第40話 シロちゃん

 アキトと入れ替わっていた悪魔に、力を奪われそうになった私は、突然現れた白いオオカミに救われた。

 オオカミは悪魔を倒した後、すぐに逃げてしまったけど、同時に助けに現れたジギタリスに連れられて、私は無事に家に帰って来ることができた。



 みんなが集まる場で、ジギタリスから簡単に今回の経緯を教えて貰うことができた。


 最近私の周りがなにやら騒がしいことに気づいたジギタリスは、ずっと私のことをこっそりと見守ってくれていたらしい。 


 今回アキトの姿で私をさらったのはジオウという悪魔で、固有能力は擬態だそうだ。

 任意の相手の見た目や記憶、思考の傾向などを読み取り、相手に成り代わることができる。

 その能力を使い、争いを引き起こして敵を潰し徐々に力をつけていたようだが、今回の一件で消滅した。


 ジギタリスもジオウが契約の儀式のために隙を見せるタイミングで奇襲しようと考えていたところ、先にオオカミとの戦闘が始まったため、姿を現さない選択をしたとのことだった。

 他にも色々と説明したいことがあるらしいけど、もう少しだけ待って欲しいと言われた。



「ねぇ、サクラちゃん。俺、お手柄だったよね? かっこ良かったよね? 好きになっちゃったかな?」


 ジギタリスは微笑みながら顔を近づけてくる。


「ありがとう。ジグさんのおかげだよ。好きにはなってないけど、ジグさんが来てくれた時は安心したから」


 私は一歩後ろに下がってから、お礼を言った。


「残念。好きにはならなかったんだ。でもせめてものご褒美にサクラちゃんが欲しいなぁ」


 ジギタリスはこちらに手を伸ばそうとしてくる。


「あんたはいい加減にしなさいよ!」


 お母さんが立ち上がってジギタリスを指さした。


「まぁ、感謝はしているが⋯⋯ほどほどにしてくれないか?」


 お父さんもジギタリスをたしなめてくれた。


「じゃあ、これからの働き次第ってことかな」


 ジギタリスはそう言い残して空気中に消えていった。


 ジギタリスは元々はお父さんとお母さんの敵だったらしい。

 お母さんへの執着が強く、最初は出禁になっていたそうだけど、徐々に協力的になってきたことから、自由にこの家に出入りできるようになったらしい。

 確かにジギタリスは発言こそ危ういものの、私たちが本当に嫌がるようなことはしない悪魔だ。

 今回だって私のことをずっと見守ってくれていたんだから。



 その後、ひとまずの脅威は去ったものの、念のため仕事などの必要最低限の用事以外は家にいるようにとのお達しがあった。




 あれから数日が経った。


「行って来まーす」


 この日は日勤だったので、玄関で靴を履いた私は、朝食をとっているみんなに声をかけて家を出ようとした。


「待て小娘。これ以上変な虫が付かないように虫除けをかけてやろう」


 引き止められて振り向くと、サフランがポケットの中をがさごそと探っている。


「え? どういう意味?」


――シュー


 サフランは私の質問を無視して、スプレーを吹きかけてきた。


「えぇ! 何これ? 魔道具? 病院はこういうキツい香りはあんまり良くないんだけど⋯⋯」


「ハハッ! これで良い」


 サフランは満足そうにうなづいた後、食卓へ戻って行った。

 なんて勝手なんだろう。

 でも、心配してくれてるんだよね。


 私は気を取り直し、仕事に向かった。

 最初は甘ったるい花の香りを強烈に感じたけど、慣れてきたのか、忙しさのせいか、スプレーの事なんてすっかり忘れてしまっていた。



 無事に仕事を終えることが出来た私は家に帰って来た。

 クタクタの状態で玄関を開けると、なぜか家の中は荒れ果てていた。


「何これ⋯⋯⋯⋯」


 部屋中に白い鳥の羽根が舞っている。

 まるで、羽毛布団の中身が飛び散ったみたいに。

 それに、そこらかしこにサフランの魔道具らしき鳥かごや網が転がっている。


 お父さん、お母さんとサルビア、サフラン、ジギタリスの五人が奥の部屋に集まって何かを話しているのが見えた。

 近づいて行くと、サフランが手に鳥かごを持っている。

 鳥かごの中身は⋯⋯⋯⋯


「シロちゃん!」


「おかえりサクラ、今は緊急事態なんだ」


 お父さんはそう言ったものの、私はこの状況が理解できていないし、納得がいかなかった。


「どうしてシロちゃんを捕まえたの!? あんなに羽根が抜けて、乱暴にしたの? ぐったりしてるじゃない! 怪我させたんじゃないの!?」 


 私はシロちゃんの入った鳥かごに近づき、手を伸ばした。

 するとサフランは私から遠ざけるように、鳥かごをヒョイと持ち上げた。


「ハハッ! 小娘よ。これがシロちゃんだと?」


 サフランは何かの液体が入ったボトルをポケットから取り出した。

 鳥かごからシロちゃんを取り出し、その液体をかけると⋯⋯


 シロちゃんから大量の煙が出始めた。


――ボン


 何かが弾けるような音がしたあと、徐々に煙が薄くなり、視界が良くなると⋯⋯⋯


 ⋯⋯⋯誰?


 姿を現したのは、がっしりとした身体つきの男だった。

 白い髪は短く立っており、細めの眉毛とキリッとした切れ長の目が特徴的だ。

 髪が白いと言っても、二十代半ば〜後半くらいの年齢に見える。

 ただし、頭からは二本の角、背中からは黒い羽根が生えている⋯⋯⋯⋯悪魔だ。


 私の可愛いシロちゃんは⋯⋯男の悪魔だった。




 それから、悪魔はサルビアに連れられて、別室に移動して行った。

 お父さんとお母さん、ジギタリスも一緒に、今から取り調べをするらしい。


 サルビアが能力を使っているのか、私の耳はおかしくなってしまっている。

 まるで、飛行機に乗ったときのような、エレベーターで高層階に上がったときのような⋯⋯


 サルビアの取り調べってどんな感じなんだろう。

 サルビアの心理操作や魅了の力が、自白剤の役割を果たすみたいなんだけど⋯⋯

 まぁ、優しいサルビアだから乱暴には扱わないよね⋯⋯



 取り調べが終わるのを待っている間、サフランから状況の説明を受けた。


 ジギタリスはジオウの事を調べる内に、シロちゃんが私の部屋に出入りしていること、その正体が悪魔だということに気がつき、その動向を監視していたそうだ。


 ジオウの事件を受け、シロちゃんについてもこのタイミングで捕まえるという判断に至ったとのこと。

 今朝サフランに吹きかけられたスプレーは、悪魔だけに作用するものらしく、シロちゃんはあの香りを嗅いだせいで幻覚を見せられ、この家に迷い込んだということらしいが⋯⋯

 私が知らされていないことがまだまだありそうだ。


 それにしてもまさか子供の頃からずっと一緒にいたシロちゃんが悪魔だったなんて⋯⋯

 いや、ジオウとアキトみたいに、ここ最近だけ入れ替わっていたのかもしれない。 


 そうこうしている内に、どうやら取り調べが終わったみたいだ。



「あんた⋯⋯相変わらずエグいわね⋯⋯」


 お母さんはぐったりとした様子で部屋から出てきた。


「⋯⋯⋯⋯」

 

 サルビアは無言で眼鏡をかける。


 サルビアの隣を歩く悪魔は青ざめた顔をしていた。



 それから全員が席に着くと、サルビアが話し始めた。


「この悪魔はトウキという名前です」


 トウキ⋯⋯?


「え! あの時のオオカミ?」


 ジオウはオオカミに対して、"トウキが裏切った"というようなことを言っていた。


「⋯⋯⋯⋯」


 トウキは私の言葉に無言で頷いた。


「もう自由に発言して構いません」


 サルビアが許可すると、トウキは話し始めた。


「自分は⋯⋯悪魔シャガ様の命を受け、サクラ様が幼い頃から鳥の姿で護衛してきました。そして、サクラ様を狙う敵を裏で始末してきました。オオカミはその際に使用する姿です」


 どうやらシロちゃんは昔からトウキだったらしい。

 どういう訳か私の知らない所で私のことを守ってくれていたようだ。


「シャガ様とストロファンツス様は古くからのお知り合いです。シャガ様はストロファンツス様から受けた恩をお返しするため、皆様をお守りしたいとお考えです。今回、ジオウがサクラ様を狙っている事を知った我々は、ジオウと手を組むふりをし、ジオウがサクラ様を手に入れる手助けを行うことで、作戦の決行日時や場所の情報を得ました。そして最終的には我々の罠にかかったジオウを始末するに至りました」


 シャガという名の悪魔はお父さんの前世⋯⋯ストロファンツスへの恩義があり、部下のトウキに指示をして、娘である私を守ってくれた。

 

 トウキはシロちゃんの姿で私の情報を探り、それをジオウに流していた。

 だからジオウは私が昔好きだったタイプに近い人に擬態したり、私の憧れていたシチュエーションを再現することができたんだ。



 話を整理しながら理解を深めていると、窓の外に突風が吹いた。

 風の音に乗って、声が聞こえてくる。


「ストロファンツス様、ご無沙汰しております⋯⋯」

 

 急に庭に現れたのは、またもや見知らぬ男の悪魔だった。

 現れた悪魔は、髪の毛は黄色く、短髪で前髪は長め、サイドで編み込みをしていた。

 アンニュイな雰囲気を醸しだしている。

 庭に面した掃き出し窓から、私たちがいる室内にゆっくりと入ってきた。


「こちらがシャガ様です⋯⋯」


 トウキは椅子から立ち上がり、シャガの後ろに下がってひざまずいたあと、説明してくれた。


「あぁ、久しいな」


 お父さんは少し困惑気味だ。

 お父さんは前世の記憶を保持しているものの、その量の膨大さから、強く印象に残るような内容しか思い出せないと言っていた。

 

 お父さんはともかく、サルビア、サフラン、ジギタリスの反応もあまり良いものではなかった。

 元々の知り合いではないのだろうか。


「今回もサクラ様がご無事でよかったです。それもこれもこちらのトウキのお陰。そうですね? ジギタリス?」 


 シャガはジギタリスに同意を求めた。


「今までの話、俺が見てきたものと矛盾はない」


 ジギタリスは答えた。


「サクラ様はお力を使うのに積極的なお立場だとか。それを嗅ぎつけ、周囲には他にも怪しい動きがございます。どうです? このままトウキをお側に置かれては⋯⋯」


 シャガは提案してきた。

 

「これまで通りに出入りできるのならば助かります。どうかお側であなたを守らせてください。よろしくお願いします」


 トウキはひざまずいたまま、さらに頭を下げた。


「いやそんな、今までありがとう。助けてもらっていた事にも気がつかなくてごめんなさい。それに本来はこちらが頭を下げるべきところだから」

 

 私は立ち上がってトウキの側にしゃがみ、その肩に手を置いた。 


 こうしてトウキは私の護衛強化のため、堂々とこの家に出入りできることになった。




※ ※ ※


 敷地内の洞窟にて

 レン、エリカ、サルビア、サフラン、ジギタリスの五人は話し合いをしていた。


「あの二人をどう思う? 信用して良いのだろうか? 確かにシャガに回復を使った記憶はあるが⋯⋯」


 レンは不安そうに皆の意見を聞いた。


「言っていることに嘘はないと思う。トウキはサクラちゃんを守った。それは俺がこの目で見たから間違いない。それに、サルビアさんの取り調べではウソをつけないはず」


「しかし、シャガという男は、私がファンツス様にお仕えするようになってから一度もその姿を現しておりません⋯⋯それが今になって現れるというのは不自然かと⋯⋯」


「レンが前世の記憶を取り戻して、私が力に目覚めた時、サフランとサルビアはすぐに来てくれたものね。その頃にも姿を現さなかった理由は何なのかしら?」


「シャガのファンツに対する思いも大したことが無いのだろう! ハッハッハ!」


「そら、お前らみたいにずっと俺の転生先を追いかけている奴らの方が異常だとは思うが⋯⋯」


 結局、レンの不安は解消されなかった。

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