第30話 コスプレ商店街

 夏休み——それは学生達にとって至福の時。勉学に励む必要もなく、青春を謳歌する為に費やすことが出来る貴重な時間だ。


 悠斗はその貴重な時間を、今日もまた冷房の効いたリビングでだらだらと浪費していた。付けっぱなしのテレビの前では、あいりがちょこんと座りながら、番組を食い入るように見ている。


 ソファで寝転ぶ悠斗は、テーブルに置かれたポテチに手を伸ばしながら、スマホで動画を視聴していた。


——今日、時間あるかな?


 そんな悠斗にカレンからラインの通知が入る。


「まあ」


 ポテチを咥えたままラインに返信を打ち込む。


——神社商店街で仕事してるから、来て欲しいなぁ


 そんなメッセージと共に大量のお願いスタンプが送られてくる。最後のメッセージには『第6回コスプレ大会』のリンクが貼ってあった。

 概要欄を見れば、商店街が主催となって行われているイベントらしい。


 既読がついたことを確認したのか、カレンはまたお願いスタンプを連打してくる。


「わかったって……」


 悠斗は「了解」と返信すると、ソファから起き上がる。


「ちょっと呼ばれたから行ってくる」

「お出かけ?」


 あいりがテレビに視線を向けたまま尋ねてきた。


「ああ、すぐ帰ってくるよ」

「ふーん、いってらっしゃい」


 テレビに夢中なようで、ヒラヒラと手を振るあいり。そんな後ろ姿を微笑ましく思いながら、部屋を後にした。


***


 バスに乗る事、数分。神社を挟んだ大きな赤鳥居の先には、商店街が広がっている。


「コスプレ大会ねぇ」


 その言葉通り巫女服のコスプレイヤーが大剣を片手に鳥居に寄りかかるとポーズを決めていた。そして、友人なのか同じく和風のレイヤーが、それをスマホで撮影している。


 神社に目を向ければ、縁日のように屋台が並び、様々な格好をした男女の姿。そんな光景を目にしながら、悠斗は歩行者天国となっている商店街を歩く。

 道ゆく人々は悠斗と同じような普段着の者から、奇抜な髪型と衣装を身に纏ったレイヤーまで様々だ。


 それ程人は多くないが、立ち止まりポーズを決めているレイヤーにカメラを向けている人もいた。

 街おこしの一貫なのだろうか。カメラで撮影する人よりも、自分の好きなキャラクターで自由に散策している人の方が多い。


「……すげぇな」


 地元の飲食店の店内を見れば、何かのキャラクターに扮装した女性達で賑わっていた。


「……にしても、どこにいるんだ?」


 カレンにラインでメッセージを送る。


——商店街着いたけど、どこだ?


——ほんと?えとね、歩いてればステージがあるよ!


「……歩いてればか」


 まあ、それ程大きい商店街じゃないしな。


 神社から一本道の小さな商店街。横道に逸れれば住宅街が広がる田舎の商店街だ。

 カレンの言葉通り、普段は更地になっている場所に設置されたステージはすぐに見えてきた。


「あ!ゆうちゃん!」


 ステージ横のテントから、カレンが駆け寄ってくるのだが……。


「カレン?」


 その髪色は黒に染められ、その髪形はセミロングに変わっている。そして、悠斗には見慣れた緑が強調された衣装。


「その格好、ウェンディか?」

「どう?似合ってるかな?」


 ウェンディとは羅神のキャラクターであり、カレンの使用キャラだ。

 カレンは悠斗の前で一回転する。ふわりと舞うスカートの隙間から黒い生地が目に入り、悠斗は慌てて視線を逸らした。


「ふふ、これ見せパンだからね?」

「……そうゆう問題かよ」


 悪戯っ子の様な笑顔は、どこかウェンディと重なった。


「その髪……」

「これ?ウィッグだよ?」


 カレンが短い黒髪を手で持ち上げる。


「もうすぐ出番だから、ゆうちゃん間に合って良かったぁ」

「へぇ、その割には……」


 ステージ前を見るが、通り過ぎる人の方が多く、あまり興味を持たれていないようだった。


「はは、私の知名度もまだまだだよねぇ」


 カレンが遠い目をしながら呟く。


「まあ、田舎の商店街だし……」


 普段はもっと閑散としているのだろう。街中の商店街と違いシャッターが降りている店も多い。


「ちょっと心が折れそうで、ゆうちゃんを呼んじゃった」

「……なんだよ、それ」


 えへへと笑うカレン。雑誌やテレビでは見せないような自然な表情に、悠斗も自然と笑みが溢れる。


「だって、あっち一般なのに凄い盛り上がってるの」


 カレンが指差す先には、同じく更地に建てられた簡易ステージ。そこを囲うように数十人のカメラを持った男達がシャッターを切っている。


「……へぇ……え?」


 だが、その注目のコスプレイヤーを見て、悠斗は言葉を詰まらせた。

 真紅の瞳。左手には十字架が垂れ下がり、右手には大きな鎌が握られている。特徴的な白髪が黒いローブに垂れ下がり、雪の様な白い肌が覗いていた。

 そして横には見覚えのある吹き出し……。


「あの子凄いよ。アリスが本当にいるような演技をしてる」


 カレンが感心したように呟く。


「……はは」


 小鳥遊良かったな、プロに褒められてるぞ。アリスになりきっている友人に、心の中で小さく拍手を送った。


「そんな凄いのか?」

「うん。うちのマネージャーがお客さんが引いたらスカウトで声かけるって言ってたよ?」

「……へぇ」


 悠斗は改めてアリスに扮した友人を見る。その完成度に思わず見惚れてしまう。


「あの子、女優になれるよ」

「……へぇ」


 女優。それは不味いのではないかと内心冷や汗をかく。このまま黙っておくべきか?


「どうしたの?」

「いや……その……うーん」

「ん?」


 カレンが不思議そうに首を傾げている。


 どう考えても話しかけた時点でわかるよなぁ。


「……あれ、小鳥遊なんだ」

「小鳥遊?」

「ああ、いつもいるだろ?瓶底メガネのやつ」


 悠斗がアリスに扮した小鳥遊を指差すと、カレンは眉間にしわを寄せた。


「え?……ゆうちゃん、変な冗談はやめてよ」


 カレンが珍しくその綺麗な顔を歪ませている。


「俺も信じたくないんだけど。あの横の吹き出しは美奈な」

「……あ〜」


 美奈が吹き出しのコスプレをしている事の方が説得力があったのか、カレンは納得の声を上げた。


「あ〜ほんとに?」

「ああ」


 だが、まだ納得がいかないのか、アリスに扮した小鳥遊をマジマジと見る。


「……まだ信じられない」

「マネージャーさん、止めといた方がいいぞ」

「うーん、なんて説明しようかなぁ」


 カレンは困ったように唸る。


 すまん、小鳥遊。

 あとは運が悪かったと思って諦めてくれ。


 悠斗は心の中で手を合わせると、最善は尽くしたと自分を納得させた。


「カレンさん、もうすぐ出番ですよ」

「はーい」


 そんな中、スタッフの女性がカレンに声をかける。


「そろそろ行くね。あ、これあげる」


 彼女は悠斗の手に何かを押し付けると、ステージ裏に走っていった。悠斗は手の中のものを確認する。


「アリスの人形?」


 それはキーホルダーに付いた小さな人形だった。「なぜ?」と思うのだが、当の本人は既にステージの上だ。


 そこにはメディアで見るモデルの如月カレンの表情。凛とした眼差しで通り行く人々を見据えていた。

 そして、司会者の挨拶が始まる。


「今日の衣装、可愛いらしいですね」

「はい。羅神っていうゲームのキャラなんですよ」


 カレンが笑顔を向ける度に人々は足を止める。中にはスマホで撮影している人もいた。


「カレンさんがコスプレをやるなんて珍しいですね」

「事務所から好きな服着て良いよって言われたので、これにしました」


 明朗に答えながらも、その視線と声はステージ前に向けられていた。その姿はまさしくプロ。


……すげぇな。


「あのカレンさんが急遽参加。実行委員の方達が喜んでいましたよ」

「その……地元だから断れなくて……」

「ははは、私達にとっては幸運でしたね」


 司会者の笑う声と共に客席でも笑いが起こる。そして、カレンがステージに上がって数分。

 先程まで閑散としていたステージ前が、人垣で埋まっていく。


「あの子、可愛いね」

「スタイル良いなぁ」


 周囲からは、そんな声がちらほらと聞こえた。


「それにしても衣装、凄く似合ってますね」

「ありがとうございます」

「この後は撮影も出来ますから、皆さん最後まで楽しんで下さいね」


 司会者が言うと、カレンはウェンディの勝利ポーズを決める。その姿にシャッターを切る音が響き渡った。


「えー、如月カレン来てるんだ!?」

「え?こんなイベントに?」


 ふと、そんな声が悠斗の背後から聞こえた。小さな商店街のイベントだから、告知不足だったのだろうか。


「なんだ、ちゃんと人気者じゃねぇか」


 悠斗は安心したように、小さく息を吐くと帰路につくのだった。


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