第5章:サクラ編〜悩める巫女と静かな愛〜
第35話 巫女と悪魔の娘
私はサクラ。特殊な社会人二年生。
何が特殊かというと、挙げだしたらきりがないくらい。
まず、私の先祖は悪魔と契約したらしい。
先祖は大昔、賊に襲われて命を落としかけた。
命からがら洞窟に逃げ込んだ。
逃げ込んだ先には悪魔がいた。
先祖は悪魔から光の巫女の力を授けられ、命を救われた。
先祖は力を継承する際に悪魔と契約を交わした。
その悪魔の名は――ストロファンツス
⋯⋯⋯⋯信じられないことに、この悪魔は私の父の前世だ。
契約内容は――巫女の血筋を絶やさないこと。
私は、高校一年生の時に、光の巫女の力に覚醒した。
この力は簡単に言えば、強力な結界を張る力で、結界の内側にいる者は、あらゆる攻撃からの保護、能力の増幅、回復の効果を得られる。
保護と能力の増幅は身を守ったり、味方の攻撃力を高めたりするものだから、日常生活ではまず使わない。
一番有効活用できるのは回復の力だ。
私の家は五人家族で、公務員の父、料理人の母、大学生の弟と小学生の妹がいる。
そして特殊なのは二人の悪魔と同居しているということだ。
大学三年生の弟、ミズキは難関大学に通っている。
小さい頃から優しく、女の子にモテモテだった彼は、誰の目から見ても眉目秀麗な男性へと成長した。
しかし、どこで歪んでしまったのか現在、遊び方を間違えている。
いつ刺されてもおかしくないと何度も忠告しているけど、正すつもりはないらしい。
しかもこの前は、遊び相手の彼氏に殴られたとかで、私の回復の力を頼ってきた。
本当に情けない。
小学六年生の妹、アヤメは天真爛漫な性格で、この家のアイドルだ。
まだ巫女の力には覚醒していない。
けど、母と私が覚醒したのだからアヤメも覚醒するに違いない。
なぜそう断言できるかというと、ご先祖様の中ではこんなに近い世代に、立て続けに覚醒した例はないらしく、これはストロファンツスの気配が濃いことが原因と推測されているからだ。
同居している悪魔サフランは、よくアヤメとゲームをして遊んでいる。
昔から私たちの遊び相手になってくれた。
もう一人の悪魔サルビアは、父の前世に恩があるとかで、家の事をよくやってくれている。
それに私たちの教育係のような存在だ。
どうやら物心つく前の私の初恋の相手だったらしく、父がひどく取り乱していたと母から聞いた。
後は、普段は一緒には暮らしていないけど、ジギタリスという悪魔がいて、どうやら私たちの家を盗聴するのが趣味らしい。
嘘か本当か、母や私たち三人兄弟のことを欲しい欲しいと騒ぐ、少し変わった悪魔だ。
私はというと、三年制の看護学校を卒業した後、アカマツ病院の看護師になった。
私が看護師になろうと思ったのは、自分が他者を回復させる力を持っているから。
病院には、生命の危機に瀕している患者さんが大勢いる。
私の力でこの人たちを救えるのなら、それ以上の事はない。
私は両親から、力のことは秘密にするように言われてきた。
この力は正義でも悪でもあるから使い方を間違えないこと、誰かに奪われないように気をつけること⋯⋯
何度も聞かされてきた。
母はこの力を父や曾祖父、サフランなどの身内にしか使ったことがないと言っていた。
私が回復を使うのは、意識がはっきりしないかつ個室に入院中の患者さんだ。
時間帯はみんなが寝静まって、人の出入りが落ち着く夜勤帯。
今から私が力を使う患者さんは、六十代後半の男性。
今まで何度も肺炎を繰り返しているらしい。
すごく苦しそうな表情をしている。
口には酸素マスクを装着しているが、それでも身体の中の酸素の値は正常よりも低い。
心電図モニターの心拍数も、走っている時のような高い値になっている。
そう、この人は今はベッドに横になっているのに、呼吸が、鼓動が、全力で走っている時のように苦しいんだ。
まずは本来の業務である点滴交換をする。
薬を間違えないように、患者さんのリストバンドのバーコードと点滴のラベルのバーコードを機械で読み取って確認する。
⋯⋯大丈夫。合ってる。
次に、周囲に人がいないことを確認してから結界を張る。
結界は黄色く光輝いて見えるので、絶対に見られてはいけない。
そして回復の力を使う⋯⋯これくらいかな。
結界を解除した後は、何食わぬ顔でナースステーションに戻った。
三日後
例の患者さんの家族に、主治医が病状説明をすると言うので同席していた。
同席の目的は、医師の説明内容を看護師も把握すること、家族の理解度や反応を確認してフォローを入れ、カルテに記録を残すことだ。
主治医が操作するディスプレイには、二つのレントゲン画像が映し出されている。
「こちらがナガオカさんの入院時のレントゲンです。この辺り全体に白い影がありました。これが昨日撮影されたレントゲンです。入院時に映っていた白い影が消えています。これはステロイドが効いたにしても、あまりにも急激な変化で⋯⋯奇跡でしょうか⋯⋯僕の腕が良かったのかな?⋯⋯ははは⋯⋯」
主治医は苦笑いしているものの、患者さんの家族は嬉しそうに頷いている。
良かった。
回復の効果が出たんだ。
この時はそう思っていた。
帰宅後、お父さんとお母さんに話があるからと、食卓につくよう言われた。
「サクラ、これはどういうことだ?」
お父さんが見せてきたのは、とあるアカウントのSNSの投稿だった。
"じいちゃん、心臓発作で病院に運ばれて、今夜が峠です言われたけど、普通に生き返ってて草"
"医者でも理由がわからんらしい!"
"近所のア●●ツ病院ってとこ!"
"じいちゃんウッキウキでハイキング行ったwww"
誰のお孫さんの投稿だろう?
実名じゃないし、アイコンもアニメのキャラクターだからわからない。
ハイキングが趣味なのはアイカワさんとか、ヨコヤマさんとか⋯⋯
「おい。答えるんだ」
お父さんに催促される。
「力を使っただけ」
私は正直に答えた。
「サクラ、この力は人に知られたら駄目って説明したわよね。見つかれば危ない目に遭うって言ったわよね?」
お母さんは不安そうな表情をしている。
二人が言いたいことはわかる。
力を使っていることがバレてしまえば、この力を悪用しようとする者や研究しようとする者が現れるかもしれない。
そうすれば私も、家族みんなも危ない。
でも私は人前で力を使ったわけではないから、特定されるようなヘマはしていない。
それに、悪魔ならともかく、人間にはこんな力を信じる人なんて誰もいない。
「大丈夫だよ。バレないようにやるから」
「駄目だ。今すぐ止めるんだ。万が一この投稿が拡散でもされてみろ。どんな危険が起こるかわからない。目立たないように期間を空けてから、この病院は辞めるんだ」
お父さんは真剣に私を説得しようとしている。
二人は私たちが危険な目に遭わないように心配してくれているんだ。
でも、ここで力を使わないなら、この力は一体何のためにあるの?
「力を闇雲に使ったらいけないのはわかる。でも、目の前に苦しんでいる人がいるのに、どうして助けちゃいけないの? この力は正義でもあるって、そう言ってたじゃない。こんなにすごい力を使わないなんて、困っている人を見捨てるなんて、そんな悪いこと出来ない」
私は言いたいことを言って、自分の部屋に逃げた。
「サクラ、待つんだ」
お父さんの声が聞こえたけど、無視をした。
「はぁ⋯⋯なんでこうなるの。私たちがサクラに口うるさく言いすぎてしまったからなの? それとも、もっと見張っていないといけなかったの?」
エリカは額に手を当て、ため息をつく。
「俺たちはサクラにこの力の扱い方を伝えてきたつもりだった。サクラだってもう二十三歳だ。リスクは理解出来ているはずだ。それでも力を使いたいのがサクラの考えなんだ。サクラは間違ってない。でも危険すぎる⋯⋯やはり、もう一度話そう」
レンは立ち上がり、サクラの部屋の方へ向かおうとする。
「ファンツス様⋯⋯ここは私にお任せください⋯⋯」
隣で静かに話を聞いていたサルビアが申し出た。
「お前がサクラと話をしてくれるのか?」
「はい⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯悪いが任せた」
サルビアは二人に向かって深くお辞儀をし、その場を離れた。
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