第12話 約束

 帰り道。小鳥遊と別れ、悠斗と美奈は薄暗い街灯が照らす住宅街を歩いていた。


「今日は楽しかったね~」

「あぁ、そうだな」


 悠斗は同意するが、その口調はどこか上の空。


「桜井さんのこと気にしてるの?」

「あ、いやその……」

「大丈夫、大丈夫。いつもあんな感じで……少しは仲良くなれたと思ったんだけどなぁ」

 

 美奈は足を止め、月夜の空を見上げる。釣られて悠斗も足を止めた。

 辺りには静けさだけが残り、たまに車が通り過ぎる音が聞こえるだけ。

 美奈はふぅっと小さく息を吐くと、


「クヨクヨするなよ、金髪少年!下向いてても良い事ないぞ」


 ドンっと悠斗の背中を押す。


「いてッ」


 よろめきながらも、美奈の方を振り返る。


「明日から土日じゃん?きっと忘れてるから、また月曜からアタックしようぜ!」

「なんだよ、それ。忘れてるのは佐々木の方だろ?」

「あはは、バレた?」


 美奈は舌を出しながら笑う。その笑顔に悠斗は、どこか救われたような気がした。

 そして、また歩き出す。


「佐々木はさ、この辺に住んでんの?」

「そうだよ。弟と妹が増えて引っ越したけど、ずっとこの街だぜ」

「そっか。俺も昔はこの街に住んでたんだ」


 美奈の隣を歩き、辺りを見回す。


「あんまり覚えてないんだけどな」

「へぇ〜」


 美奈は悠斗の横顔を興味深そうに見ている。


「こんな金髪、見覚えないけどねぇ」

「そのいじりはもういいだろ」

「はは、じゃあ、あたしこっちだから。まったねー!」


 美奈が手を振ると、悠斗も手を振り返す。しばらくするとその姿は見えなくなった。


「あ、家の前まで送っていけば良かったな」


 女子に夜道を歩かせるのは男としてどうかと気づき、反省するのだった。


※※※


「ただいま」


 悠斗は玄関の扉を開けると、小さな声で帰宅を告げた。スイッチを手探りで探すと、玄関の明かりがつく。


「むぅ」


 真っ暗なリビングから、拗ねるような声が聞こえてきたかと思うと、暗闇に少女のシルエットが浮かび上がった。


「うぉっ!?」

「ゆうちゃん!遅い!」


 心臓が止まるかと思うほど驚いた悠斗に、抗議の声が飛んでくる。


「わ、悪りぃ」


 悠斗の謝罪に、あいりはぷくぅと頬を膨らませた。


 ……次から電気はつけておこう。


 心の中で深く反省する。思わず謝ってしまったのも、暗闇に浮かぶシルエットが得体の知れないモノに見えてしまったからだ。

 悠斗は幽霊を信じない……が、お化け屋敷が得意なわけでもなかった。


「どこ行ってたの?」

「ん?あ、あぁ……ちょっとカラオケに……」


 驚きを誤魔化すように曖昧に答えるが、あいりの目はさらに険しくなる。


「……誰と?」

「えっと……佐々木と小鳥遊と翔」

「もう帰ってこないかと思った」

「そんなわけないだろ」

「……バカ」


 あいりは子供のように抱きつと、その額を悠斗の胸に擦り付ける。悠斗が帰ってくるのを、ずっと待っていたようだ。


「良いなぁ。あいりもおでかけしたいな」

「また今度な」

「むぅぅ」


 あいりは不満そうに唸っている。そんなあいりの頭に、悠斗はそっと手を置いた。


「今日はもう遅いし」

「……約束だよ?」

「うん?」

「おでかけ!約束だよ」


 あいりは上目遣いに見上げる。


「ああ」

「やった〜」


 あいりは悠斗から離れるとクルクルと回りだした。そんな無邪気な姿を見て、悠斗は微笑む。


「……翔に謝っとくか」


 そんな事を考え、スマホを取り出す。そして、「今日はごめん」とメッセージを送った。


「ゆうちゃん、お友達とケンカでもしたの?」


 横から画面を覗くあいりの言葉に、悠斗は苦笑いを返す。


「わかんないけど、怒らせた」


 人間関係をまともに築いた事のない悠斗は、こういう時にどうするのが正解かわからない。だから、謝るしかないのだ。


「そっか。許してくれるといいね」

「あぁ、そうだな」


 既読のつかないメッセージを見て、悠斗は溜息をついた。


「カラオケ楽しかった?」

「ああ、初めてだったけどな」

「何歌ったの?」

「ほら、いつも聞いてるやつ」


 そう言って悠斗は音楽アプリの再生一覧を見せる。


「あいりもね、歌うの大好きだよ」


 あいりはスマホを見ながら、楽しそうに笑う。そして、鼻歌を歌いだした。


 悠斗の知らない曲だったが、あいりはリズムに乗って、体を揺らしている。心地よいメロディが悠斗を夢の世界へと誘った。


「おやすみ。ゆうちゃん」


 やがて、悠斗の意識はまどろみに落ちていったのだった。


——そこは、何もない白い空間。


 地平線の彼方まで広がる空白。目の前には小さな女の子。その子は、いつの間にか悠斗の前に立っていた。

 その少女はニコリと微笑む。だが、顔は見えない。


 女の子は小指立てると、悠斗の小指に絡ませた。


「また一緒に遊ぼうね」


 そう言われた気がする。しかし、悠斗が言葉を返す前に女の子は消えてしまった。そして、何もない白い空間には悠斗だけが取り残される。

 ただ「約束だよ」という声が聞こえたような気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る