第41話 友達

 

――コンコン


 シロちゃんが悪魔トウキだと判明した翌日、早速トウキは私の部屋に来た。

 いつものように窓をノックしてくれたのだけど⋯⋯



「あれ? シロちゃんじゃないの?」


 トウキは悪魔の姿の角と羽根がないバージョンとでも言うのだろうか、普通の人間の姿で窓から入って来ようとしていた。


 真っ黒なズボンにグレーの半袖Tシャツというなんともシンプルな服装だけど、筋肉こそが最高のファッションという言葉がしっくりくる。

 右手にはシロちゃんでは持ち運べないであろうピンク色のチューリップが握られている。


「鳥では会話が出来ませんので⋯⋯」 


 トウキは大真面目に答えた。


「分かった。それなら玄関から入って来て欲しいの。その姿で窓から入ると怪しい人みたいで通報されちゃうから⋯⋯」


 トウキは窓に足をかけながら私の話を聞いている。


「通報というのは、騒ぎになるということでしょうか?」

「そう、そういうことなの。あっちからお願い」


 私が玄関を指さすと、トウキはさっと地面に飛び降りた。


 ここは二階で足場もないのによく登って来たな⋯⋯

 トウキは鳥やオオカミに変身できるくらいだから、身体能力が高いのかもしれない。



 玄関からやり直してくれたトウキは、今度はちゃんと廊下から私の部屋に入ってきて、手に持っていたお花をくれた。

 とりあえず椅子に座ってもらって、お茶を出したのは良いけど、一体何から話せばいいのやら⋯⋯


 

 先に口を開いたのはトウキだった。


「サルビア様は本当に恐ろしい悪魔です。サクラ様の初恋のお相手はサルビア様とのことでしたが、一体どこを好きになられたのか⋯⋯やはり魅了されたのでしょうか⋯⋯」


 サルビアが恐ろしい悪魔だって?

 あんなに優しい悪魔はいないのに。

 それに私はそんな話までシロちゃんにしていたことに驚いた。


「サルビアは優しいよ? 取り調べが怖かったの? 何かされちゃったの?」


 私は気になっていた。

 サルビアの取り調べの後の、お母さんやトウキの反応が⋯⋯


「サルビア様はそれはそれは激しくお怒りのご様子でした。男の沽券に関わりますので詳細は控えたいですが、サルビア様の愛を求め、涙を流しながら床を這いつくばり、そして⋯⋯」


 トウキはポツリポツリと語り始めた。


「もういいや! 何かかわいそう」


 それ以上聞きたくなかったので、まだまだ続きそうなトウキの話を止めてもらった。

 確かにサルビアはお父さんの事になると怒ることがあるけど、詳細を控えてそれって⋯⋯

 サルビアの取り調べは絶対に見たくない。

 そう思った。


「シロちゃんが初めてここに来たときから、中身はあなただったの?」

「はい。護衛のため、まずはサクラ様と親しくなれればと思いました」 

 

 シロちゃんとの出会いは誰かに飼われた鳥が迷い込んで来たと思っていたけど、実際は違ったんだ。

 シロちゃんの中身がずっとこの悪魔だったということは⋯⋯


「じゃあ、私がシロちゃんに話したこと、本当に全部知ってるの? 覚えてるの?」


 私が思い出せる範囲だけでも、鳥のシロちゃん相手に、人には言えないようなあれこれを話した記憶があるんだけど⋯⋯


「はい。サクラ様との会話内容は機密情報であることから全て記憶しておりますし、勝手ながらシャガ様にもご報告済です。シャガ様のご判断で敵に情報を流し、サクラ様の目に触れないように敵を誘い出していました。


「そう⋯⋯なんだか恥ずかしいけど、そうやって私の事を守ってくれたんだもんね」


 トウキは今までずっとスパイみたいなことをやりながら私を守ってくれていた。


「敵に紛れて味方のふりをするって危険なことなんじゃないの?」


「それ相応の危険を伴いますが、今までしくじったことはありません。堂々と危険に飛び込むほうが相手の油断を誘いやすくなります。自分の場合はいざとなれば、鳥にでも虫にでも変化して切り抜けられますので」


 トウキの固有能力は変化へんげで、様々な生き物に変身することができるという。

 ただ何にでもなれるものの、実際に使い勝手がいい生き物は限られているようで、何種類かの動物の型を用意して、厳選したものを使っているそうだ。


 悪魔には固有の能力があり、ストロファンツスは結界生成、サルビアは心理操作、サフランは魔道具生成だ。

 ジギタリスは分解⋯⋯自身の身体を自由に分解・形成し、突然現れたり身体の一部を配置した場所の感覚を拾ったりすることができる。


「シロちゃん⋯⋯あなたは命令されて、危ないことをして怖くないの? 嫌じゃないの?」


 トウキの存在は私にとってはありがたい。

 でも命令に従わされているトウキには申し訳ない気持ちもある。


「最初はシャガ様のご命令あってのことでした。ですが、あなたの心は幼い頃からずっと美しいままで、常に誰かの幸せを願い、ここまで努力されてきた。自分にはそれがとてもまぶしく感じられます。今となっては、あなたをお守りしたいと心の底から思っています」


 そう語りながら私を見つめる彼の眼差しは優しかった。


「ありがとう。シロちゃん⋯⋯」


 トウキの言葉はお世辞の部分もあるかもしれないけど、誰にも言えない私の本音を聞いた上で、そう言ってもらえたことは、自分の芯の部分を肯定してもらえたようで嬉しかった。



 ところで、私はトウキの事をシロちゃんと呼び続けているけど、目の前にいるのは大柄で筋肉質な男だ。

 確かに髪は白いからシロちゃんかもしれない。

 この男がシロタさんとかって名字だったら、あだ名はシロちゃんだろう。


 でもそれでいいのかな⋯⋯



「なんて呼んだらいい?」


 素直に本人に確認する事にした。


「自分はシロちゃんでも構いません。サクラ様の呼びやすいもので問題ありません」


 私は迷った結果⋯⋯


「トウキ」


 シロちゃんというのは私なりに気に入ってつけた愛称で、子どもの頃からずっと呼んできた名前だ。

 けど、シロちゃんは私を命がけで守ってくれたこの悪魔の一つの側面に過ぎない。

 私はこの悪魔そのものに敬意を払いたいと思った。


「はい。サクラ様」


 トウキは返事をしてくれた。


「私も呼び捨てにするから、トウキもそうして。あと敬語もやめよう。もともと私たちは友達だったんだから」


 トウキがシャガやこの家にいる全員に対してへりくだっているのがなんだか窮屈そうで、見ていてあまり気分が良いものではなかった。


「サクラ⋯⋯少し厳しいですが努力しま⋯⋯努力する」


 トウキは一生懸命話し方を変えようとしてくれた。



 その後、私は本棚から一冊のアルバムを取り出した。

 

「押し花のアルバム⋯⋯だな」


 トウキは私の手元を覗き込んだ。

 このアルバムはシロちゃんがくれた花の中で、特に気に入ったものを押し花にしてコレクションしているものだ。


「そう。トウキに最後に見せたのはこの辺りだったかな? ここからまた増えたの」


 ページをめくりながら説明する。


「そういえば、どうしていつもお花を持ってきてくれるの?」


 鳥の習性か何かだと思っていたけど、トウキがやっていたなら何か意図はあるのだろうか。


「可愛い女性には花を持っていくものだと、シャガ様に言われたからだ」


 トウキはまたもや大真面目な顔をして言った。

 セリフと見た目が合っていないのが何とも愛らしい。


「ふふっ、ありがとう。でもなんだかトウキの方が可愛いかも」


「それは初めて言われたかもしれないな⋯⋯」

 

 トウキはピンと来ていないようで、首をかしげている。

 その様子からシロちゃんの面影を感じて、いっそう可愛いさを増しているように私には思えた。


「私、トウキに感謝してる。私の話をいつも最後まで聞いてくれたのはシロちゃんだけだから。誰にも言えない悩みを話せたのもシロちゃんだけだから。それって私にとっては大事なことだよ。いつも静かに支えてくれてありがとう」


 私の言葉にトウキは柔らかく微笑みながらうなづいた。




 お昼ご飯の時間になり、トウキも初めて私たちと一緒に食事をする事になった。


「なんかガタイがいいのが増えてるし⋯⋯狭いからテーブル買い足さない?」


 ミズキは肩を縮めて狭苦しそうにしている。

 この家のテーブルは八人が定員で、トウキが加わったことによりギリギリのラインに達している。


「確かに、ジギタリスが来たらもう座れないな」


 お父さんはミズキの言葉に同意した。


「あいつはその辺で食べるからいいでしょ」


 お母さんは相変わらずジギタリスの扱いが雑だ。


 結局テーブルは買い足さないことになったけど、この家がますます賑やかになったことに安心感を覚えた。

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