第31話 リンク

——その動画を決して観てはいけない


 そんな噂がSNSで囁かれている。


「あー知ってる!知ってる!呪いの動画でしょ?」


 インタビューを受けている少女は、手に持ったカップアイスを一口食べてから答えた。


——ソレを観た者は一週間後に死ぬ


「観た事?ないですよ」


 別の男性は笑いながら答えた。


——助かる方法は……


「動画とか勝手に流れてくるし、無理じゃない?ほんとならね?」


——動画に殺されるなんて思いもしなかった


——ソレを再生した途端、全てが狂い出した


——リンク2 大ヒット上映中 君は本当の恐怖をまだ知らない


「「……うわぁ」」


 夜8時過ぎ。悠斗とあいりはリビングでソファーに寝転びながらテレビを見ていた。お盆前のせいなのか新作映画の宣伝なのか、前作であるリンクが放送されている。


 SNSが当たり前になった現代。スマートフォンの普及率は9割を超え、老若男女の誰もが肌身離さず持ち歩いている世界。

 そんな世界がたった一つのアドレスへのリンクで、恐怖の渦に巻き込まれる。


「こえぇ……」


 冒頭でインタビューを受けていた少女のSNSの友人欄に追加される真っ黒いアイコン。


——消えない!消えない!消えない!


 一覧から消してもまた追加されるアイコンに、少女は何度もスマホをタップする。SNSアプリを消してもまた画面に表示されている。

 

——そして、かかってくる着信音


 少女は見てしまったのだ。噂の動画を。流れてくるSNSで不意に。


——真っ黒なスマホ画面に映りこむ大きな瞳


「ひぃっ」

「うわ!」


 あいりが悠斗の腕に飛びつく。画面にはぐったりと倒れた少女の姿。


「びっくりしたぁ」

「俺はあいりの声にびびったよ」


 その後も次々と被害者は増え続け、主役である記者の女性はその謎を解こうと躍起になっていた。

 そんな中、その女性も例の動画を見てしまう。


「邦画のホラーって地味に怖いんだよな」

「うぅぅ」


 あいりは両手で顔を覆いながら、指の隙間から画面を覗いている。時刻は午後9時半過ぎ。物語も佳境に入っていく。


——助かる方法は一つだけ


 唯一の生存者から話を聞けた記者はそう言って、仕事を辞めた。


——それはスマホを捨てる事


 情報社会が当たり前の時代、それは自殺行為に等しい。記者はそれでも生き残る為に、山奥の集落に身を寄せた。

 画面が暗転し、スタッフロールが流れていく。


「……怖かったな」

「あの女の人助かったの?」

「……たぶん?」


 そうと断言できないのがホラー映画の面白い所だ。最後の最後まで、まだ何かが起こるのではないか? そう思わせるからこそ、観客は恐怖の感情を植えつけられるのだろう。


「続き観に行くか?」

「うん!」


 あいりは嬉しそうに悠斗に抱きつく。


……そういえばこいつも幽霊みたいなもんだったな。


 柔らかな温もりを感じながら、そんな事が思い浮かぶのだった。


***


 翌日、悠斗はあいりを連れて街中の映画館を訪れていた。


「あいり、ポップコーンは?」

「いいの〜?じゃあ、りんごジュースとキャラメル〜」


 座席指定のチケットを2枚買った悠斗は、匂いに釣られて売店のカウンター前に来ていた。


「あ、コーラとりんごジュースにポップコーンは塩とキャラメルで」

「……え〜と」


 対応する店員は確認するように悠斗の横をカウンター越しに伺っている。


「お連れ様はどちらに?」


 あいりに話しかけていた悠斗を不思議に思い、店員は悠斗の耳元に視線を送る。


「あ〜先に中で」

「そうなのですね」


 やってしまったと、悠斗は乾いた声を漏らした。幸いにもインカムで誰かと通話していたと勘違いされたのか、店員は特に怪しむ様子もなく、注文品をカウンターに置く。


「危なかった……」


 いや、危ない人に見られたかもしれないと思いながら、トレーを持つと足早に立ち去る。


「なぁ、あいりって食べれるのか?」

「え?食べれないよ?」

「……」


 その答えに思わずトレーを落としそうになる。


……え?じゃあ何?俺一人でこれ全部食べるの?


「えへへ、雰囲気だよ、ゆうちゃん」

「確かに二人で映画って雰囲気だけどよ……」


 チケットも2枚買う必要はなかったのではと思いながら、劇場の入口を潜る。通路を進み1番の札が書かれた劇場内に入り、中段の座席に腰掛けた。


「たのしみ〜」


 あいりは横の空席に座ると、足をパタパタと揺らし始めた。悠斗はトレーを二人の真ん中に乗せると、劇場内の照明がゆっくりと落ちていく。開始を知らせるブザーの音。

 そして、映画が始まったのだった。


——私は間違っていた


 前作の主人公が画面に向かって、そう語り始める。

 それは録画された映像のようで、誰かがそれをスマホで観ている。映像の中では雨音と雷の音が入り混じり、周囲は薄暗く不気味だ。


「……」


 家のテレビとは違う映画館の立体音響に悠斗達は没入する。次に場面が切り替わると、そこは高校の教室内。

 主人公と思われる少女は、同級生達とスマホで動画を観ながら和気藹々と話していた。


……あれ?


その教室内のシーンにカレンが映っている。一番後ろの席に座っている高校生役。エキストラだろうか、セリフもなく1シーンのみの登場だった。


 その後も場面は切り替わり、あっという間にラストシーン。動画のリンクだけで呪い殺されてた人々がネットに繋がるもの全てから逃げれない絶望のラスト。


——私は間違っていた。この文明社会から逃れるはずないのに


 冒頭のシーンが再生されながら、スタッフロールが流れていく。事象は動画投稿サイトから始まったが、全てが繋がってしまったと語られた。

 場内が明るくなり立ち上がる人々。


「やべぇ、今日風呂入れねぇや」

「ふふ、ゆうちゃん子供みたい」


 笑いながらあいりも立ち上がり、二人揃って出口へ向かう。通路には来月上映の新作映画のポスターが貼られていた。


「次はアクション観ようぜ……ホラーはしばらくいいや」

「じゃあ、あいりこれ観たい!」


 指差す先に目を向ける。それは猫が主役のファンタジー映画だった。三作目らしい。


「これなら怖くねぇな」

「うんうん」

「ネトフルで1作目から観ようぜ」

「うん!」


 ロビーに出ると眩しい日差しが降り注いでいる。


「明るいから怖くないね?」

「うるせーよ」


 悠斗が睨むと、あいりは笑いながら走っていく。


……ったく。


 呆れつつも、その無邪気な姿に癒やされるのだった。


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