第36話 身の丈

 お父さんとお母さんに言いたいことを言って逃げてきた私は、ベッドにうつ伏せになり考え事をしていた。


 私は間違っていない。

 こんな力があるのに使わずに隠れているなんて、見捨てるなんて、その方が間違っている。

 お父さんとお母さんが慎重すぎるだけだ。


 でも、本当にあの投稿が多くの人の目に触れてしまったら?

 その中に私が回復を使った患者さんや関係者がいたら?

 信憑性が増せば騒動になる可能性だってある。

 それに、今後もこういった投稿がないとも限らない。

 

 少し不安になってきた所で、小さな音が聞こえてきた。



――コツンコツン


 見ると、真っ白なインコがくちばしで窓を優しく叩いている。

 シロちゃんだ!


 私は窓を開けてシロちゃんを部屋に入れる。

 シロちゃんはベッドの宮棚に乗って、いつものように、くわえていた花をくれた。

 今日はタンポポだった。


「ふふっ、いつもありがとう」

 

 シロちゃんは私が小学校に入ったくらいの頃から、突然この部屋に遊びに来るようになった。

 どこか近所の家で飼われているのだろう。

 ここではエサも食べないし、こうしてただ遊びに来るだけだ。

 

 シロちゃんという名前は私がつけた。

 白色だからシロちゃん。

 小学生のネーミングセンスだから許して欲しい。


「シロちゃん、あのね? 今日はこんな事があってね⋯⋯」


 私はシロちゃんにいつものように自分の話を聞いてもらう。

 話すのは仕事のこと、休憩時間に同僚と話した雑談内容、美味しかった食べ物や、話題のドラマのこと、後は時々家族のこと⋯⋯


「この前の休みにユウナちゃんと、このお店のケーキを食べに行ったの。こんなに大きかったけど、美味しくてぺろりと食べれちゃった。それからこの映画を観たんだけど⋯⋯ユウナちゃんが主役の俳優さんのファンでね。これを見たら私もファンになっちゃった! クールでかっこいいよね。あと、筋肉質なところも⋯⋯」


 シロちゃんはどんなしょうもない話でも、静かに聞いていてくれるし、フワフワした可愛い顔で私をじっと見ていてくれる。

 あぁ、癒されるなぁ⋯⋯

 指で頭を撫でると、目を閉じて気持ちよさそうにしている。

 

 こんな特殊な家に生まれて来たものだから、子どもの頃からそれなりにプレッシャーや生き辛さを感じてきた。

 家族のみんなや悪魔たちはいつだって私の味方だったけど、当然、全てを打ち明けられるわけではなくて⋯⋯


 弟のミズキは性別が違うから、持っている力も違うし、彼も彼で自分を見失い、藻掻いているのか女遊びに夢中。

 妹のアヤメはまだ小学生だし、覚醒前だから、当然重い話なんて出来ない。

 私だって年頃の娘だ。両親や悪魔たちには言いたくないことだってある。


 そんな誰にも言えない悩みや思いを黙って聞いていてくれるシロちゃんに、私はずっと支えられてきた。


「シロちゃん。私には苦しんでいる人を無視するなんてできないよ。今でも本当はもっとたくさんの人を助けたいのを我慢してるくらいなのに。困ってる人はもっと大勢いるのに、私の力だけでは全員には手が届かない⋯⋯」


 シロちゃんは私の話を最後まで聞いてくれていた。

 けど突然辺りをキョロキョロ見回した後、慌てたように窓から飛び立って行ってしまった。

 

 


――コンコン


「サクラ様⋯⋯失礼致します⋯⋯」

 

 ノックの後、部屋に入ってきたのはサルビアだった。

 サルビアは手にマグカップを持っている。

 私が大好きなホットミルクを入れてくれたみたいだけど、お父さんに差し向けられたに違いない。


「なに? サルビアも私を叱りに来たの?」


 私はうつ伏せの体勢のまま聞いた。


「サクラ様がそのお力をどう扱われるかは、サクラ様ご自身でお決めになるのがよろしいかと⋯⋯」


 意外な言葉だった。

 お父さんの忠実な部下であるサルビアが、私に味方をしてくれている。


「少し、昔話にお付き合い頂けますか⋯⋯?」


 その言葉に私は身体を起こしてベッドに座り、サルビアを見た。

 それを合図にサルビアは語りだした。



「私は昔、そこそこ名の知れた悪魔でした。私自身は争いを好みませんが、相手の心を意のままに操るこの能力は、上手く扱えば強力な武器です。しかし、対策は案外簡単なものです。ある日突然、私は悪魔の集団から奇襲を受けました。敵は私を服従させ、己の野望のために能力を使わせることが目的だったようです。深手を負いながらも何とか隙を作り、逃げおおせた私は、限界を迎え動けなくなっていたところをファンツス様に拾われました⋯⋯」


 ストロファンツス⋯⋯お父さんの前世、光の巫女の力の元持ち主

 今語られているのは、サルビアとストロファンツスの出会い⋯⋯


「ファンツス様はすぐに回復の力を使い、私の傷を癒やしてくださいました。そして、その神々しいお姿にすっかり魅了された私は、命を救われたその恩に報いるため、ファンツス様に生涯を捧げる契約を申し出ました。しかし、私の申し出は受け入れては頂けませんでした⋯⋯つまり、ファンツス様は無償で私を救ってくださったのです。その懐の深さにますます魅了された私は、半ば強引にファンツス様にお仕えするようになり、現在に至ります⋯⋯」


 サルビアのストロファンツスへの忠誠心には驚かされるばかりだった。

 何せ、数百年後の転生先にまで押しかけて仕えているのだから。

 それにはそんな経緯があったんだ。


「かつてのファンツス様も、保護・回復・増幅の力を他者を救うために積極的に使用しておられました。そのお力は平和を守るためにあるとのお考えでした。しかし、積極的に使えば使うほど、その力を悪用しようとする者、奪おうとする者が現れ、ファンツス様の周囲には争いが絶えませんでした。お嬢様⋯⋯サクラ様のお母様も、何度も妖怪や悪魔にそのお力を狙われてきました。その度にファンツス様や我々がお守りしてきました。そして、お嬢様は力を秘密裏に継承することを選択されました。それは間違っているわけでも、命を見捨てたわけでもございません。平和を願うが故に、ご自身の身の丈に合った力の扱いをされているだけなのです⋯⋯」

 

 お母さんは間違っていなかった。

 力を奪われないことを最優先にした。

 もし、力を奪われれば、私が救った人の何倍もの命が奪われるかもしれない。

 じゃあ、私はどうすればいい?


「先程申し上げましたように、お力をどう扱われるか、決定権はサクラ様にあります⋯⋯しかし、お力を使われるのであれば、その前に守り方を決めねばなりません⋯⋯」


「サルビアは一緒に守ってくれないの?」


 私が尋ねると、サルビアは少し悲しげに表情を歪めた。

 

「それは、残念ながら私の役目ではありません。私は⋯⋯いつか、レン様のお姿のファンツス様がお亡くなりになれば、次の転生先のファンツス様にお仕え致します。サフラン様もおそらくそうでしょう。残酷なようですが、それが悪魔という生き物です。ファンツス様がここに残るよう指示なさる可能性もございますが、本来、力を守る方法はご自身で見つけなくてはなりません。ファンツス様が人間に転生されるまでの時代の巫女たちも、皆そうしてきたからこそ、現在の平和が守られているのです⋯⋯」


 私はいつの間にか、ずっとこんな暮らしが続いていくと勘違いをしていた。

 辛すぎて考えたくはないけど、いつかお父さんとお母さんだってこの世からいなくなる。

 いつまでも、お父さんとお母さんに心配をかける娘のままではいられない。

 私だって自分の責任で力を扱えるようになって、次の世代に繋いでいかないといけないんだ。


 私がうつむいていると、サルビアは静かにホットミルクを差し出してくれた。

 一口飲むと猫舌の私でも飲みやすい温度まで冷めていて、私好みの甘さになるよう、砂糖が加えられているのが分かる。

 この一杯にサルビアの優しさが詰まっていた。


「ありがとう、サルビア。私、考えが甘かったみたい。明日、お父さんとお母さんともう一度話してみる」


 私の言葉を聞いたサルビアは、柔らかく微笑んだ後、静かに部屋を出ていった。

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