第21話 告白

 月曜日。それはほぼ全ての学生に嫌われる始まりの日。廊下を行き交う生徒達は休日の余韻が抜けきらず、気だるそうに教室へと足を運んでいた。


「ねみぃ……」


 その一人である悠斗は目元を擦りながら、扉を開ける。


「ねぇ、どうだった!?」


 教室に入るなり、小鳥遊の机に身を乗り出す美奈の姿が視界に入った。


「うむ、中々の成果だ」


 小鳥遊はスマホの画面を美奈に見せている。それを横目に悠斗は自分の席に向った。


「すっごーい!半分はあたしの取り分ね!」

「馬鹿を言うな。ここから経費を抜くんだぞ」

「えー」


 小鳥遊が中指でクイッとメガネを上げると、美奈は肩を落とす。


 ……あいつらは月曜日でも元気だな。


 そんな事を思っていると、美奈と目が合った。


「あっ」


 そして、悠斗目掛けて小走りで近づいてくる。その表情は嬉々としていて、思わず悠斗は身を引いた。


「やぁやぁ柊君、おはいおしゅう~!」

「朝から元気だな、佐々木」

「寝てる時以外は絶好調だぜ!」

「……はは」


 悠斗が愛想笑いを浮かべていると、美奈が手の甲で口元を隠し、内緒話でもするかのように顔を寄せてくる。


「いやぁ、旦那も隅に置けませんねぇ……」

「なんの話だ?」


 美奈の真意がわからず、小さく首を傾げる。


「あの難攻不落の翔ちゃんとラブラブとは、どんなノルマンディを決行したんですかな?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべる美奈に、悠斗は怪訝な表情を浮かべた。


「おやおや?では、単刀直入にお聞きしましょう。お二人は既にお付き合いしてる仲なのでしょうか?」


 スマホをマイクに見立てて、悠斗へと向ける美奈。


「は?」


 その突拍子もない質問に、悠斗は素っ頓狂な声を上げた。


「またまたぁ~誤魔化さないで下さいよぉ~。土曜に二人仲良くイベントにいたじゃないですか~」


 美奈がそう言うと、悠斗の頭上にはクエッションマークが浮かび上がる。土曜?二人仲良くイベント?


「アニメゲームフェス?佐々木もいたのか?」

「あー……えーっと……」


 美奈は悠斗の反応に「しまった」と目を泳がせながら冷や汗を浮かべた。その不自然な態度に悠斗はジト目を向ける。

 

……こいつ、何か隠してるな。


「なんで声かけてくれなかったんだ?」

「それはその……やむを得ない事情があって……」


 明らかに普段とは違う挙動に、悠斗はジト目を強める。アニメやゲームに縁がなさそうな彼女があのイベントにいたと言う事は……。


「もしかして小鳥遊に付き合わされたとか?」

「あー……うん、まあ……」


 だが、どうにも態度が煮え切らない。そんな会話をしていた時、小鳥遊がこちらへ近づいて来た。


「さすが我が友、コスプレに理解があって嬉しいぞ。良かったら今後僕たちの……んん!?佐々木何を!?」


 そして、平常運転が始まろとしていたのだが、美奈がそれを遮るように小鳥遊の口を塞ぐ。


「コスプレ?」


 悠斗は首を傾げるのだが、小鳥遊は美奈に腕を掴まれ、教室の隅へと連れ去られてしまう。


「バレるの嫌がってたのに、どういうこと?」

「彼の熱い眼差しに答えるべきだと、僕の第六感が告げたのだ」

「はぁ、まぁ口硬そうだけど……それならさ、翔ちゃんも巻き込もうよ」

「別に構わないが……彼女の場合だと……」


 悠斗を置き去りにし、教室の端でヒソヒソ話をしている二人。


「なぁ、なんの話だ?」

「ストップ!審議中だから質問は後にして!」


 美奈は手のひらを向けて、悠斗の言葉を制止する。


「わ、分かった……」


 その有無を言わさぬ表情に、悠斗はとりあえず納得して頷いて見せた。そして数分後、翔子が教室へと入ってくると、隅でチラチラと視線を向ける二人に気づく。


「あの二人、何してんの?」

「審議中だって」

「なにそれ?」


 翔子は首を傾げるが、悠斗にはそれ以上答えようがなかった。やがて小鳥遊と話がついたのか、美奈がこちらに戻ってくる。


「柊……翔ちゃん……放課後、屋上で待つわ。大事な話があるの」


 それだけを告げると、美奈は席へ戻って行くのだった。


***


 放課後の屋上。夕陽を背に真剣な眼差しで、悠斗を見つめる美奈。昼休みに聞いても「放課後ね」と、はぐらかされてしまったのだ。


「大事な話ってなんだ?」

「柊……」


 美奈はゆっくりと瞳を閉じると、悠斗の目を真っ直ぐに見つめる。そして、大きく息を吸った。


「私……悠斗のことが好きなの!」


美奈は覚悟を決めた様に大きな声で、自分の気持ちを伝える……わけもなく。日の入りの遅い夏の空は未だ青々としており、彼女の横には小鳥遊が立っていた。


「よく来た柊!翔ちゃん!……あれ?翔ちゃんは?」


 相変わらずテンション高めの美奈がキョロキョロと見渡し、小鳥遊はメガネをクイッと上げている。


「あ、興味ないから帰るって」

「あはは、翔ちゃんらしいねぇ」

「代わりに聞いておいてだってさ。って事で手短に頼む」


 早く帰りたい悠斗が催促すると、美奈はコホンと一つ咳払いをした。

 そして、


「知りたい?私たちの秘密」


 またも小芝居を始める。


「……いや別に」

「ちょ、ちょっと!ノリ悪すぎでしょ!ここは『教えてくれ』って流れになるでしょ普通?」

「どうせ、くだらないことだろ?」

「せっかくカッコよくキメたのにぃ~!ムカつくぅ!」


 地団駄を踏む美奈に、悠斗は呆れて溜息を吐く。


「佐々木、回りくどいぞ。僕が話そう」


 見かねた小鳥遊が、美奈を静止した。悠斗は更に話が長引きそうなので、無言で続きを促す。


「どうやら君も僕たちの世界に来る日が来たようだ」

「……」

「僕の秘密を教えよう。これを見てくれ」


 平常運転の小鳥遊から渡されたのは、写真集だった。そこには『天星るきあ』の文字と彼女のコスプレが写っている。


「いや、今更秘密って言う程のもんじゃないだろ?」

「そ、そうか?やはり君は気づいていたのだな……」


 相変わらずよくわからない事を言うやつだと思う。アニメ好きの小鳥遊がコスプレイヤーの写真集を集めていたとして、何が秘密なのだろうか。


「その天星るきあなら、俺も見たぜ。すげぇ美人だよな」

「うん?何を言っている?それは僕だぞ」

「……」


 うん?それは僕?

 写真集の彼女と小鳥遊を見比べる。今日一日の二人との会話を思い返す悠斗。


「あー」


 徐々にパズルのピースが揃っていき、悠斗は思わず声を上げた。


「……マジ?」


 思わず美奈へと目を向ける。彼女は黙って頷いた。


「嘘だろ?」


 この瓶底メガネと天星るきあが同一人物には思えないのだが、美奈はその疑問を解消させるかのように、小鳥遊のメガネをゆっくりと外した。

 その下から現れた素顔は、中性的な顔立ちの美少年だ。


「見えないではないか」


 小鳥遊が美奈の手を振り払い、メガネを掛け直す。


「マジかよ」

「マジ。超マジ。こばとってめちゃくちゃ化粧上手いんだよ?」

「勘違いしないで欲しいが、僕が表現したいのは外見を似せる事だけではない」

「はいはい、魂でしょ?」

「そうだ。愛なくして魂は宿らぬ」


……なに言ってるかさっぱりわかんねぇよ。

 

 二人の会話に、悠斗はついていけなかった。


「僕のアリスを見る君の目には、愛が感じられた」

「そ、そうか?」


 小鳥遊の熱量に押され、思わず返事をしてしまう悠斗。そんなに嬉しそうにされると、とてもじゃないが否定出来ない。


「僕たちは活動の場を広げていく。そのためには新しい仲間が欲しい。二人では出来る事が限られていてな」

「二人?」


 悠斗は小鳥遊の横へと視線を移す。


「あの吹き出しはうちだよ?」

「……ああ、納得」

「なんか反応薄くない〜?」


 いや、あのコミュ力にズレたセンス。まさに美奈のそれなのだ。


「なぁ、大事な話ってこれか?」

「そうだよ?」


 二人がコスプレをしている事が、なぜ秘密なのだろうか。悠斗が腑に落ちない顔をしていると、


「天星るきあは可愛い女の子なの。SNSで身バレすると面倒だしね」


 美奈が小鳥遊を指差す。小鳥遊も同意するように頷いた。


「なら、なんで俺に話したんだ?」


 悠斗は疑問に思っていた事を、ようやく口に出来た。


「それはだね、柊君。信頼だよ、信頼」

「佐々木、小道具作りに人手が欲しいのではなかったのか?」

「……こばと、あんたは黙ってて」


 美奈は小鳥遊の言葉に一瞬苦い顔をしたが、すぐに咳払いをして悠斗に向き直る。


「頼りにしてるぞ、金髪少年。ハッハッハ」


 高笑いと共に去る美奈。それに小鳥遊も付いていく。


「翔ちゃんにも伝えておいてね~」

「……」


 残された悠斗は、その後ろ姿を見送りながら溜息を溢す。


「翔になんて話せばいいんだよ……」


 数時間後。翔子に送ったメッセージに既読がつき『へぇ』というスタンプが返ってくる。

 ああ、俺もこのスタンスで行こうと思う悠斗であった。


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