第22話 再会
あれから数日が過ぎ、今日も平穏な朝を迎えた悠斗は閑散とした住宅街を歩いていた。
「金髪少年みーっけ!」
前言撤回。今日も平穏な朝は訪れないようだ。聞き慣れた声に、うんざりした顔をしながら振り返る。
「……またか」
「いやぁ、今日も爽やかな朝だね〜」
そこに居たのは、おはようと手を挙げる美奈。
「ど?考え直してくれた?」
「悪いが興味ないな」
考えて直してくれた?とは、美奈達のコスプレ活動の手伝いだ。写真集の売り上げ3%という条件らしいが、あいにく金に困っていなかった。
「そんな〜うちら友達じゃん!ねっ?」
美奈は手を合わせて上目遣いをする。
「悪いな」
「うぅ、欲しい物なんでも買ってあげるのにぃ……」
「……パパかよ」
駆け出しの頃は100部も売れなかったそうだが、今では一部界隈で有名なコスプレイヤーになり1000部程度は売れるらしい。
一冊1000円……つまり100万円程の売上、諸経費や販売手数料を差し引けば、手元には30万円程度が残るとか。
「こばとはこだわり強いし、柊なら便利なんだけど」
「そういうのは本人に聞こえない所で言えよ……」
ただ愛するキャラ以外はやらず、細部までクオリティにこだわる小鳥遊のせいで刊行ペースは絶望的。初期の赤字をまだ回収できていないらしい。
「一緒に吹き出しのコスプレとか県外遠征したかったのにな〜」
「温泉街で撮影もだろ?」
「そうそう!ばえるぜぇ」
様々なバイトで鍛えた美奈は意外にも器用で、ここ最近はカメラの腕を磨いていると語っていた。
フォロワー数の割に売上が伸びないのは、構図や背景がワンパターンのせいと分析していて、撮影スタジオを借りるか悩んでいるらしい。
「バイト三昧でコスプレ撮影もって疲れないか?」
「貧乏だからって好きなこと我慢するの嫌じゃん?それに見たまえ!この上腕二頭バイト筋を!」
健康的な二の腕曲げ、バシバシと自慢げに叩いてみせる美奈。
「俺には真似できねぇな」
「柊ってなんか冷めてるもんね〜」
「佐々木が暑苦しすぎるんだよ」
「へへ」
悠斗の返答に、美奈は苦笑いを浮べる。
「人間いつ死ぬかわからないじゃん?だったらやりたい事やらなくちゃね!」
そう言って、美奈は悠斗に向かってビシっと指差す。
「まずはこばとを雑誌の表紙に載せるの!見てろよ〜、金髪少年!」
「ああ、見てる分には楽しそうだな。佐々木も吹き出しのコスプレで載るんだろ?」
「そうそう!わかってんじゃん!」
美奈は満足気に頷き、しばらく歩けば校門が見えてきた。そして、見慣れた景色に異質な黒い高級車が一台。
「なんだあれ?」
「あ、柊は初めて見るんだ」
後部座席のドアが開くと、青髪の女性が降りてくる。ウェーブがかった特徴的な巻髪は肩にかかる程の長さ。身長はそれ程高くないが、遠目からでもわかる小顔でスタイルの良さが伺える。
美少女というには大人びていて、美人と言うには可憐な女性が制服に身を包んでいた。
人通りの多い通学路で、その目立つ容貌は一際目を引くのだが、行き交う生徒達のリアクションは薄い。その不自然な光景に悠斗が首を傾げる。
「あれって如月カレン?」
「うん、人気急上昇中のモデルだよ」
「撮影でもあるのか?」
「……いやいや」
美奈が悠斗の肩をポンと叩く。
「生徒だから。でも告白とかしちゃダメだぜ?あの子、男嫌いだからさ」
「へぇ」
「その反応なら安全そう……」
「東京だと珍しくはなかったからな」
ただ地方都市で、それなりにメディアで見る子が普通の高校に通っている事には驚いたが。
校門に近づくと、カレンが何かに気づいてこちらに右手を上げる。
「みーちゃん!おはよう!」
「おはいおしゅう〜」
「えぇ?なにそれぇ?」
「流行ってんだぜ?ウチの中で」
「あはは、またぁ?」
年頃の少女らしく自然な笑みを浮べるカレン。イベントのパンフレットやテレビで見た印象はもっと冷たいイメージだったのだが、どうやら素は違うらしい。
その整った顔立ちと相まって、素直に可愛いなと思えた。だが、カレンは美奈の横で立ち止まる悠斗に気づくと、警戒した様子で美奈の袖を引く。
その表情は悠斗の知る如月カレンだ。冷たい視線。品定めをするような瞳。そこに先程の可愛らしい少女の面影はない。
「ねぇ、この金髪の人……誰?」
「あ?これ?うちのクラスの転校生、マイルドヤンキーの悠斗だよ」
「その紹介はやめろ、ヤンキーじゃねぇし、誤解されるだろ」
「またまたぁ~初日からカツアゲしてたじゃん~」
「……はぁ」
第一印象は最悪。なんか警戒されてるし、男嫌いだっけ?まあ、いいやと悠斗はスルーして通り過ぎようとした。
「……悠斗?」
だが、悠斗の行く手をカレンが遮る。そして、彼女は悠斗の顔をまじまじと観察し始めた。
「……なんだ?」
「どしたの?」
その行動に悠斗と美奈は首を傾げる。
「……鈴木悠斗?」
カレンは何かを期待する様な眼差しで、誰かのフルネームを口にした。
「鈴木?柊だよ?」
誰と勘違いしているのだろうと、美奈はフォローを入れる。だが、その懐かしい名前に悠斗の記憶が刺激された。
鈴木悠斗。それは悠斗の母親が再婚する前の旧姓だ。この街に住んでいた頃、アパートにはその名字の表札が掛かっていた。
だが、
「えーと、誰だっけ?」
幼い頃の記憶が抜け落ちている悠斗には、この美少女が一体誰なのか、さっぱり思い出せなかった。カレンはそんな悠斗の返答を聞くと、落胆した様に肩を落とす。
「昔、ここに住んでたよね?」
「ああ、なんで俺の旧姓が鈴木って知ってるんだ?」
「ええ?柊って鈴木だったの?」
「親が再婚してな」
「へぇ」
美奈は興味無さそうなリアクションだ。一方、カレンは悠斗との距離を縮めてきた。香水だろうか?ふわりと甘い匂いがする。
「私がわからない?如月花蓮だよ?」
カレンは上目遣いで、悠斗に訴えかけた。その瞳は疑念と期待が混じり合っている。
どうやら本気で誰かと間違えて疑っているらしい。
「わりぃ、昔の事、あんま覚えてなくてさ」
「……そっか。よく街中で遊んだよね?」
街中?悠斗の記憶に残っているのは、城下公園や近所の路地、神社の森の中だけだ。
「人違いじゃないか?街中って遠かったし、遊ぶのも公園や神社とかだった気がする」
悠斗は、その思い出を懐かしみながら答えた。
「なんて公園?」
だが、カレンは悠斗の言葉を否定しない。それどころか嬉しそうに目を細めるのだ。
……人違いだよな?
「……城下公園」
「え?柊めっちゃご近所さんじゃん!」
「え?」
「ウチも昔はあそこで遊んだな〜」
まさかの美奈との共通点。だが、悠斗の記憶に二人の姿はない。悠斗は頭をポリポリと掻きながら、今度はカレンに向き直る。
……うーん。
「私、昔は太ってたから……」
「あー、痩せたのって中学入る前だっけ?」
青髪。小太りの少女。
——ダセー事してんなよ!
いじめられてた少女を助けた思い出が、ふと頭を過る。
——おまえ、名前は?
——かれ……
か細い声で名乗る少女。悠斗はその聞き取りづらい少女の名前を、
「あ、カレー?」
そう呼んでいた気がする。美奈が「はぁ?」という白い目で悠斗を睨んだ。
「……うん!」
だが、カレンは懐かしむ様に突然、悠斗に抱きついた。
「「え!?」」
悠斗と美奈が慌てる中、カレンは嬉しそうに笑う。
「やっと見つけた……ゆうちゃん!」
「ちょ、ちょっ!?」
「あ、ごめん」
焦る悠斗から離れたカレンは一歩下がり、上目遣いで悠斗を見る。
悠斗の胸中は複雑な感情に埋め尽くされていた。朧げにしか思い出せない記憶。その記憶の中の自分に喜ぶ如月カレン。
「ゆうちゃん、昔から変わらないね。大きかったもん」
「デカい……ゆう?」
美奈が思い出すように、顎に手を当てる。
「みーちゃんは知らないかも。ゆうちゃんすぐ引っ越しちゃったから」
「……」
それを聞いて更に美奈は首を傾げた。そして、
「ねぇ、柊」
「なんだよ?」
「他に遊んでた子覚えてる?」
何故か真面目な顔で悠斗に問いかける。
「いや覚えて無いけど……」
「そう……分かった」
「……」
美奈が何を言いたいのかは分からないが、二人とも押し黙ってしまった。
キンコーン
カンコーン
そこに沈黙を破る様なチャイムが鳴り響く。
「やべ」
「あっ」
三人の視線が校舎へと向けられた。美奈が一足早く駆けだし、悠斗とカレンがそれに続く。
「あいつどんだけ足早いんだよ!」
「さすがね、みーちゃん」
美奈に置いてかれた悠斗は下駄箱にたどり着くと、急いで靴を履き替える。そして、顔を上げるとカレンと目が合った。
「ゆうちゃん、もういなくならないでね」
懇願する様な潤んだ瞳で、カレンは悠斗を見つめると一階の教室へと走る。
「……一年なんだ」
そして、悠斗は二階へと続く階段を駆け上がるのだった。
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