第27話 変わりゆく花見景色

 一学期最後の登校日。午前中に終業式を終えると、昼食の時間を迎えていた。

 夏休みの解放感からか、いつもより賑やかな教室で悠斗達は机を囲む。もちろんその中心は美奈だ。


「ねぇ、みんな夏休み何する!?」


 弁当を頬張りながら、美奈が切り出す。


「あたしは部活」

「あたしも〜美奈は?」

「ウチはバイト戦争の最前線に駆り出されてくるぜ!」


 いつもの女子達に親指を立てて、得意げな顔をする美奈。


「翔ちゃんは?」

「ゲームとゲーセン巡りかな」


 美奈が尋ねると、翔子は箸で卵焼きを口に運びながら答えた。


「俺もゲームとネトフルで映画くらいしかやる事ないな」

「良いなぁ、陸上部に入るんじゃなかった……」


 いつもの女子が二人の答えにガクッと項垂れる。


「ふっ、僕は忙しいぞ。アニメとゲームのストックが溜まりすぎてな。新たな推しをこの休暇で開拓しなければならん」

「はいはい。あんたは聞かなくても分かるから」


 自慢気に話す小鳥遊を、美奈は適当にあしらうと「はぁ」と大袈裟な溜息を一つ。


「あんたたちインドアすぎない!?もっと山とか海に行こうよ!」

「蚊に刺されるの嫌」

「暑いから出たくねぇしなぁ」

「……そこに推しはいるのか?」


 呆れる美奈を他所に、三人の答えは変わらなかった。


「私はみーちゃんの意見に賛成〜」


 そんな中、至極当然のように悠斗の隣をキープしているカレンが陽気に手を挙げる。一学年下の下級生なのだが、もう見慣れた光景になっていた。


「良く言ったカレン君。君達、私が招集をかけたら集まるように」

「えぇ!?バイトで忙しいんだろ?」

「さすがの私も四六時中前線に出ているわけではない。良いか?私も遊びたいのだよ、柊君」


 そう言って歴戦の戦士のように腕を組む美奈。なんだか様になっているのが腹立たしい。


「みーちゃんに付き合ってあげよ?」

「外に出るのかぁ……てか、カレンも仕事だろ?」

「ううん、あとちょっとこなしたら長期休み貰ってるの。そしたら、ゆうちゃんと……」


 カレンは嬉しそうに微笑むと、悠斗の腕に手を伸ばす。


「……」

「翔ちゃんとも一緒に遊べるね!」


 だが、翔子の視線に気づくと慌てて手を引っ込めた。そして、愛嬌のある笑顔で誤魔化そうとする。


「……そうだね」


 翔子は視線を弁当に戻して、ボソリと呟いた。


「うぅ、先生も夏休みをエンジョイしたかったです……」


 そして、今日は珍しく陣地に加わっているりっちゃんが、小さな弁当箱をつまみながらしょぼくれていた。本人曰く「如月さんがいるなら先生もー」らしい。

 悠斗はそんな姿に苦笑すると、


「りっちゃんも夏休みじゃねぇの?」


 と、尋ねた。


「補習を受ける生徒の指導とか、研修とかあるんですよ~」

「あちゃー、それはドンマイだね」


 美奈がポンと肩を叩くと、りっちゃんは涙目で項垂れる。


「うぅ、先生もみんなとワイワイしたかったですよ。海でつまみを食べながらビールをグビッと飲んで……」

「……参加する前提なんだ」


 翔子が呆れ顔になる。


「うちらと居る時は絶対ノンアルだからね?」

「そんな!酷いですぅ!先生、大人だもん!」


 美奈が釘を刺すと、りっちゃんは涙目で反論した。悠斗の脳裏には、ビールを片手に砂浜を駆け回るりっちゃんの姿が浮かんでくる。


 ……あ、通報されるわ。


「僕はロリ教師が大人の香りを出す展開は好きだぞ。むしろ、ご褒美だと考えている」

「……小鳥遊君は理科の赤点が欲しいみたいですね」

「な!なんだと!?」


 ……小鳥遊……南無。


 悠斗は心の中で小鳥遊に手を合わせた。


「他の先生を誘ったらどうですか?飲み会ありますよね?」

「ふっ、教員同士で飲む酒ほど不味いものはないですよ」

「……ははは、なんかわかるかも」


 微妙な空気をフォローするカレンに、りっちゃんは遠い目をして答える。働いてるカレンは心当たりがあるのか苦笑していた。


「「……」」


 哀愁を漂わせ遠くを見つめるりっちゃん。悠斗達はどうフォローして良いか分からず、沈黙を紛らわす様に黙々と弁当に手をつけていく。


「あっ」


 そして、しばらく経った後、ハッと我に返るりっちゃん。


「み、皆さん、夏休みに入っても羽目を外しすぎないようにして下さいね。規則正しい生活を心がけるんですよー」


 教師らしくなかった姿を取り繕う様に、先生モードにスイッチを切り替える。


「……だってさ、金髪少年。分かった?」

「なんで俺だけなんだよ」


 空気を読んだ美奈が悠斗に話を振れば、それを聞いた周囲が笑い出す。少し前まで怖がられていた存在だったのに、今ではすっかり花見景色に馴染んでいた。


 悠斗にはそれが心地良く感じられた。そのキッカケを作ってくれたのは美奈だ。

 その美奈は悠斗の視線に気付くと、小さく親指を立てる。そんな彼女に微笑むと弁当の残りに手をつけるのだった。


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