第29話 ゲームセンター
翌日の午前11時。バスを降りた悠斗は繁華街のゲームセンターの前を歩いていた。
「どこいるんだ?」
数十分前のメッセージには「音ゲーしてる」とだけ。店頭に並ぶクレーンゲームを横目に、三階建の建物を見上げる。
「へいへいへいー、そこの君たち、クレーンゲームやってかなーい?」
そんな悠斗の耳に、聞き慣れた声が飛び込んでくる。その声を辿るように入口に視線を向ければ、赤いハッピを着た美奈が、道行く若者を捕まえていた。
「……何やってんだ?あいつ」
この炎天下の中、日陰に一切入る事なく声を張り上げる美奈。そんな彼女と視線が合ってしまう。
「お!ヤンキー発見!」
悠斗を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。その笑顔は真夏の暑さを忘れさせるほど清々しい。
「よっ!うちのゲーセンで遊んでこうぜ」
親指を立てて、店内をクイっと指差す。ああ、翔の行きつけのゲーセンって、こいつがバイトしてるんだったな。
「音ゲーって何階?翔がいるらしいんだけど」
「翔ちゃん?音ゲーなら二階だよ」
「さんきゅ」
悠斗は礼を言い店内に入る。
「翔ちゃんいるなら呼んで来てー」
そう言うと客引きに戻る美奈。その背中はベテラン店員の貫禄が見てとれた。
悠斗は2階に上がると、音ゲーのフロアを歩く。すると、翔が両腕でリズムを刻んでいる姿が目に入った。
コウニズムと名の付けられた筐体と向き合う翔。画面から流れる曲とバーに合わせて、ピアノを弾くように指を滑らせている。
「……うめぇな」
このゲームを知らない悠斗でも高難易度の曲だと分かる程の激しさだ。かなりやり込んでいるのだろう。
翔は悠斗の気配を察したのか、視線だけをこちらに寄越す。そして、ゲームが終わると台から離れて歩み寄ってきた。その額には薄っすらと汗を滲ませている。
「悠斗もやる?」
「音ゲーってやった事ないんだよな」
「簡単だよ。初心者モードあるし」
「やってみるかなぁ。あっ、美奈が呼んでたぞ」
「え?みなっちいたんだ。どこ?」
「入口」
悠斗がそう答えると、翔は足早に階段に向かう。
「悠斗も来いよ」
「え?音ゲーは?」
「後でいいじゃん」
登ったばかりの階段を再び下り、翔の後を追って行く。
「みなっちー」
「お、来たねー」
美奈は翔に気付くと、嬉しそうに手を振った。
「バイトならラインしてよ」
「ごめん、ごめん。寝坊しちゃってさ。3分で着替えてダッシュよ」
美奈はそう言うと、店内を指差す。
「今日も特別サービスしまっせぇ」
外から見通しよく並べられた一階のクレーンゲームコーナーに手招きする美奈。そこにはお菓子やぬいぐるみなど様々な景品が並べられている。
「特別サービスってなんだ?」
「へっへっへ、なんとこの台!あたしの見立てではあと3回以内に取れるでしょう」
美奈はドヤ顔で、1台のクレーンゲームを指差す。そこには有名マスコットの巨大ぬいぐるみが横たわっていた。
「なんでわかるんだよ?」
「確率機だから。三本爪でしょ?」
翔子が説明するが、悠斗の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
「設定があってね。決められた金額まで入らないとアームが激弱なのよ」
「……詐欺じゃないのか?」
悠斗は一見では見抜く事の出来ない仕組みに、訝しげな視線を向ける。
「そういうもんなのよ。んで、あたしはどれが何回回れば取れるかなんとなく覚えてる」
無駄に高い観察力を得意げな顔で言う美奈。それに対して翔子は呆れた視線を向けていた。
「なんで3回以内なんだ?」
「え?お客さんがやってるの見てたから」
どうやら客引きをしながら、クレーンゲームの稼働状況を把握していたらしい。
……変なとこで凄いな、こいつ。
「翔ちゃん、どう?」
「欲しいのじゃないから、いいや」
「そっか~柊は……いらないよね」
「ああ」
悠斗がマスコット人形を欲しがるような人間には見えないのだろう。正解だ。
「入口のも確率機?前はなかったけど」
「あ〜、あれは実力機だけど……」
翔子が興味を示したクレーンゲームは、人通りの多い外に面した場所に設置されていた。
「じゃあ、やる」
「実力機ってなんだ?」
「そのまんまだぜ。上手ければ一発。下手なら……」
最後まで言わせるなとばかりに悠斗の肩を叩く美奈。
……なるほど。
悠斗が納得していると、目的のクレーンゲームに辿り着く。そこには変な形をしたぬいぐるみが積み重なっていた。ジャンルで言えばクリーチャー系なのだろうが、微妙に可愛くない。
「翔ちゃん、これ不人気商品をタダ同然で引き取ったって店長が言ってたぜ?」
「ふーん」
美奈の言葉に興味なさそうな翔子は熱心に筐体の周りを見渡し、景品の位置を確認している。
「なあ?それの何が問題なんだ?」
「いやぁ、問題ないけど、こんなの欲しいの?って思うよね?」
翔子がじっと見つめる先には、可愛いとはお世辞にも言えないぬいぐるみ達。
「アームはMAX設定らしいよ?うちは取れる店だって思わせる宣伝用だってさ」
その間にも翔子は納得がいったのか、一度頷くと100円を投入した。そしてレバーを上下左右に動かすと狙いすましたようにボタンを叩く。
アームがゆっくりと下がり、ぬいぐるみをガッチリと掴むと、そのまま取り出し口まで運んでいった。
「……取れた」
「すげぇ」
絶妙に可愛くない骸骨のぬいぐるみを取り出すと、翔子は嬉しそうに抱き抱える。
「おめでとうございまーす!」
カランカランと、どこからか取り出したベルを鳴らす美奈。
……あ、こいつ仕事中だっけ。
道行く人々から視線が集まるのを感じ、翔子は彼女に不満気そうな視線を送った。
「ごめんねぇ、仕事だから」
美奈は片手で拝むように謝罪する。
「店員さん、全種類取りたいから位置変えて」
「はいはいー」
美奈は腰から鍵を取り出し、筐体のディスプレイを開く。ぬいぐるみの位置を何個か移動させると、再び閉めて鍵をかけた。
「良いのか?」
「仕事ですから」
そして、鳴り響く鐘の音。それに釣られてか、店内のクレーンゲームには人だかりが出来ていた。
「はい、おめでとー」
美奈がぬいぐるみを袋に詰めて、翔子に渡す。
「ありがと。悠斗一個あげる」
袋から取り出したのは最後にタグが引っかかり2個取れたぬいぐるみの一つだ。アメーバ状のこれまた微妙すぎるフォルムがなんとも言えない。
「お、おう」
だが、断るのは悪いと思い、翔子からぬいぐるみを受け取った。
「いやぁ、翔ちゃんのおかげで大盛況だぜ」
美奈がほくほく顔で、店内の混雑具合を確認している。
「あれはやめてよ」
「まあまあ、お代官様こちらを……」
翔子が抗議の声をあげると、美奈がポケットから何かを取り出してその手に握らせる。
「メダル?」
「そうそう、三階で使えるやつ」
悠斗が覗き込めば、メダルゲーム用のコインが20枚ほど握らせられていた。
「掃除の時に拾ったやつだから、安心しな」
「……ありがと」
「へへっ、これはほんの気持ちですよ。これからもウチの店をご贔屓にぃ」
美奈は手を合わせて、揉み手をする。
……なんか悪代官と越後屋みたいなやり取りだな。
「悠斗、三階行こ」
「メダルゲームなら競馬に一点掛けしようぜ」
「え?メダル落としじゃない?」
「20枚だろ?競馬で10倍にしてからじゃねぇとな」
「楽しんできてねー」
そんな会話をする二人を美奈は手を振って見送る。
その後、議論の末、競馬に全掛けしたのだが、「悠斗の馬鹿」の言葉と共に蹴りを食らう事となるのだった。
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