第44話 宝探し
この日は懐かしい夢を見た。
この前久しぶりにミズキと遊んだからかな。
小さい頃のミズキはいつも姉ちゃん姉ちゃんって言ってて可愛かったな。
思春期に入って年相応に距離が空いたかと思ったら、大学生になった頃からふとした瞬間に怖い顔をするようになって⋯⋯
それが最近は驚くほど丸くなった。
女神みたいなあの子のお陰かな。
その辺りは後ほど本人に聞くとして⋯⋯
これは私が小学三年生、ミズキが小学一年生の時に実際に起こった出来事だ。
この日、私たち家族四人は遊園地に来ていた。
アヤメはまだ生まれる前だった。
「やったー! 私、お姫様のお城に行きたい! あと、ゴーゴージャングル!」
「俺は海賊船とお化け屋敷とファインドモンスター!」
私とミズキは園内に入ってそうそう、行きたい場所をたくさん挙げた。
「あぁ、全部行こう。順番に行こうな」
お父さんは何日も前から私たちの乗りたいアトラクションを効率よく回るルートを検討してくれていた。
園内マップを広げ、遊園地のホームページに表示された待ち時間と照らし合わせながら、ルートを組んでいる。
「よし。お城が一番閉まるのが早いからまずはお城に行こう。その後お化け屋敷だ。それから⋯⋯」
「あ! クマさんが来た! 一緒に写真撮ってもらわないと!」
「姉ちゃん待って! 俺も!」
園内の人気キャラクターが歩いてくるのを見つけた私たちは、お父さんの説明を最後まで聞かずに飛び出して行った。
でもそんな私たちのことを、お父さんとお母さんは優しい目で見つめていた。
希望のアトラクションを乗り尽くし、食べたいものを食べ尽くした私たちは、最後にお土産屋さんに来ていた。
「二人とも好きなものを選んでいいわよ」
お母さんの一言に、ウキウキしながらお土産屋さんを見て回った。
このぬいぐるみにしようかな?
でもこっちのコップもキラキラしててかわいいし、このハート型の小物入れも捨てがたい⋯⋯
「俺はこれにする!」
ミズキが見せてきたのは、この遊園地限定のミニカーだった。
園内を走る汽車の形をしていて、キャラクターの絵も描かれているので、お土産にぴったりだ。
お洒落な色使いなので大人になってもそのまま部屋に飾っていられそう。
「いいじゃん! 私はどうしようかな⋯⋯」
早く決めないと。
少し焦り始めたところで、運命の出会いを果たした。
「私、これにする⋯⋯」
目を惹かれたのは、人魚姫のブレスレットだ。
ゴールドのチェーンにピンクと水色と白の小さいビーズが通されていて、貝殻のモチーフが揺れている。
小学生が持つには大人っぽいデザインだけど、一目惚れしてしまったから仕方ない。
他にもお菓子などたくさんお土産を買ってもらった私たちは帰路についた。
私はブレスレットを早速左手首につけた。
次の日
学校から帰って来た私は、自分の部屋に戻り、すぐにブレスレットをつけた。
それからベッドに寝転び、夢中でブレスレットを眺めている内に夜になった。
――コツンコツン
シロちゃんが窓を叩いている。
急いで窓を開けるとパタパタと飛びながら部屋の中に入って来た。
今日はシロツメクサを持ってきてくれたみたいだ。
「ありがとう。シロちゃん」
お花を受け取り、シロちゃんの頭やくちばしを指で撫でる。
シロちゃんは気持ちよさそうに目を閉じていた。
「そうそう、シロちゃん見て! 昨日遊園地でこのブレスレットを買ってもらったの! すごくきれいでしょ? ちょっと大人っぽいけど、そこがまた良くって⋯⋯」
私はシロちゃんにブレスレット見せた。
「もう、何時間でも眺めてられるんだ⋯⋯って、やば! 宿題してなかった」
ブレスレットに夢中だった私は、宿題の存在をすっかり忘れていた。
急いで机に向かうと、シロちゃんは私の肩に乗り、漢字ドリルを一緒に覗き込んでいた。
それから一週間が経った。
その日は家族で川遊びに来ていた。
もちろんお気に入りのブレスレットも付けている。
「ひゃー冷たいわね!」
お母さんは裸足になり、川に足を入れて嬉しそうに笑った。
この川は岸の近くは足首くらいの深さで、流れも緩やかなので安全に遊べる場所だ。
「姉ちゃん!」
突然後ろからミズキに声をかけられる。
「なに? わっ!」
振り返ると水鉄砲で顔に水をかけられた。
ミズキは私の反応を見て嬉しそうに笑っている。
「こら! 十倍返しにするから!」
私は川の水を手ですくって、ミズキにかけた。
たくさん水遊びを楽しみ、帰宅時間になった頃、ふと左手首に違和感を覚えた。
⋯⋯⋯⋯うそ。ブレスレットがない。
「どうしよう。どこかで落としちゃった⋯⋯」
一気に血の気が引いて行くのがわかる。
急いで自分が歩いたであろう場所を探し回るも見つからない。
お父さん、お母さん、ミズキも一緒に探してくれたけど、最後まで見つけることはできなかった。
「ごめんなさい。失くしちゃった。持ってきちゃったのがいけなかったの⋯⋯っ⋯⋯っ」
私は我慢できずに泣いてしまった。
「ブレスレットはまた買えばいいから。な?」
「そうよ。元気出して」
「俺のお菓子、分けてあげるから」
みんな私のことを優しく慰めてくれた。
とはいえ、簡単に気持ちを切り替えられるはずもなく、帰宅後も自分の部屋で泣いていた。
――コツンコツン
シロちゃんが来てくれたみたい。
私は手で涙を拭ってから、窓を開けてシロちゃんを中に入れた。
今日持ってきてくれたのは菜の花だった。
「ありがとう」
私の元気が無いことに気がついたのか、シロちゃんは私の腕に頭を擦り寄せて来た。
あれ?なぜかシロちゃんの身体が少し湿っているような気がする。
「シロちゃんもどこかで水遊びしてきた? 汗かいてるってことはないよね?」
シロちゃんの身体をそっと持ちあげ、身体を観察する。
特に異常はなさそうだけど⋯⋯
それからタオルでシロちゃんの身体を優しく拭いてあげた後、今日あった悲しい出来事を聞いてもらった。
シロちゃんは私の顔をじっと見つめていた。
さらに一週間後、この日はサフランとサルビアがミズキに稽古をつけると言うので見学していた。
場所は敷地内にある洞窟だ。
「ハッハッハ! 見たまえ、この美しい技を!」
サフランが両手を大きく広げ威圧を使うと、身体の周りを真っ赤なバラの花びらが舞いはじめる。
サフランが手をかざすと、その方向にバラの花びらが飛んでいった。
「サフラン様⋯⋯お見事ですが、ミズキ様には基礎的な内容がよろしいかと⋯⋯」
サルビアは困ったような顔をしている。
「何を言っている。まずは美しい私の美しい技を目の当たりにすることで、モチベーションが上がるというものだ。そうだろう? 坊主?」
サフランはミズキに同意を求める。
「俺、そういうキザなのはあんまり好きじゃないんだよね」
ミズキは教えを乞う立場のくせに、サフランの発言をバッサリと切り捨てた。
本人はああ言うけど、私の中ではミズキってキザな所があると思うんだけどな。
それからも威圧の訓練は続いた。
興味本位で見学していた私は、少し退屈になってきたのと、喉も渇いてきたので静かに洞窟を出ることにした。
洞窟を塞いでいる扉を静かに開けると、そこには信じられないものが落ちていた。
「え!? 私のブレスレットがどうしてこんなところに!」
あの日、川で失くしたはずのブレスレットが確かに目の前にあった。
ブレスレットが歩いて帰って来るわけがないから、誰かが見つけて置いてくれたんだろう。
でも、この時の私はそんなことまで頭が回らなかった。
「お母さん! ブレスレットがあったよ!」
私は大喜びでお母さんに報告しにいったのだった。
「ふぁ⋯⋯よく寝た」
懐かしい夢だったな。
ちなみにあの時のブレスレットは今でも取ってある。
私は机の上の宝箱を開けて、ブレスレットを取り出した。
この宝箱はオルゴールと一体型になっていて、フタを開けると音楽が流れるようになっている。
流れる曲は人魚姫のテーマソングだ。
久しぶりにブレスレットを左手首にはめる。
うん。大人になった今ならしっくりくる。
今日はそのままブレスレットをつけることにした。
――コンコン
「サクラ、入るぞ」
トウキが襖を開けて入って来た。
「トウキ、今日も来てくれてありがとう」
私は彼の首の後ろに腕を回し、挨拶代わりの短いキスをした。
「あぁ。そのブレスレット、懐かしいな。よく似合っている」
トウキは私の手を取り、ブレスレットを眺めた。
「そっか、シロちゃんにもこのブレスレットの話をしたもんね。実は、今日はこのブレスレットを失くした時の夢を見て⋯⋯」
トウキに夢の内容を説明していると、ふとある考えが思い浮かぶ。
「もしかして、このブレスレットを見つけて来てくれたのってトウキ?」
「そうだ。だが、謝らなければならないことがある。俺はあの日、鳥の姿でサクラたちの川遊びについて行った。そこで俺はサクラのブレスレットが川に落ちる瞬間を見ていたんだ。しかし、正体を明かすわけにもいかず、サクラたちが帰ったあとに慌てて探したが、すでに流された後で、すぐには見つからなかった。そこから一週間近くかかってようやく下流の川底の枝に引っかかっているのを見つけたんだ。悲しい思いをさせて悪かった」
この悪魔はなんて優しい心を持っているんだろうか。
落としたのは私の責任なのに、自分が悪かったと謝ってくれる。
それに、あんなに冷たい川の中を一週間もかけて探してくれたんだ。
私を悲しませないために⋯⋯
「もう。トウキは優しすぎるよ」
愛しさのあまり、思わず勢いよく抱きついてしまった。
それでもトウキはしっかりと受け止めて抱きしめてくれた。
「幼いサクラが泣いているのが、可哀想だったんだ。黙って見ているなんてできなかった」
トウキは優しい目で私を見つめながら頭を撫でてくれる。
「ありがとう。すごく嬉しかった」
「ならよかった。頑張った甲斐があった」
トウキは柔らかく微笑んだ。
「他にもトウキは私の知らない所で色々してくれてたんでしょ? 全部教えてよ」
甘えるようにお願いしてみる。
「自分から言うのは気恥ずかしいから、そのうちサクラが気づいてくれればいい」
トウキは照れたように言った。
本当にこの悪魔は、どうしてこんなに謙虚なんだろう。
「トウキ、大好き。私はちゃんと見つけるからね」
もう子どもじゃないことをアピールするかのように、自分から大人のキスをした。
私はこれからも少しずつ、この悪魔の優しさや愛情に気づくんだろう。
彼の努力が報われるよう、私は全てを見つけたい。
そう決意すると、まるで宝探しの始まりのようにワクワクした気分になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます