第3話 孤独な君は美少女と眠る

 柊悠斗は人見知りである。


 少し語弊があるが、無神経、唯我独尊と宣伝できる程、その心は強くない。

 育った環境のせいもあり、言葉遣いは悪いが、性根は人見知りである。


 そんな自分を変えようと、染めた髪は思い描いていたお洒落なアッシュブラウンを優に通り越して、昭和を思い起こさせる雑な金髪。


 慣れないスキンシップを図ろうとするも、撃沈。

 無神経とは程遠い彼の心を、沈みかけた太陽と共に道連れにするのは、容易な事だった。


 いつの間にか登った階段に、撃沈した心が気づく。何度目かもわからない溜息を繰り返し、部屋の鍵を開けた。


「ゆうちゃん、おかえりー」


 遮光のよく効いた部屋から、いつつけたのか、または消し忘れたのか定かではない明かりと共に、幻聴と幻視が、悠斗を襲う。


「……ただいま」


 高校デビューに失敗し、すっかり意気消沈している悠斗は、その幻聴に答えてしまった。


 この幽霊が見えるようになったのは、何週間前だっただろうか?家を飛び出して、初めての孤独に心が折れそうになっていた時、幻聴が聴こえたのだ。


 悠斗は、幽霊を信じない。


 ただ孤独を紛らわすように、その声に応えてしまった。そして、一度応えたら最後、そう諦めたように薄く笑う。


「ゆうちゃん、学校どうだったの?」

「……最悪だったよ」


 精神科に行こうかな、そんな事が頭をよぎる。だが、しっかりと認識した少女の姿を見て、悠斗は思いとどまる。


 細い二の腕、同じようにスラッと伸びた足は悪く言えば幼児体型だが、太ももの肉を気にする世の女性からは、羨望の眼差しを受けるだろう。


 身長は悠斗より随分と小さいが、洋人形のように整った顔立ちに大きな瞳は、絶世の美少女という言葉を連想させた。

 夏にはまだ早いだろう白いワンピースは、柔らかそうな肌を隠す事もない。


 幽霊だか幻視だかわからないが、孤独な悠斗を思いとどませるには、十分すぎる程だった。

 思わず少女の顔に手を伸ばした。ぷにっとした触感が指先に触れる。


「んん〜?ゆうちゃんのえっちぃ!」


 少女はその可愛らしい頬を膨らませると、照れたように怒った。


「……ははは」


 悠斗は壊れたように笑う。自分が壊れてると実感したからだ。どうも孤独のどん底の中で、とうとう、とんでもないものを生み出してしまったらしい。


「おまえ、名前はなんて言うんだ?」

「うん?あいりだよ?」


 ゆうちゃん、忘れたの?と、不思議そうな顔で首を傾けてきた。その聞き覚えがない、あり触れた名前に数えるのもバカバカしいくらいの溜息をつく。


「それで、あいりは、なんでここにいるんだ?」


 靴を脱ぎ、玄関で出迎えたあいりを横目に、台所へと進む。


「そんなのゆうちゃんが、泣きそうだったからだよー」


 テクテクと音がしそうな歩みで、後ろについてくるあいりが答えた。


「…泣きそうか」


 背後に気配を感じながらも、台所の冷蔵庫を開ける。大手家電屋で39800円で購入したばかりの冷蔵庫だ。


 その低価格な値段通り、上下にシンプルに区分けされたスペースには、男の一人暮らしに相応しい程度のものしか入っていない。


 冷蔵の区画から、冷えたジュースを取り出すと背後の気配の方へと振り返った。


 あいりと名乗る少女の前に立つ。疲れた頭を冷やすようにジュースを口へと運びながら、確かめるように彼女の頭へと右手を乗せた。


「どうしたの?ゆうちゃん?」

「……なんでもない」


 幻聴と幻視が、幻覚へと昇華した事を認めざるを得なかった。無造作に乗せた右手が、彼女の存在を認めているのだ。


「あいりは、帰る場所がないのか?」

「……ないよ」

「……そっか。俺と一緒だな」


 ニコニコとした印象の彼女が、初めて顔を曇らす。その弱さが、自分と重なった気がした。

 だから、それ以上、彼女について聞く気が薄れてしまったかもしれない。最低限整えられた程度しか置いてない家具は、悠斗をより孤独に追い込むのだ。


 冷蔵庫とダイニングテーブルしかない寂しい部屋に咲く一輪の花。幻だろうと味気ない部屋を、彩ってくれるのだ。


「なぁ、飯は食べるのか?」

「食べれないよー。でも、作ってあげる事はできるかも?」


 屈託のない笑顔を向けるあいりに、悠斗はどこか心にもやを残しながら、それを受け入れていた。


※※※


 電子レンジで温めた白米に、レトルトのカレーを勢いよくかけて食べる悠斗を、ニコニコと見守り、他愛のない会話を弾ませるあいり。


 その後は、テレビを見ながらいつものように過ごすと、就寝の時間へと夜は更けていた。


 悠斗は台所に隣接する寝室の扉を開ける。当然のように、あいりはその後を追ってきた。


「なぁ、あいりはどこで寝るつもりなんだ?」

「うん?ゆうちゃんと一緒に寝るよー」


 彼女は広々としたダブルベッドに横になった悠斗に、密着するように潜り込んできた。


 アイドルのような美少女が、息づかいが感じられるような距離で、顔を近づけてきているのだ。深夜の静寂のせいもあり、自分の心臓の音が聞こえてくるような気がした。


 感じられるはずのない彼女の吐息が、肌に優しく触れたような気がした。そう思うとまた、心臓の音は上がり——彼女の柔らかい人肌が、感じられるばすのない温もりが、五感を刺激する。


——トクン


——トクン


 彼女の心音が聴こえてくる。柔らかそうな唇から、息づかいが……。


 その誘うような唇に、吸い込まれそうになるが、


「……ゆうちゃん、エッチな事考えてるでしょー?」

「そ、そんなわけないだろ!?」

「目が狼さんなのです」


 からかうような試すような視線を注ぐあいりに、誤魔化すように背を向けた。

 男なら当たり前だろ!と心で反論しながらも、図星をつかれた悠斗に、その言葉を繋ぐ勇気も経験もない。


 ただ、この幻が孤独を晴らしてくれている事を感じながら、瞼を閉じるのだった。



あいりイメージhttps://kakuyomu.jp/users/siina12345of/news/16818093090457982414


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