第2話 金髪の転校生
「えー、1学期の途中だけど、転校生の紹介だよー」
ここ高校だよな?名前を書くだけで入学できる私立とは言え、高校だよな?
そんな疑問を抱かないといけない程、不安なリズムで切り出す女教師。そして、それを当たり前のように受け入れている面々。
2年C組と書かれた教室の入り口を確認しようかと、悠斗は同級生の視線を一点に集めながら、考えていた。
「さぁ、悠斗くん! 自己紹介をしましょー」
子供のような背丈の女性は、その艶やかな長い髪をふわりと流すように、悠斗の方へと振り向く。
「……柊 悠斗だ」
教室のあらゆる視線に耐えて、絞り出した一言。
そのぶっきら棒な一言は、お洒落とは程遠いオールドヤンキーのような髪色と合わさって、見事な一本勝ちを手に入れた。
つまり、この場を制した静寂である。悠斗に悪気はない。ただ自己表現が苦手なだけである。
そして、ただガラの悪いヤンキーにしか見えないせいである。
だが、そんな悠斗に絡もうとするヤンキーもいない。もうそんなオールドヤンキーは、絶滅危惧種なのだ。
つまり、悠斗の高校デビューはある意味で成功した。いつもどおり悪い方向にだと、付け加える必要はあるが。
「……はい!悠斗くんに拍手ぅぅ!」
壊れた猿人形のように手を叩く教師。
それに釣られて、生徒達も手を叩き始めた。
ただ、悠斗の風貌に威圧されてか、まったく気持ちも音もこもってない、不揃いな拍手達だ。
こんなはずじゃなかったのにと、女教師に指を差された空席へと向かう。窓際、後ろから2列目の席だ。
後ろの席のやつは——寝ていた。
机の上に教科書を垂直に立てて、その影に隠れれるはずもないのだが、十字に組まれた腕を枕に、気持ちよさそうに熟睡していた。
そのあまりの寝入り方に感心しながら、席につく。
開け放たれた窓から、春と夏が混じる知らせが、白いカーテンを揺らす。後ろのやつの気持ちを理解するかのように、午前が過ぎ去っていった。
※※※
「なぁ、おまえ、誰?」
午前があっという間に終わり、昼休みの鐘が腹時計と意気投合する時刻。後ろの席から、眠そうな声が飛んできた。
「今日、転校してきたんだよ」
悠斗は振り向くと、律儀に返してやった。
内心では喜んでいた。自己紹介は失敗。第一印象はおそらく最悪。そして、弁解の余地を与えられない敵地なのである。
そんな悠斗に、おまえ呼ばわりしようとも接触してきたのだ。
「ふぅ〜ん、デカいね。身長いくつ?」
後ろの席のやつは、美少年という表現が相応しい程、整った顔立ちをしていた。同じブレザーを着ているとは思えない程、よく似合っている。
「176だったかな」
特別デカいとは思わないが、この美少年が小柄なんだろう。教科書で隠れようと挑む程度には。
「へぇ、いい壁になるじゃん」
「……ん?」
どこか歯車の合わない会話に疑問を浮かべる。たが、後ろの席のやつは、一人納得すると素早く立ち上がり、教室を出て行ってしまった。
「……なんだあいつ」
その呟きには、誰も答えない。
一部やり取りを見ていた生徒達は、ケンカにならなくて良かったと、胸を撫で下ろしていた。
やがて教室は、いつもの定位置のように机を動かす。昼食の時間なのだ。友達同士、食卓を飾るのだ。
当然、悠斗の居場所はない。
悠斗はその動きを見ながら、その誤解される風貌からは想像もつかないノミのような心臓で、ありったけの勇気を振り絞った。
「なあ、俺も一緒にいいか?」
声をかけた先には二人の男子生徒。気弱そうなその風貌に目をつけたのだ。
「あ、僕達、今日は他の場所で食べようかなって話してたんです!」
「そうそう、天気もいいしね!」
悠斗の淡い期待を、無情にもハンマーで叩き割る。誰でもわかる拒絶の言葉。
「……ああ」
なんとか返事を絞り出した悠斗は、一人寂しく昨日買っておいた賞味期限の怪しいコンビニ弁当を広げた。
教室内には、あちこちで花が咲いている。楽しそうに交わされる会話の花だ。悠斗はその花見景色に交じる事もできず、箸を口へと運んでいた。
「早く学校終わらないかなぁ」
その呟きに、花を咲かせる者はいない。
窓辺から澄んだ青空が、心地よい日差しをエールを送るように、さんさんと降り注いでいた。その曇天の心模様を、懸命に晴らそうとするかのように。
けれども、そんな初夏の日差しも虚しく、午後はあっという間に過ぎ去る。
「起立!礼!さよなら!」
「みんなー、気をつけて帰るんですよー」
小学校か?とツッコミたくなるような担任の言葉を最後に、クモの子を散らすように教室を去る生徒達。
後ろの席のやつも、いつの間にか消えていた。ちっぽけな勇気を、消えかけている勇気を振り絞ろうとしていた悠斗は、肩を落とす。
「はぁ、帰るか」
高校デビュー1日目は失敗。変えすぎた外見は、悪い方向へと導いたらしい。
くすんだ金髪は、悠斗の心情を適切に現す事もなく、かったるい授業がやっと終わったぜ、という空気をかもしだしていたのだった。
こんなはずじゃなかったのに——背中を丸めてため息混じりに廊下を歩く。
窓ガラスには友人と帰路につく学生達の姿が、悠斗を嘲笑うかのように映し出されている。
「そこの君、待ちたまえ」
そんな悠斗の背後から、声が聞こえてきた。思わず後ろを振り返れば瓶底メガネをかけた男子が、じっと見つめている。
「……俺か?」
「あぁそうだ。君のことを言っている」
その分厚い眼鏡は彼の視線を遮り、表情が見えない。威圧感を感じる言葉遣いに悠斗はゴクリと息を飲んだ。
「ふっ。その金髪、なかなか綺麗に染まっているな」
「……は?」
男子生徒の口から放たれた意外な言葉に思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「実に見事だ。こだわりを感じる」
「そ、そうか?」
初めて金髪を褒められた悠斗だが、内心は混乱していた。いきなり何を言ってるんだコイツは……である。
そもそも、これのせいで今日一日、散々な思いをしたのだ。そして、ムラのあるコントラスト。
だが、彼は嫌味を言っているようには見えない。だから、悠斗の頭は混乱していた。
「うむ。似合っているぞ」
「あ、ありがと……」
妙に古風な言い方が気になるが、その勢いに流されるままに礼を言う。その誤解を招く風貌とは真逆に対人スキルは低く、突拍子もない話に対応ができないのだ。
「なるほど。君の推しは金髪なのだな」
「お、推し?」
「金髪というとfaceのウェイバーか……いや、もしかしたらアイライブの絵美かもしれない……しかし、はかないの星希の可能性も……」
そんな悠斗を無視して、瓶底メガネが、何やら早口でぶつぶつと独り言を呟いている。自分の世界に入り込んでいる姿に恐怖に似たものを感じた。
「あぁ、いや…俺、別にアニメそこまで詳しくないから」
「ん?その金髪、二次元から影響されたのではないのか?」
「いや、まったく……」
「すると、君はもしや三次元推しか? うーむ、残念ながら、そっちはノーマークなのだよ。良かったら僕に教えてくれないか?」
瓶底メガネがズンズンと詰め寄り、顔を近づけてくる。
「なんだよ。こいつ……」
悠斗が少しずつ後ずさる。登校初日から孤独を味わい、帰ろうとしたら危ない男に絡まれる。とんだ災難だ。
「あ、ちょっと君!」
これ以上は無理だ。付き合いきれない。そう思った悠斗は、瓶底メガネの話が終わらないうちに、足早にその場を離れたのだった。
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全肯定の美少女が幽霊なんて些細な問題だ! 少尉 @siina12345of
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