第15話 そして月曜日になり、

 翌週の月曜日。悠斗はいつもより重く感じる教室の扉に手をかける。時刻は8時10分。

 ゆっくりと開いた扉の先に翔子の姿はない。


 ……結局、返信もなければ既読もつかないままか。


 空席を眺めながら、荷物を机に置く。「はぁ」とまた溜息が漏れそうになった時、教室の扉が勢い良く開いた。


「おっしゃー!勝った!!」


 右手を高々と上げ、教室に飛び込んできた美奈。


「ぜぇ……ぜぇ……な、なんで僕が……朝から走らなきゃ……」


 その後ろには、膝に手をつき肩で息をする小鳥遊だ。


「はっはっは!こばとよ!基礎体力が足らんぞ!そんな事では灼熱の大地に立ち続ける事など出来ぬわ!」

「……くっ!?確かに……」


 勝ち誇った表情で小鳥遊を見下ろす美奈。


……あいつら何やってんだ?


 そんな二人を呆れた様子で眺めていると、美奈が悠斗の方に駆け出してきた。


「おはいおしゅう〜」

「……ああ」


 そして、謎の挨拶。悠斗は引き気味に言葉を返す。


「あれ?伝わらなかったかな?……あっ」


 美奈は首を傾げると、何かに気づいたように悠斗の背後に視線をずらす。


……なんだ?


 悠斗が振り返ると、そこには眠そうに目をこする翔子の姿があった。悠斗の心臓がドキリと跳ねる。


……落ち着け。


「お、おはよう」

「……おはよ」


 勇気を振り絞った久しぶりの挨拶に、翔子は素気なく返すと席に着く。


「翔ちゃん、おはいおしゅう〜」

「佐々木、朝からうるさい」

「ガーン!」


 翔子の一刀両断に美奈は肩を落とし、トボトボと自分の席に着く。翔子は迷惑そうな表情を浮かべていた。


……いつもの翔子か?


 悠斗は二人のやり取りを不安げに眺めていた。そして、チャイムが鳴ると、


「セーフです!」


 担任のりっちゃんが息を切らして教室に入ってきたのだった。


***


 やがて鐘の音が昼休みを告げると、教室は一気に騒がしくなる。後ろの席で寝ていた翔子を見ると、既に教室から出るところだった。


「声くらいかけろよ……」


 そう思う悠斗だったが、翔子らしいなと苦笑いを浮かべる。「屋上だよな」と思い、教室から消えた彼女の背中を追いかけようとコンビニ弁当を掴んだ時、


「桜井!柊!こばと!集合せよ!」


 またまた教室のど真ん中で仁王立ちする美奈が声を張り上げた。「美奈、私達はー?」と仲の良い女子が苦笑いを浮かべながら陣地を構築する。


「あ〜、翔は屋上っぽい」


 悠斗は困った顔で美奈の前に立つ。


「協調性がないやつだな」


 小鳥遊は構築された陣地に弁当を置くと、一足早くフタを開けはじめている。


……おまえも似た様なもんだろ。


 悠斗はそう口にしようかと思ったが言葉を飲み込む。この状況で頼れるのは、小鳥遊しかいないかもしれないのだ。


「ねぇ、まさかまだ微妙な関係?」

「いや、そのまさかで……」


 悠斗は美奈の問いに肩を竦めて見せる。美奈はやれやれといった様子でため息を吐くと、


「頑張れ……金髪少年」


 その肩を軽く叩く。そんな美奈に苦笑いを向けながら、一人箸を進める小鳥遊を見た。


「なぁ、ギャルゲーで怒らせた女の子と仲直りする……なんて展開あるか?」

「うむ、定番のイベントだな」


 小鳥遊は弁当を食べながら即答した。頼もしいやつだ。悠斗は期待に胸を膨らませ次の言葉を続ける。


「教えてくれ。どうしたらいい?」

「そんなのは簡単な事だ。シナリオを進めて行けば選択肢が2つ、いや、多くて3つ出る。セーブして上から順に進めていけばいい」

「……」


 即答する小鳥遊。美奈達はこれに何を期待していたの?と冷めた視線を送ってくる。

 こいつに聞いた俺が馬鹿だったと思いながら、屋上へ向かうのだった。


***


 屋上の扉を開けると、涼しい風が頬を撫でる。照りつける太陽が肌にジリジリと刺激を与える中、青空の下で翔子はフェンスに寄りかかりスマホを眺めていた。


 片手にはコンビニのおにぎり。相変わらず表情は柔らかいものではなかったが、それは見慣れた姿だった。


「この前のカラオケは本当に悪かった」


 頭をかきながら悠斗は謝る。彼女の表情は変わらない。悠斗に向き直る事なく、スマホの画面を見つめていた。


「いーよ、べつに」


 返ってきたのは素っ気ない言葉。その表情もいつもと変わらない。


「お、おう」


 あまりの無関心さに悠斗の思考は混乱する。


「ちょっとイライラしたけど、ヒトカラですっきりしてきたから」


 スマホから視線を外した翔子は、悠斗に向かい微笑んだ。その笑みに、ホッと胸を撫で下ろす。


「なんで笑ってんの?」


 いつものように横に座る悠斗に、翔子は怪訝な表情を浮かべる。


「いや、ラインの返信もなかったからさ」

「あー」


 翔子はスマホを操作すると画面を見せる。そこには様々な公式サイトからの大量のお知らせが未読のまま表示されていた。


「ごめん、気づかなかった」

「……なんで、そんなに通知きてんだよ」


 悠斗はスマホに表示されている通知の数を見て、呆れたように呟く。


「なんか色々登録してたら、こうなった」

「……整理しろよ」

「そのうちやる」


 翔子は床に座ると、おにぎりを頬張り始める。悠斗もコンビニ弁当の蓋を開けた。いつもの昼休みだ。


「土日何してたの?羅神いなかったじゃん」

「ああ、土曜は出かけてて、日曜は別のゲーム」


 小鳥遊オススメのギャルゲーをやってたなんて言えないなと、口を紡ぐ。


「今、イベントボス出てるんだけど?悠斗、回復出してよ」

「え?イベント始まってんの?」

「ソロだと最上級ダンジョンが厳しいんだよ。ザコ多いし」

「おう、任せろ」


 いつも通りの会話。心地よいリズム。翔子はゲームの話になると饒舌だ。


「期間限定だから、悠斗も徹夜な」

「まじかよ……」


 廃プレイヤーである翔子の誘いに苦笑いが溢れる。そして、一つのワードにある事を思い出した。


「限定って言えば、産業支援センターで羅神の限定スキン配布だってさ」

「……え?なにそれ!?」


 悠斗の言葉に翔子は珍しく大きな声を上げる。


「いや、土日にイベントやるらしくてさ。ライン送るわ」


 悠斗はコンビニに貼られていたポスターの写真をラインで送る。未読のメッセージと共にすぐに既読がついた。

 翔子はスマホを見ながら、目をキラキラさせている。


「行こうよ!悠斗!」


 カラオケの時とは真逆に、翔子のテンションは最高潮だ。


「土日どっちに行くんだ?」

「土曜に決まってるじゃん!?金曜の夜から並ぶ?」

「いや…朝からにしようぜ」


 地方都市のイベントにそんな人が集まるのかと疑問に思いながら、彼女の迫力に気圧されるのだった。


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