第11話 初めてのカラオケ
「はい、3番ルームへどうぞ」
「どもー」
店員に案内された部屋に入ると、美奈は慣れた手つきで、タッチパネル式リモコンを操作する。
「こじま〜いつもの宜しくぅ!」
「た・か・な・しだ!」
美奈のノリノリな言動に小鳥遊がツッコむ。その手にはマラカスとタンバリンが握られていた。
やがて画面が切り替わると、ハイテンションな曲が流れ始める。美奈はマイクを持つと、それっぽいポーズをキメながら踊り出した。
そのダンスに合わせて小鳥遊はマラカスを振り、タンバリンを叩きながら合いの手を入れている。
「Hey!Hey!」
悠斗はそんな二人を呆然と見ていた。
……カラオケってこんなノリなのか?
その疑問に答えてくれそうな翔子は備え付けの受話器で、フライドポテトを注文している。
「ほら!手拍子!手拍子!」
「お、おう」
美奈に急かされ、孤立した悠斗は手を叩くが、ぎこちない。やっと席に戻ってきた翔子は、素知らぬ顔でオレンジジュースを飲み始めた。
「ありがと〜!」
そんな状況のまま、曲が終わる。美奈はマイクを置き、小さく息を切らせながら飲み物を一気に飲み干すと、
「はぁ……はぁ……やりきったぜ」
肩で息をする姿は、まるでコンサートを終えたアイドルのようだった。
……いや、まだ一曲目だろ。
「次は僕の番だな」
「よっ!待ってました!」
美奈の声援に小鳥遊は嬉しそうに頷くと、マイクを握る。画面にアニメの映像が映ると、聞き覚えのあるイントロが流れ出した。
「あ、この曲は知ってる」
悠斗でも聞き覚えがあるくらい有名なアニソンだ。女性アーティストが歌うアップテンポな曲。
その歌を一生懸命に歌っていた……のだが。
「……」
音域が合わず、高音になると声が裏返ってしまっている。トドメはリズム感の狂った美奈のマラカス。
不協和音が部屋中に響き渡る。だが、小鳥遊はそんな事を気にする事もなく、最後まで気持ち良さそうに歌い切っていた。
「グッジョブ!グッジョブ!」
美奈が親指を立てて小鳥遊に拍手を送っている。
「次は〜あれ?曲入ってないじゃん?」
「今食べてるからムリ」
美奈がこちらに視線を向けると、翔子は素っ気ない返事で答えた。
「じゃあ、柊ね!」
「お、俺?」
リモコンを渡され戸惑う悠斗。慣れない操作でランキングの一覧を見ると、いくつか知っている曲があった。
……これなら、俺でも歌えるか。
「お!歌う?」
「ああ」
悠斗はマイクを握ると画面を切り替るのを待つ。流れてきたのはJ-POPの有名な楽曲だ。
深呼吸をするとしっとりとしたバラードを、感情を込めて歌い始めた。
美奈と小鳥遊は曲に合わせてゆっくりと手拍子をしている。翔子はフライドポテトをつまみながら、スマホをいじっていた。
曲が終わり、歌い終わった悠斗はマイクを置く。
「柊上手いじゃん〜、でもなんでヤンキーソングじゃないの?」
「いや、ここはアニソンの流れではないか?空気を読んでくれたまえ」
美奈の何度目かの勘違いに悠斗はまたかと呆れてしまう。小鳥遊は無視だ。
「いや、茶髪にしようとしたら金髪になっただけでヤンキーじゃねぇし……」
「えぇ!?……あははは!」
美奈は驚いた後、腹を抱えて笑い出した。
「ふむ。推しに染まっていた訳ではないのか?」
小鳥遊は複雑そうな表情をしている。
「いや〜柊ってドジっ子属性あるよ〜」
「そんな属性ねぇよ!」
美奈のからかいに、悠斗は声を荒らげる。横からは翔子のクスっと笑う声が聞こえた。
「そかそか〜ヤンキーじゃないのかぁ……あたしの感動を返せ!」
「知らねぇよ!」
困惑する悠斗。そのやりとりを翔子はただ笑って眺めていた。
「もう!気を取り直して二周目行くよ〜」
「忙しいやつだな」
再び踊り出す美奈。小鳥遊のタンバリンに合わせて、悠斗も手拍子をする。
そんな中、翔子がバックを肩にかけ立ち上がると部屋を後にした。ノリノリの美奈と小鳥遊は、気にする事なく歌い続けている。
……トイレか?
そんな考えが浮かぶが、気になった悠斗は後を追いかけて部屋を出る。翔子は廊下を歩いていた。
なんて声をかればいいのか悩む悠斗に、彼女が振り返る。
「なに?」
「あぁ、トイレか?」
「違う。帰る」
翔子はそれだけ言うと、再び前を向いて歩き出した。その背中を悠斗は追いかける。
「え?ちょ、ちょっと待てよ。まだ来たばっかりだろ」
「騒がしいの、やっぱ無理なんだよね」
「いや、翔も歌えばいいじゃん」
翔子は足を止め振り返るが、その瞳は冷たく悠斗を睨んでいるように見えた。
「優斗のせいだから」
「え?……いや、悪りぃ」
意味がわからず困惑する悠斗だったが、彼女が怒っている事を察すると、申し訳なさそうに謝る。
そして、それ以上何も言えず後ろ姿を見送った悠斗は部屋に戻った。
「あれ?桜井さんは?」
「具合悪いから帰るって」
「……そっか。来てくれて嬉しかったけど、無理させちゃったね」
悠斗の嘘に美奈は珍しく真面目な表情になる。
「いや、無理に誘った俺が悪かったよ」
「次は君の番だぞ」
空気を読む事を知らない小鳥遊は、マイクを渡してきた。
「はぁ、こうなったらヤケクソだ!」
美奈のように明るく、それでいて察しが良い人間ならもう少し上手くやれた。小鳥遊のように自分を貫く人間なら悩む事もなかった。そんな感情を歌に込める。
こうして時間は過ぎ、時刻は21時半。
「そろそろ帰ろっか」
美奈の一言に、二人が頷く。デンモクを元の場所に戻し、荷物を纏めている時だった。
「見つけましたよ―!!」
部屋の扉が勢いよく開き、白衣姿の小さな少女が飛び込んできた。その髪は乱れ肩で息をしている。
「りっちゃん!?」
「うふふ、しらみつぶしに色んなカラオケ店に突撃した甲斐がありましたねー」
ソファに座り、嬉しそうにマイクを持つりっちゃん。
「楽しみにしているところ悪いが……」
「なんですか?小鳥遊君」
美奈が苦笑いをしながら、マイクを持つ手を下ろさせる。
「先生、高校生は22時までだから、あたしたちもう帰るよー」
「へっ?」
美奈の言葉に、りっちゃんは目を点にする。
「えぇ~~~~!?」
この日一番の叫び声が部屋に響いたのだった。
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