第13話 休日のお出かけ遭遇するもの

「……んん」


 カーテンの隙間から差し込む陽の光に、悠斗は目を覚ます。スマホの時刻を確認すると13時を回っていた。


「二度寝しすぎたな」


 今日は土曜日。学校は休みだ。そのままラインを開くが、翔子へのメッセージは未読のままだった。

 溜息をつき、スマホを枕元に置くと立ち上がる。


 初めて出来た友達に嫌われてしまったかもしれない。そう考えるだけで、体が重くなったような気がする。

 悠斗は憂鬱な気持ちになりながら、リビングの扉をあけた。


「ゆうちゃん、お出かけしよ」


 そこには満面の笑みを浮かべるあいりの姿。白いワンピースに肩まで伸びた黒髪が映える。

 その姿はまるで天使のように美しく、陰鬱な気持ちに沈んでいた悠斗の心が浄化されていく。


「お出かけって……」


 特に用事が思いつかず、頭を掻いた。


「……約束」

「ん?」

「約束したもん!」


 悠斗が首を傾げると、頰を膨らませて抗議する。ポカポカと胸を叩くあいり。


「昨日お出かけするって約束したもん」

「昨日……ああ」


 そういえば、そんな話をした気がする。ただ「また今度な」とは言ったが「今日」という認識ではなかったのだが。

 悠斗は、そんなあいりの頭を撫でながらどうしたものかと思案する。


……行きたい所。


 悠斗の頭にふと広い公園が思い浮かぶ。城下公園の文字。名前も忘れていたが、遠い昔に遊んでいた場所。

 ここからだとバスで行く必要があるくらいの距離があったはずだ。


「公園でもいいか?」


 枕元からスマホ拾い、公園の位置を検索しながら尋ねる。


「うん!行く!」


 あいりはパァッと花が咲いたような笑顔を見せた。そして、身支度を済ますと、あいりと共に家を出る。


※※※


 照りつける日差しがジリジリと悠斗の肌を焼く。その横では、あいりが鼻歌を歌いながらスキップをしていた。


「暑くないのか?」

「うん。お日さま気持ちいいよ」


 気温を感じていないのか、足取りは軽やかだ。


「コンビニで飲み物買ってくぞ」

「うん!」


 悠斗は住宅街の一画にあるコンビニを目指す。チェーン店らしく統一感のある店舗。路面側はガラス張りで入口付近には、販促物のポスターが貼ってある。


「あっ、ゆうちゃんの好きなやつだ!」


 その一つを見て、あいりは目を輝かせた。悠斗は大きな窓ガラスの前に立つと、『アニメゲームフェス開催!』と書かれたポスターに目が止まる。

 同時に反射する自分の姿が視界に入っていた。そこにあいりの姿はない。


「どこ見てるの?ここだよ」

「……ああ」


 悠斗があいりの細い指先を見ると、羅神の文字。そこには『限定衣装シリアルナンバー配布!』と大きく書かれていた。


「限定か……」


 魅惑の言葉に、悠斗の心がざわめく。開催日は来週の土日らしい。ポスターをスマホで撮ると、その事を翔子にメッセージで伝えようとラインを開く。

 だが、相変わらず未読のままだ。


……まぁ、いいか。


 スマホをしまうと暑さから逃げるようにコンビニに入る。店内は冷気に包まれていた。

 悠斗は大きく息を吐き、汗が冷えるのを感じながら、冷たいお茶を手に取りレジに並ぼうとするのだが、


「だから小学生じゃありませーん!」


 レジの前で見覚えのある小さな後ろ姿が、店員に抗議している。カウンターには梅酒やサワーが並んでいた。


「あの子、悪い子だね。お酒は二十歳からだよ」

「あはは……」


 あいりに悪い子扱いされたりっちゃんを見て、悠斗は苦笑いを隠せなかった。店員は困り顔で首を横に振っている。


「りっちゃん」


 何度も繰り返すやりとりに、見かねた悠斗はりっちゃんの肩をポンと叩いた。


「ほへ?」


 りっちゃんは驚いた顔で悠斗を見上げる。


「身分証は?」


 外見だけなら悠斗でも信じられないが、これでも担任の先生だ。


「家か車の中なのです」

「はぁ」


 それじゃあ無理だろうと、溜息をついた時だった。


「お兄さん?君の身分証があっても本人じゃないとダメだからね」


 何を勘違いしたのか悠斗を見上げる店員は、そんな言葉をかけてくる。


「いや……」

「そうなの!お兄ちゃん代わりに買ってこいとか酷いの!」

「え?」


 りっちゃんは悠斗の言葉を遮ると、腕に抱きついてくる。突然の行動に悠斗は目を丸くした。


「お会計は一緒ですね」


 金髪で長身の悠斗を疑う事もなく、店員は粛々と会計を始める。りっちゃんは上目遣いで感謝の意を伝えていた。


「ゆうちゃんから離れろです!」


 あいりは、悠斗に密着するりっちゃんを掴むが存在を認識できないのかびくともしない。


……修羅場だ。


 その光景に頭が痛くなった悠斗は、流されるままスマホで決済を済ます。


「お兄ちゃん!今度からお酒は自分で買ってね~」

「……はは」


 どうしてこうなった? 二人を両手にぶら下げたまま、悠斗はレジを通り過ぎるのだった。


***


 店内の冷気から一転。外に出た瞬間、熱気が襲いかかる。じりじりと焼けるような日差しが、アスファルトを焦がしていた。


「ふぅ~。やっとお酒が買えました。柊君、ありがとうございますねー」

「先生、勘弁してくれよ……」


 りっちゃんは梅酒とサワーの入ったビニール袋を両腕に抱え、満足そうな笑顔を浮かべている。


「ゆうちゃん、誰この子!?」


 その横であいりは、警戒心を露わにりっちゃんを睨みつけている。


「あぁ、担任の律子先生だ。あだ名はりっちゃん」


 だから、そんな敵意むき出しで見ないでくれとため息をつく。りっちゃんは悠斗が語りかけた方に顔を向けた。


「ふぅ〜ん、ちっちゃいね」

「いや、本人の目の前で堂々と言うなよ?初対面だろ?」

「う〜ん、たぶん聞こえてないよ?」

「え?」


 悠斗はりっちゃんの顔を見る。今にも「うわぁ」と言い出しそうな表情。


「ひ、柊君、な、何か……見えてるんですか?」


 震えた声で問いかけてきた。周囲をキョロキョロと見渡している。


「……」


 悠斗は思わず、何も言えなくなってしまう。あまりにも自然と会話していたので、あいりが他人から見えない可能性をすっかり忘れていたのだ。


「えーと、見えてるって言ったら?」

「せ、先生をからかわないで下さい!」


 りっちゃんは顔を赤くして、悠斗の胸をポカポカと叩いてきた。


……可愛いな、おい。


 そんな感想を浮かべていると、りっちゃんは急に手を止める。


「先生は、えーっと、その……理科の先生です!」


 目が泳ぐりっちゃん。それは知っていると悠斗は頷く。


「科学的に幽霊なんて、証明できないんですよ!」


 精神の異常や薬物の使用を疑わないのは先生として立派だと思う悠斗。


「そもそも存在の証明は『お互いに認識できる事』と『全ての第三者が二人を認識できる事』の2つの条件が必要です」

「はぁ……」


 早口で捲し立てるりっちゃんに、悠斗は気のない返事をする。


「つまり……仮に柊君が何か認識しているとしても、第三者の私や機械に認識されないという事は存在の証明にはなり得ないのです」


 スマホの画面で周囲を確認しながら、りっちゃんは「うんうん」と頷いている。

 あいりは「ここにいるもん!」と、スマホの前に立つが、その姿が映る事はない。


「けれど……いえ、つまりいない!と先生は断言します!」


 りっちゃんの足が、生まれたての小鹿のように震えている。つまるところ、幽霊は怖いし、信じてもいないという事なのだろう。

 だが、悠斗にはあいりの存在が感じられた。


「難しすぎて、よくわかんないな」

「あはは、第一こんな真昼間から幽霊なんて出るわけないですー」

「苦手なんだな、幽霊」

「そんなわけないじゃないですかー、全然平気です」


 笑って誤魔化そうとしているが、セリフが棒読みだ。


「りっちゃん先生、ゆうちゃんがいつもお世話になってます」


 あいりがお辞儀をして、りっちゃんの肩に手を置く。


「今、肩に手を置いたぞ」


 悠斗はりっちゃんにそう告げる。


「い、いる……???」

「さっきから、ずっと横に」


 りっちゃんはカタカタと震えながら、悠斗の表情から真意を探ろうと凝視する。悠斗は真顔だった。なぜなら、見えているのだ。


「ひ、ひえ~~~~~」


 そんな悠斗の反応を確認すると、りっちゃんは一目散に逃げていく。


「あ、行っちゃった……」


 取り残される悠斗とあいり。


「あいりって幽霊なのか?」

「……分かんない」


 あいりは悠斗の腕にしがみつくと、不安そうな瞳で見上げるのだった。



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