあんのか?」


 操作するアリスで雑魚敵を吹き飛ばしながら、翔子に尋ねる。


「神社でお祭りだって」


 ボイスチャット越しに聞こえて来る翔子の声。画面では赤髪の大剣使いが、ボスを空中に打ち上げていた。


……お祭りねぇ。


「一緒に行くか?ずっと家ってのも退屈だしな」

「……奢りなら行く」


 翔子は悠斗の提案に少し間を開けて答える。それを聞いて悠斗は苦笑いを浮かべた。


「じゃあ、6時待ち合わせな」

「わかった」


 こうして、翔子と夏祭りに行く事になったのだった。


***


 約束の時間。周囲は薄暗く日没前の空は、紫に染まっていた。商店街から神社まで続く道には、提灯がぶら下がり、屋台ののれんがはためいている。

 浴衣や甚平を着た人達もチラホラと見かけ、祭りは賑わいを見せていた。悠斗は待ち合わせの赤鳥居に背を預けながら、スマホを眺める。


「……あいつまた遅刻かよ」


 時刻は6時10分。最後のメッセージは「もう着く」というスタンプだ。


「くじ引きやろうぜ!一等はスイッチだってよ!」

「まじか!行こうぜ!」


 小学生が、そんなやり取りをしながら隣を通り過ぎる。


……結構賑わってんのな


 翔子の姿を探しながらスマホに視線を落とした。すると、画面が切り替わり着信画面に切り替わる。

 そこには翔子の名前が表示されていた。


「もしもし?」

「着いたけど、どこ?」

「どこって赤鳥居の前だけど……」


 赤鳥居の前だが、人通りの多さで翔子の姿は見当たらない。


「こんなに人多いなんて聞いてない」

「俺も……」


 こんなに混雑してるなんて思わなかったと言いかけた時だった。横切る人波の隙間に、翔子の姿を見つける。


「「あ」」


 二人はお互いの姿を確認すると同時に声を発した。彼女は可愛らしい花柄のワンピースに小さなショルダーバッグを肩に下げている。


 普段のイメージと違う姿に悠斗は視線を上下させた。それに反応するように翔子の顔が少しだけ紅潮する。

 そして、恥ずかしそうに目を逸らした。


「……変かな?」

「いや、可愛いと思うけど」


 そう答えると、翔子は更に恥ずかしそうに俯く。


「黒い服ばっかでさ、こういうの着た事なくて」

「前はドクロだったな」


 人々の流れに乗るように、自然と神社に向かって歩き出す。


「そうそう。これ買ったのは良いけど、着れなくて」

「女子みたいだ」

「……は?」


 悠斗が茶化すと、翔子はキッと睨んだ。


……あ、いつもの翔子だ。


 悠斗は安心したように肩を竦ませる。境内に入ると、悠斗達を出迎えるようにお面屋が並んでいた。

 狐の面から子供が好きそうな戦隊モノやヒーローのお面もある。


「悠斗、お金」


 そんな中、かき氷の旗に視線を向ける翔子が悠斗の服を引っ張る。


「はいはい」


 奢りと言っている手前、財布から500円玉を取り出すと翔子に渡した。彼女は嬉しそうに屋台に向かう。

 そんな姿を眺めながら、近くの階段に座ると横の出店に目を移す。


 水の張られた大きな桶の中に、金魚の形をした水風船がぷかぷかと浮かんでいた。子供達がそれを狙って薄い紙の先端に取り付けられた釣り針を垂らしている。

 ただ水に浸かると紙がふやけて切れるのだ。


……懐かしいな。


 悠斗は子供の頃を思い出すように目を細めた。


「お待たせ」


 そんな悠斗の横に青色のかき氷を手にした翔子が腰を降ろす。


「食べる?」


 舌を青く染めた彼女が、もう一本のストローと共にかき氷を差し出してきた。


「ああ」


 悠斗は差し出されたかき氷を口に含む。ブルーハワイの味だ。それ意外に表現のしようがないこの季節の味。


「やっぱ夏はこれだよな」

「だね」


 翔子もストローでかき氷を口に運びながら、その言葉に同意する。


「舌すげー青いぜ」

「悠斗もじゃん」


 二人は視線を合わせると、どちらともなく笑い出した。境内の奥からは祭囃子が聞こえ、提灯の明かりが二人を照らしている。


 行き交う人々の話し声、様々な出店から立ち昇る煙の匂い。その全てが非日常感を演出していた。

 だからだろうか。今日の翔子はいつも見る姿とは違い、女の子らしい可愛さが垣間見える。


「他見に行こうよ」

「元気だな」

「悠斗の奢りだから」


 翔子は立ち上がると手を差し伸べる。その手を取り、再び歩き始めた。


「次はあったかいもの食べたい」

「たこ焼きは?」

「いいね」


 そう頷き合うと、両側に並ぶ屋台を物色する。


「……あ、射的だ」


 悠斗はふと、その出店に目が止まった。子供の頃よくやったなと懐かしむ。


「やる?」

「いいか?」

「うん」


 悠斗は屋台の親父に500円玉を渡すと射的用の銃とコルクを手渡された。コルクを銃の先に強く詰めながらレバーを引き、手を目一杯伸ばして景品に狙いを定める。

 そして、引き金を引いた。


パーン!!


 乾いた音と共に、コルクが景品のお菓子の箱に当たる。しかし、箱はビクともしない。


……まあ、そんな上手くいかないよな


 再度銃を構える。狙うは一番右下のキャラメル箱だ。


パーン!!


 だが、結果は変わらず。


「むずくないか、これ?」

「悠斗、下手」


 翔子は隣でクスクスと笑っている。


「やれやれ。見てられないですね」


 そんな中、背後から聞き覚えのある声がした。振り返るが、そこには誰もおらず。


……あれ?


 不思議に思っていると、服の裾を引っ張られる。


「ここです」


 視線を下に落とすと、狐のお面をつけた小学生ぐらいの背丈の女の子が見上げていた。ピンク色の浴衣を身にまとい、水色の巾着袋からはブランド物の財布が顔を覗かせている。


「「りっちゃん?」」


 悠斗と翔子の声が重なる。


「それ、寄越して下さい」

「あ、はい」


 悠斗は言われるがまま射的用の銃をりっちゃんに手渡した。慣れた手付きでゆっくりとレバーを引くと最後の1発を軽く詰め、真剣な眼差しで狙いを定める。


「コルクは太い方を銃身に入れると、空気抵抗が小さくなって、威力が増すんですよ。奥に押し込むのは厳禁です」

「……へぇ」

「そして、K=(1/2)mv2。運動エネルギーの公式はわかりますね?」

「えーと……」


 りっちゃんに言われるまま、記憶を辿る。


「重さと速さは……正義」

「そうです。次に狙うのは上段の左右……」


パシュン!


 乾いた音と共に放たれた弾は上段のキャラメル箱を回転させながら落としていく。


「また生徒かい?」

「ええ」

「まったく面倒見の良い先生だな」

「可愛い生徒ですから」

「確かにさっきの青髪の子は美人だったな」


 りっちゃんは店主の親父とそんなやり取りをしながら、キャラメルの箱を受け取ると悠斗に手渡した。


「どうですか?先生の腕前は?」

「すげぇよ。ありがとう」

「りっちゃん、生徒のお金で遊んでるの?」

「う、うぐ」


 悠斗は素直に褒めるが、翔子はジト目でりっちゃんを見る。りっちゃんはバツが悪そうに、二人から視線を逸らした。


「良いじゃねぇか。翔だって俺の奢りだろ?」

「まあね」

「奢り……柊君、先生お酒が飲みたいです!」


 りっちゃんは翔子の言葉に乗るように声を上げる。


「ええぇ」


 悠斗は困惑した。確かにりっちゃんが買おうとすれば、断られるだろう。身長だけで言えば小学生と間違えられてもおかしくないのだ。


「買ってあげたら?飲むのは先生だし」

「桜井さんは話が通じますね」


 りっちゃんは嬉しそうに翔子の言葉に頷く。


「……まあ、良いけどさ。身分証持ってきてるよな?」

「当たり前です!さぁ、行きましょう!」

「……たこ焼き食べたい」


 こうして三人は屋台の並ぶ参道に向かって歩くのだった。


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