第10話 訪れる日常

 あれから一週間と少し。梅雨入りも始まり、ジメジメとした空気に放課後を知らせる鐘が響く。


 学校生活に馴染んできた悠斗は、翔子と向かい合い羅神をプレイしている。

 ちなみに翔子と呼ぶ事は厳禁だ。二度と口を聞かないという最終警告を態度で示されたのだ。


 そんな二人の関係を見て、人畜無害だと判断したのかクラスメイトは悠斗をただ髪が派手なだけの男として認識し始めていた。


 それに一役買っているのが、超マイペースな佐々木美奈と、二次元オタクの小鳥遊潤。


 美奈は悠斗に積極的に話しかけ、小鳥遊は熱烈な布教活動に励んでいる。そんな輪の中に翔子も少し距離を置きながら、悠斗が困った顔をする時はクスっと笑っていた。


「どうかね、柊君。仕事には慣れて来たかね?」

「……どこのオッサンだよ」


 クエストにひと段落がつき、背伸びをしていると、美奈が肩を叩く。


「キミに朗報だ。今日は新入社員柊君の歓迎会をやるぞ!」

「俺の?」

「そうだ」


 翔子はそんなやり取りを「また始まった」と、期待と呆れの表情を混ぜながら眺める。


「飯でも食うのか?」

「ふっ、それでは物足りないだろう」

「じゃあ何すんだよ」

「新人の柊君には分からないようだ。では、代わりにメガネくんに答えてもらおう」


 美奈の呼びかけに小鳥遊が、「うむ」と頷くとメガネをクイっと上げる。


……いつからそこに居たんだ、こいつは。


 そんな事を考えているうちに小鳥遊は喋り始めた。


「ふむ。学園モノならファミレスが定番だが、イベントとして物足りなさがあるならカラオケが一番妥当だろう」

「メガネくん、それはなぜだと思う?」

「カラオケにはアニメ映像がある。歌いながら推しが見れるというのは、とても魅力的だ」

「そう!つまりはカラオケだ!私はカラオケがやりたいのだよ、柊君!」


 二人の見解が微妙にズレているようだが、結論は一致しているようだ。ドヤ顔で迫る美奈に、悠斗は顔が引きつる。

 カラオケ未経験の悠斗にとっては未知の世界であり、不安でしかない。


「いや、まだファミレスの方が……」


 そう否定するが、二人はコソコソとスマホをいじりながら話している。そして振り向くと、


「店に予約を入れておいた」

「仕事が出来る男は出世するぞ!はっはっはっ」


 美奈は小鳥遊の背中をバシバシと叩いている。


「おい、待てって」


 二人は乗り気なようだが戸惑うしかない。助け舟を探すように後ろの席の翔子を見る。


「なぁ、カラオケ行った事ある?」


 三人の視線が翔子に向けられる。


「たまにヒトカラしてる」


 その視線にスマホをいじる手を止め、そっけなく答えた。


「なら、一緒に行かね?」

「やだ」


 悠斗の誘いに対して有無を言わせない即答。あまりの塩対応に落ち込みそうになるが、あの二人と一緒に未知の世界に放り込まれるのは不安しかないのだ。


「そこをなんとか。俺が全部払うからさ」

「うーん……どうしようかな」

「頼むよ」


 奢り提案に、翔子は少し考える素振りを見せる。


「飲み放題とフライドポテトもつけてくれるんでしょ?」

「ああ、もちろんだ」


 カラオケの料金システムなどわからないが、悠斗の財布は厚かった。


「じゃあ、行こうかな」

「歓迎するぞ!桜井君」


 翔子が頷くと、美奈は嬉しそうに目を輝かせる。そして、それぞれの荷物を持つと、教室を後にした。


※※※


「久々のカラオケ超楽しみー!」


 人気の少ない廊下に美奈の声が反響する。その横では小鳥遊が「うむ」と頷き、翔子はうるさいなぁと眉をひそめていた。


 そんな並んで歩く四人の中で何を歌えばいいか悩む悠斗は、必死に再生リストをさかのぼっている。


「歌える曲……」

「カラオケうらやましいですー!先生も行きたーい!」


 そう言いかけた悠斗の言葉を遮るように、白衣姿のりっちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねながら立ち塞がる。


「りっちゃんも行くかい!?」

「良いのか?生徒とカラオケなんて?」


 美奈の友達を誘うような言葉に、悠斗は疑問を口にする。


「もちろんです!先生は保護者として参加しますからね!」


 えっへんと胸を張るりっちゃん。その姿を翔子がスマホで撮ると画面を向けた。


「りっちゃん、小学生は18時までだよ」

「失礼です!先生、小学生じゃありません!」

「いや、その身長で小学生じゃないって無理あるだろ」


 悠斗の口から自然とこぼれた追撃が、りっちゃんを撃沈させた。「うぐっ」と胸を抑え、膝から崩れる。


「あはは、土日の昼間に行こうね!」

「小学生は無料の店もあるぞ」


 美奈と小鳥遊が更に追い討ちをかける。


「先生、立派な大人だってば!」


 それでも、りっちゃんは立ち上がりプンプンと抗議するが、その姿に説得力は皆無だった。

 そして、背後に現れる影。


「こんなところに居たんですか、律子先生」

「げっ」


 背後からかけられた声にりっちゃんは動きを止める。そこには音楽の教師が立っていた。


「律子先生、期末テストの問題作成が途中ですよ」

「あははは!そうでしたねー」


 明らかにまずったという表情をするりっちゃん。それを見て、美奈は「お気の毒に」と手を合わせた。


「笑って誤魔化さないでください。締め切りが迫ってるんですよ?」

「あ、ちょっと待って今から……」

「待ちません。今日という今日はやってもらいますからね」

「ひええええ~」


 りっちゃんを抱え、立ち去る音楽の先生。その姿を美奈が合掌で見送る。


「教師って大変だな」

「だね」


 悠斗の呟きに翔子も同意するのだった。

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