第26話 願いは一つだけ
夏休み前の最後の休日。悠斗は冷房の効いたリビングで、買ったばかりのソファで寝転びながらスマホをいじっていた。
ラインには悠斗を悩ませる二人の名前。一人は桜井翔子。この学校で出来た初めての友人だ。
——付き合ってるわけないじゃん?馬鹿なの?
「そんなハッキリ言わなくても……」
その辛辣な言葉に、悠斗は思わずスマホを伏せる。翔子を異性として意識した事はなかった。
ゲーム友達として馬の合うやつ。それだけだと思っていたのだが……。
「……はぁ」
翔子の言葉で別の感情が芽生えていた事に気づいた悠斗は頭を抱える。
「あーもう」
その原因を作ったのは如月花蓮だ。対人スキルが低い悠斗でもわかる程の好意を向けられているのだ。
忙しい芸能人のはずなのに、悠斗がラインの返信をすれば、すぐに返事が返ってくる。
だが、そんな彼女の好意は今の悠斗を見ているわけではないようだった。遠い昔の幼い頃、朧げな記憶しかない幼少の自分に向いているのだ。
それがモヤモヤの原因になっている。
そして、そんな三人で昨日は羅神をプレイしていた。カレンに対して当たりの強かった翔が、いつの間にかその態度を軟化させ、ベテランとして補佐している姿に驚いたものだ。
「なんだかなぁ」
「どうしたの?ゆうちゃん」
ソフィに寝転ぶ悠斗を覗き込む様に、上からあいりが顔を傾けた。その拍子に長い髪が顔にかかり、サラサラな髪質が頰をくすぐる。
「女心って難しいよな」
「……ゆうちゃん女の子になりたいの?」
悠斗の悩みを勘違いしたようで、少し不安そうな表情を浮かべる。
「違うっての。好きとかよくわかんねぇなって」
「好き?あいりはゆうちゃんの事、大好きだよ」
恥ずかしげもなく純粋な瞳を向けるあいりに、悠斗は顔を背ける。その言葉が今の悠斗を見ていると感じたからだ。
「……ゆうちゃんはあいりの事、好き?」
あいりは悠斗に覆いかぶさると、その顔を覗き込む。そんな彼女と目が合うと、思わずドキリとした。
感じられるはずのないぬくもりが、悠斗の鼓動を早めていく。
「……言わねーよ」
ただ、その一線を越えてはいけない気がした。
「むぅ。ゆうちゃん浮気してるでしょ?翔!?カレン!?どっちなの!!」
「なんだよ、浮気って!だいたいなんでおまえがカレンを知ってるんだ?」
「昨日、仲良さそうにゲームしてたもん!あいり見てたもん!」
頰を膨らませるあいり。
「……はぁ」
どんどん複雑になっていく人間関係に、溜息を吐く。
「二人ともゲーム友達」
「ほんとぉ?」
そう言うと頰を膨らましたまま、悠斗を見つめる。その顔はやはり愛らしく、思わず目を逸らした。
「じゃあ、今日はあいりとデートだね」
「……なんでそうなるんだ?」
だが、行きたい場所があると言うあいりに押し切られ、家を出るのだった。
***
バスを降りた二人の目の前には、大きな赤鳥居が車道を挟んで鎮座している。ここらでは有名な神社だ。
商店街を抜けた先にあり、夏祭りや初詣では参拝客でごった返す。
そんな神社だが、今日の目的はお参りではなく散歩らしい。悠斗はあいりに連れられるまま境内に足を踏み入れた。
森林に囲まれた空間は木漏れ日が石畳を照らし、境内を流れる小川から心地良い水音が聞こえてくる。
「ここって……」
遠い昔の記憶が悠斗の脳裏に蘇る。
——百段階段を登ると、願いが叶うんだってー
誰かがそう言った。記憶は定かではないが、幼い頃よく遊んでいた場所だ。賽銭箱の設けられた境内社を横目に小川を辿れば、小さな池が見えてくる。
「ゆうちゃん!鯉が泳いでるよ!」
あいりは池の端にしゃがみ込むと、子供の様にはしゃぐ。悠斗もその隣で池を眺めた。
エサを求めて水面に上がってくる鯉達を彼女は楽しそうに見ている。
「何が楽しいんだか」
悠斗は池の先の授与所に目を向ける。その先は広場となっていて、縁日には屋台が広がっていた記憶だ。
「百段階段あっちだったよな」
「あっ、ゆうちゃん待ってよ〜」
悠斗は懐かしい記憶を目指して歩き出す。あいりは慌てて立ち上がると、その背中を追いかけた。
やがて見えてきたのは、山道に繋がる長い階段。かなりの急勾配で、真ん中と左右には手すりが備え付けられている。
「これ登り切ると願いが叶うんだってさ」
誰が言ったかわからない迷信を懐かしみながら口にする。
「知ってるよ!登ろ!」
だが、有名な迷信なのか彼女は階段を駆け上がる。その足取りは軽やかで、楽しそうだ。
「まじかよ……」
その姿を追いかけ、長い階段を登り始める。左右の森からは蝉の合唱が鳴り響き、吹き抜けていく風が悠斗の髪をなびかせていた。
「とうちゃーく!ゆうちゃん、早く早く!」
登り切ったあいりが大きく手を振る。
「待ってくれ……」
悠斗も息を切らしながら、その場所に辿り着いた。そこは開けた場所になっており、山道に続く道にはベンチが設えてある。
「こんなキツかったっけ?」
幼い頃の体力とは恐ろしいものだ。
「ゆうちゃんのお嫁さんになれますよーに」
そんな悠斗を他所に手を叩きながら拝み始めた。
「お嫁さんっておまえいくつだよ?」
「16歳だよ?」
「タメかよ……」
中学生くらいかと思っていたが、まさかの同学年に驚いてしまう。もっとも4月生まれの悠斗は17歳なのだが。
「結婚って18からだろ?」
「えぇ!?そうなの!?」
「ああ」
女子は昔16歳からだったらしいが、今は男女共18歳からのはずだ。
「じゃあ、あと一年ちょっとかぁ」
「残念だったな」
悠斗はそう言うと、ベンチに腰掛ける。そして、その隣にあいりも腰を下ろした。木々の隙間から差し込む木漏れ日が、二人を照らしている。
「ゆうちゃんは何をお願いしたの?」
「……なんも」
叶えたい願いが浮かんでこなかったのだ。
「じゃあ、あいりのお願いが優先だね」
「神様ってそんないい加減なのか?」
悠斗は冗談ぽく笑う。
「待っててよね?あいりが18になるまで待っててよね?」
あいりはその冗談を笑い飛ばすと、ジッと見つめた。その瞳は真剣で、悠斗は思わず息を飲む。
「結婚は別として、待ってるだけならな」
「約束だからね?18になったあいりをゆうちゃんが迎えに来るの。あ、神社で結婚式もいいね!」
「……はは」
悠斗はその勢いに思わずたじろいだ。
「思い出の階段に赤い絨毯を敷いて二人で歩こ!」
「登るの間違いだろ?どんな罰ゲームの結婚式だよ……」
そんな将来を夢見るあいり。だが、ベンチに腰掛ける二人の影は悠斗の姿しか映し出していない。
その事実にあいりは気づいているのだろうか?
交わる事のない二人の影。この先にあいりが望む未来があるのかわからない。
悠斗はただその影をジッと見つめる事しかできなかった。
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